第1話「誰が万里子主任だ、アァン?」
警視庁の刑事、朝霧万里子。
弱冠24歳で警視庁特殊詐欺捜査本部の主任に抜擢されエリート刑事は、「天才美人刑事」としてメディアに引っ張りだこの毎日を送っていました。
ワイドショーに出ては最近発生した詐欺事件の手口を解説し、注意喚起を行う。彼女のSNSアカウントには100万人以上のフォロワーがいました。
しかし、彼女は現状に満足していません。同僚からは「美貌とコネでのし上がった女」と陰口を叩かれていたからです。
万里子は警察庁長官の一人娘でした。万里子が幼い頃に養子として迎え入れらたのですが、娘であることに変わりありません。彼女が捜査本部の主任になったのも一定の忖度がなされたのでしょう。
だからといって揶揄される筋合いはありません。
彼らを一泡吹かせるためにも、彼女はメディア出演の後には捜査会議に出席し、卓越したリーダーシップで捜査を進めていました。
* * *
この日、朝の日課であるシャワーを終えた万里子が体を拭いているとスマホが鳴ります。
相手は同じ頃に配属された花垣彩夏。
同じ頃、と言いましても万里子は主任、花垣はヒラの捜査員でしたが、それでも年が近いこともあり、二人は親しい間柄にありました。
「どうしたの、花垣さん」
「朝早くに失礼します、主任。今朝の読物新聞を読まれましたでしょうか」
万里子は怪訝な表情を浮かべる。読物は戦前から存在する全国新聞です。
「まだ、だけど……」
「今朝の一面にとんでもない記事が載ってたんです。リンクを送るんで、これだけでも読んでください!」
花垣から送られてきた記事を読んで、万里子は目を丸くしました。
「これって……」
『本社記者が実行犯と接触! 特殊詐欺グループの内情を独占インタビュー』
記事には夜の公園のベンチに座る男の写真と共に、組織が行なっている詐欺手法やマニュアルの存在、万里子たちでさえ知らない幹部構成まで事細かに記されていたのです!
中でも万里子が目を引いたのはグループの拠点があるとされる場所。東京都新宿区余丁町までしか書かれていませんでしたが、わかる人にはわかる。
万里子はトーストを口に突っ込みながら声を上げました。
「花垣さん、この場所って……!」
「はい。昨日ガサ入れすることが決まった場所です。今日、令状を請求する予定だったんですけど……」
困惑する花垣の声を聞きながら万里子はトーストを飲み込むと、今度は乱暴に歯ブラシを動かします。
「とにかく、場所が具体的すぎるわ。すぐに写真から場所が特定されてマスコミや野次馬たちが集まってくる」
乱暴に、それでもズレなくデコルテの口紅を塗る。
「急いで規制線を張って裁判所に令状をもらって! アタシは現場に直行する!」
電話を終える頃には身支度を終えた朝霧万里子。
「一体、誰がこんな記事……」
スッと記事の最後に目をやりますと、そこには執筆した記者の名前が書かれている。そこには————
松立和博。
知らない名前に彼女は首を傾げると、玄関の扉を勢いよく開けました。
* * *
万里子が現場に着きますと、すでに大勢のマスコミと野次馬。黄色いテープの外に押しかけている。
組織のアジトはどこにでもある古びた2階建ての木造アパート。マスコミたちはアパートから住人が出てくるたびにカメラとレコーダーを向け、あそこの部屋の住人はどうだったか、不審な点はなかったか、矢継ぎ早に質問攻めをする。
しかし、万里子が到着すれば記者たちは住人そっちのけで、
「あっ、万里子主任だ!」
「今日も美しい……」
「俺は彼女を追っかけるためにこの事件を追っかけってんだ」
なんて勝手なことを言って彼女を取り囲む。
「質問は家宅捜索が終わってから受け付けますから————」
言いかけてハッとする。どこからともなくフレッシュなフローラルブーケのような香りが漂ってくる。
彼女の体がワナワナと震え出す。
「誰か、女性ものの香水をつけてきた?」
わななく万里子に、
「はい。私ですけどぉ」
手を挙げたのは新人の若い女子アナ。マイクを万里子に向けたまま困惑の表情を浮かべています。
ほかの記者たちの形相が変わる。
「おまえ、なんてことしてくれてんだ!」
「こんなやつ、さっさとつまみだせ!」
「ソーレ、ワッショイ、ワッショイ!」
新人アナは日本シリーズで優勝した監督のごとく胴上げされながら「アレーッ」というまに記者団の最後尾まで飛ばされてしまう。
「大丈夫でしたか、万里子主任」
記者の一人がおそるおそる尋ねますと、
「誰が万里子主任だ、アァン?」
平成ヤンキーのごとくメンチをきる朝霧万里子。
「クッセェ加齢臭で近づいてきやがって、顔の皮ひんむいたろかァ、オラァ!」
と中堅記者に襲いかかろうとする。




