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絶対、逮捕してやるんだからぁ!〜美人エリート刑事は女たらしの新聞記者に翻弄される〜  作者: 名無之権兵衛


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第2話「ここにはもう何もありませんよ」

「誰が万里子主任だ、アァン?」




 平成ヤンキーのごとくメンチをきる朝霧万里子。


「クッセェ加齢臭で近づいてきやがって、顔の皮ひんむいたろかァ、オラァ!」

 と中堅記者に襲いかかろうとする。


「まずい、『裏マリコ』だ!」

「みんな、逃げろ! 袋叩きにされるぞ!」

「それもあながち悪くないけど」


 記者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ、捜査員たちは暴れ出そうとする万里子を抑え、ワッショイ、ワッショイとアジトがある部屋へ胴上げしていく。


 なにが起きたのか混乱されている方も多いでしょう。簡単に説明しますと、この朝霧万里子という女は


 重度の香水拒絶体質なのです。


 ある時から彼女は香水の匂いを嗅ぐと横暴な性格に変わってしまうようになったのです。


 その原因というのが彼女の過去に深く関わっているのですが、当の本人はショックのあまり一連の出来事を忘れておりまして、理由を説明することができません。


 マスコミたちも万里子の体質に最初は驚いていましたが、相手は警察庁長官の娘。へたに追及して地雷を踏み抜いてはたまったもんじゃありません。


 それに、ちょっと気をつけてさえいればクールな美人刑事(情報源)ですから、


 そっとしておくことにしたのです。




   * * *




 さて、アジトの家宅捜索に入った朝霧万里子。


 アレルギーによる発作も数分すれば収まり、いつものようにテキパキと指示を出します。


 部屋の間取りは1Kで広さは10畳ほど。一口コンロにユニットバスと、造りはごく普通のアパートですが、


 問題はここに()()()()()()()()()()()()()、ということ。


 年齢は10代から50代と幅広く、一様にヨレヨレのシャツを身につけ、頬は痩せこけ、目に生気はなく、何人かからは鼻を曲げたくなるような悪臭が漂っていました。


 全員、闇金に借金するなどして路頭に迷った者たちばかりです。彼らはこの部屋でリストに載った番号に電話をかけ相手をダマす、いわゆる「かけ子」と呼ばれる仕事をしていました。


 そして金を騙し取ることに成功すると、風呂に入れたり、食事の量を増やしてもらえるなどしていたそうです。


「ひどい環境ね」


 万里子は家宅捜索の様子を眺めながら呟きました。


 やれ日本は治安がいいだのと海外の人はお褒めになりますが、それは日なたを見ているからにすぎません。当たる光が強ければ強いほど、そこから生まれる影は濃く、暗く、消すことのできないシミとなってへばりついていく。


 万里子は警察に入って、そんな現場を嫌というほど見てきたのです。




   * * *




 家宅捜索は2時間ほどで目処がつきましたので、万里子は報道陣の取材に応じることにしました。


「彼らを裏で操っている人物はいるのでしょうか?」

「それは現在、捜査中になります」


「他にも同じようなアジトはありますでしょうか」

「現在、捜査中です」


「犯人の身元は!」

「現在捜査中……」


 いつもは当たり障りないことしか聞いてこない記者たちが、この日はやけに答えづらい質問ばかり飛ばしてくる。


 ひとえに、今朝のスクープのせいでしょう。


 辟易してると、記者たちの隙間を縫って一人の男が見える。


 男は鳥打帽をかぶり、今では珍しいパイプタバコを咥えていた。彼は腕に新聞社の腕章をしているにも関わらず、マイクを向けることもスマホを構えることもせず、アパートの向かいの住宅のブロック塀に背中を預けている。


(なにやってんだろう、あの記者……)


 そう思いながら、万里子は現場をあとにしました。




   * * *




 同刻、同所。


 捜査本部に向かう警察車両を撮っていた国営放送のカメラマンは、ふとパイプタバコを咥えたその男を認めました。腕には「読物新聞」の腕章がしてある。


「あんた、撮らなくていいのかい?」


 カメラマンが問いかけると、男はパイプを口から離して、


「ここにはもう何もありませんよ。問題は〝次〟でしょう?」

「次ぃ?」


 男に近づいたカメラマンはドキリとする。


 なんとこの男、トムフォードのサングラスをかけ、タリアトーレのトレンチコートとツイルスーツに身を包んでいたのです。


 カメラマンはブランドまで分かりませんが、数々の人物をフレームに収めてきましたので、モノの良し悪しはわかる。


「あんた……一体……」

「では、俺はこれで」


 男はニッと笑うと、喧騒に包まれる野次馬たちの中へ消えていきました。




   * * *




 アジトから入手した情報は有益なものばかりでした。


 これまでの捜査で得た情報を路傍の石ころにたとえるなら、金鉱石くらいの価値でしょうか。


 近所の防犯カメラにはアジトに出入りする黒のSUVが映っていました。それを追うと幹部の拠点と思われる場所がすぐに判明します。


 さらに、押収した名簿から見知らぬ指紋が複数検出され、どうやらこの指紋の持ち主が裏で糸を引く「指示役」ではないかと推測されました。


 夜になる頃には十分すぎるほどの証拠が盤面に揃う。


「これなら、明日にはガサ入れできそうですね」部下の花垣が言う。

「ええ。明日の午前3時に強制捜査に入りましょう。今夜のうちに令状を請求しておいてください」


「午前3時って早いですね」


 通常、家宅捜索というのは犯人が最も油断しているとされる午前6時に行われるのが一般的。それよりも早く行うということは——


「あっ」花垣が手を打つ。

「もしかして、今朝の朝刊のこと気にしてるんですか?」

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