第3話「警察と犯罪グループの繋がりを指摘する声もあります」
翌日の午前2時。
万里子はワンボックスカーに揺られて犯罪グループの拠点へと向かっていました。場所は東京都港区のタワーマンション街。周囲は30階を超える高層マンションが軒を連ねている。
深夜ということもあり周囲は真っ暗で、明かりといえば街頭くらい。道路もたまにトラックが一台通るだけで閑散としていました。
闇夜の中、一つの建物の前に大勢の報道陣が詰めかけています。この建物こそ、犯人の拠点が入っているマンションです。
「ここが正念場。気を引き締めて行くよ!」
雄々しく呼びかけると、捜査員たちは「オウッ!」とドスの効いた声を張り上げます。
いざ、尋常に!
万里子、車から出る。
たちまちフラッシュに包まれる、
カメラに囲まれる。
マイクを向けられ、
「さぁ、これからの意気込みは!?」と問われるかと思いきや、
予想だにしない質問が飛んできました。
「どうして読物だけに情報を渡すんですか!?」
「あの記事はやりすぎだと思いますが」
「この家宅捜索は見せかけじゃないですか?」
「えっ?」
足が止まる。
「どういうこと?」
「知らないとは言わせませんよ。さっき読物が出した記事。あれは記者の領分を超えてると思いますけど?」
前日の朝に香水をつけていた女子アナが険しい表情で万里子に迫ってくる。
「昨日の記事ですか? あれは夕方の記者会見でもお話ししましたが……」
「それじゃありません。見てないんですか? つい数分前に読物が出した記事ですよ!」
記者が掲げたスマホを見た万里子は、ひん剥かれたように目が大きくなった。
『特殊詐欺グループの幹部に接触! 本誌記者が独占インタビュー』
そう銘打たれた記事には、顔が見えないように撮られた青いシャツを着た男の写真と、男から聞いたとされる金の流れや人員構成など、警察でさえ知らない組織の情報が克明に記されていたのです。
記事の執筆者は松立和博。
「こ、こんなの、知らないわ!」
万里子が上げた声に、記者たちは「えぇ!?」と何倍も大きな声で返してくる。
「虚偽の内容じゃないの?」
「読物は老舗の全国紙ですよ。虚偽だとして、こんなわかりやすい嘘をつくはずがないでしょう!」
リポーターは激しく反論する。
「SNSでは読物と警察の癒着を疑う声もあります」
「警察と犯罪グループの繋がりを指摘する声もありますが、どうなんですか?」
記者たちがフラッシュと共に質問攻めをする。
「そんなこと、するわけないじゃない!」
万里子も応じるように声を荒らげると、
「主任……」
花垣の言葉にハッとしますと、
「……と、とにかく、詳細は今日の定例会見でお伝えしますから!」と言い残し、マンションの中へと入って行きました。
* * *
「どうゾ、お待ちしておりましタ」
多少の抵抗は覚悟していた万里子たちでしたが、応対した中国人の男は素直でした。大挙して押しかけた彼女らを部屋に通す。
であるならば、すでに証拠が隠滅された後かと思いきや、リンビングのローテーブルには山積みの現金と大量のスマホ。壁がけモニターには実行犯の居住地と思われる場所を映した監視カメラの映像に、複数の名義が異なるネットバンクのページが表示されていました。
「これは?」万里子が尋ねると、
「悪いことして稼いダ。ゴメンナサイ」
青いシャツを着た男はペコリとする。
部屋の間取りは3LDKで広さは70畳ほど。そこに3人の男が住み込んでいました。応対した男を除いた2人は寝ていたらしく、突然の警察に最初は混乱していましたが、観念したかのようにお縄となりました。
逮捕された3人が連行されるとき、
「ちょっと待って」
万里子は部屋を出て行こうとする青いシャツを着た男を呼び止めます。彼女らを最初に応対した男です。彼の背格好と読物のスクープに掲載された写真を見比べる。
「この写真、これってあなたよね?」
「知らなイ、わからなイ」男は写真を見ずに答えます。
「ねえ、よく見て。今のあなたの服装とよく似てると思うんだけど」
無理やり男の眼前に画面をもっていくが、男は「知らなイ、わからなイ、知らなイ、わからなイ」と繰り返すだけ。
これ以上は意味がないと察したのでしょう。万里子は嘆息をついて
「じゃあ最後に一つだけ教えて。『松立和博』って名前に心当たりは?」
男は顔を上げると、黙って首を横に振りました。
* * *
今回の記事は流石に看過できませんでした。
アジトの捜索がひと段落した万里子は、その足で読物新聞本社へと向かいました。
二日連続で自分たちより先に現場に踏み込まれたのです。これは警察の威信に関わる問題だ。
「たった今、万里子主任が読物新聞本社に到着しました!」
「これから読物新聞本社に入ると思われます」




