夜の語らいは穏やかに
「それでね、瑠璃ちゃんって子と会ったんだぁ。クラスはたぶん違うけど同じ学年なんだよ」
「へえ、もう友達作ったのか。要女はコミュ力強いもんな」
「えへへ。学校の事とか、色々教えて貰ったんだ」
結局、瑠璃と小一時間ほど話し込んでしまった要女が、帰宅したのは日が暮れる前であった。
守と影久はそれよりも先に家に戻っていたらしい。要女の帰宅がもう少し遅かったら、心配した守が探しに行くところだったという。
夕飯後、食後のデザートに守からのお土産のプリンを食べながら、要女は日中の散策の話を守に話していた。
大きな話題はやはり、月守市にきて初めて出来た友人、白峯 瑠璃の事だ。
「連絡先を交換しようって言ったんだけど、私スマホを家に忘れちゃって……だから、次会ったら交換しようねって約束してきたの」
「確かに、ちゃぶ台に置きっぱなしになってたな」
「うん、入れたつもりになってたや」
「不用心だなぁ。次から出掛ける時はしっかり持っていくんだぞ」
呆れ顔の守に嗜められ、要女はぺろりと舌を出した。
「はぁい。……そういえば、瑠璃ちゃんが電話とメールしか出来ないって言ってたなぁ」
「ガラケーか?今時珍しいな」
「かもね。また会えたらいいなぁ」
「……そうだな」
向かい合って要女を見ている守の目は穏やかだ。
風呂上がりで、外出予定もないため赤のカラーコンタクトは外されている。生来の茶色掛かった黒の色彩が日中よりも彼を少し幼く見せていた。
「それはそうと、あまり体調良くないんだから遅くまでうろつくんじゃないぞ。スマホも家に置きっぱなしだったし、兄ちゃん心配したんだからな」
「分かってるよぉ、お兄ちゃんは心配しすぎなんだって」
「何言ってるんだ。迷子になったり変なやつに絡まれたりしたらどうするんだ、お前は可愛いんだからな」
「そんなに子供じゃないよ、大丈夫だよ」
至って真面目な守の物言いに、要女は若干押され気味に言葉を返す。
端から見れば微笑ましい兄妹のやりとりだが、要女にとっては有り難いながらも少しこそばゆいような、息が詰まるような気持ちであった。
両親を失ってからは、更に守の過保護が酷くなったような気がする。
「明日はお兄ちゃんも用事無いんでしょ?良かったら一緒に散策に行く?」
「確かに、荷解きくらいしかやる事はないけど……なんだ、気に入ったのか?」
「うーん、気に入ったと言うか。なんだかこの町、面白そうなものが沢山ある気がして」
要女がプリンをもぐもぐと食べ終わったところで、風呂から上がってきた影久が顔を出す。
パジャマ姿の兄妹と違い、寝間着用の厚手の甚平に身を包んだ姿は何処か枯れた色香を感じられるが、足元のスモーキーベージュのふわふわとした靴下のちぐはぐさが何処か可愛らしさも醸し出している。
「要女君、具合はどうだ」
「あ、叔父さん。お陰様ですっかり元気だよ!」
「そうか……夜は冷えるから、暖かくして休むように」
「ありがとう! そうだ、明日お兄ちゃんと駅前の方まで散策に行く予定なんだけど何か面白いところある?」
要女の問いに少し思案した後、影久は薄い唇を開く。
「……面白いかは分からないが、駅の近くに『福猫堂』という甘味処が在るな」
「可愛い名前のお店だね!」
「豆大福が美味でな……君達の叔母さんの大好物なんだ」
そう言うと、影久は小物箪笥の引き出しを開け、財布を取り出す。
「二人で行くのなら、おやつに何か食べてくるといい」
食事用のローテーブルの上に置かれたのは、『福猫堂』と書かれたスタンプカードと、それに挟まれた二枚の千円札だ。
「お小遣いだ! おじさんありがとう!」
「その、俺まですみません……」
無邪気に喜ぶ要女と、恐縮する守。甥と姪の正反対の反応を見ながら、影久は静かに頷く。
「構わない……もし、釣銭が出るようなら土産に豆大福を一つ包んで貰ってくれ」
私も久々に食べたくなった、と付け加える様子は少しだけ茶目っ気を感じた。
昨年買ってもらったばかりのスマホケースに、スタンプカードと千円札二枚を収めた要女は一つ欠伸を零す。
テレビの画面は丁度夜の十時を差したところだ。
「眠たくなってきたし、そろそろ寝ようかな」
「ああ、本調子ではないだろう。ゆっくり休みなさい」
「変な夢見ないように、兄ちゃんが添い寝してやろうか?」
「もう子供じゃないから大丈夫だよ」
「本当か?眠れなくなっても知らないからな」
「もう! おやすみ!」
半分冗談で、半分は本気なのだろう。にやにやと笑いながら軽口を叩く守にプリプリと怒りながら、要女は洗面台へと向かっていく。
その背中を見送りながら、守は笑みを消してそっとテーブルへと視線を落とす。
「……君も、もう休むといい」
その心中を察してか、影久は何も言わずに廊下へと姿を消した。
一人残った守は、胸の内に広がる不安をかき消すように、大きく溜息をついたのであった。
続きは明日(7月11日)更新予定です
読者様も、良き夢がみられますように