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鳥籠に眠る猫   作者: 御羊 藍沙
一章・春告猫は風に乗って
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叔父と守

 「それでは、留守を頼む」


 車の鍵と年季の入っていそうな鞄を片手に、手短に言葉に掛けたのは黒い髪の、長身の男だ。

 父や、兄の守よりも大柄な彼は、要女や守にとって叔父にあたる灰嘆はいなき 影久かげひさだ。

 近隣に有る神社の神主を務める神職だそうだが、要女達兄妹を迎えるために、数日間社務所や本殿を閉めているらしい。

 厚手の作務衣の上に黒の綿入りの半纏を羽織り、シンプルな黒革のスリッポンを履いた出で立ちは普段から和装をしているせいか、年相応の皺を刻んだ凛々しい顔立ちによく馴染んでいた。


 「お弁当までありがとう。叔父さんのご飯おいしいから、楽しみだな」


 「……そうか」


 影久が、静かに目を細める。口元は笑っていないが、目元の穏やかさに気付くことが出来、要女もまたニッコリと笑みを浮かべる。


 「本当に付いてなくて大丈夫か?」


 「お兄ちゃんったら、大丈夫だよ。荷解きしながら大人しくしてるからさ」


 「……なんかお土産買って帰るからな」


 「わぁい、やったあ!」


 無邪気に喜ぶ要女を心配そうな顔で見つめる守は、シャツとワイドパンツの上に黒のスカジャンを羽織る、少しヤンチャなスタイルだ。

 輝かんばかりの金の髪と、カラーコンタクトを付けた赤い瞳も相まり、影久と並ぶと強烈な違和感を放っている。

 引戸を開けば、冷たい空気と共に閑静な住宅街の朝の景色が広がる。


 「じゃ、行ってくる」


 「行ってらっしゃい!」


 名残惜しそうに守がちらりと振り返れば、要女はニコリと微笑んで軽く手を振る。僅かに軋んだ音と共に、戸を閉めて二人は敷地内に停めてある車へと歩を進めた。


 「……その、ありがとうございます」


 「いや。書類提出が終わったら、道場に寄らせてくれ」


 「……ッス」


 この土地は灰嘆家に先祖代々伝わる持ち物で、現在は叔母夫婦が管理をしている。叔父の職場である灰嘆神社も此処から徒歩で五分以内の所に有る、昔ながらの神社らしい。

 守たちの叔母であり、影久の妻である灰嘆(はいなき) 鳴女(なきめ)は仕事の都合で広島に長期出張に出ているらしく、戻ってくるのは今月末になるのだという。

 そのため、暫くはこの寡黙な叔父と三人暮らしを送ることになったのだ。


 「帰りに商業施設で買い物をする.昼食も其処でいいか?」


 「任せます」


 車種などは分からないが、叔父の所有している黒の落ち着いた乗用車に乗り込めば、シートベルトを締めた叔父は慣れた手付きで駐車場を出て、車を走らせる。

 車内にはボソボソとラジオの声が流れるのみで、守も影久もお喋りではないため、弾む会話も無い。

 窓際に肘をついて、ぼんやりと景色を眺めるだけの守に叔父が声を掛けたのは、二回目の赤信号で車が止まった時だった。


 「……要女さんが気になるのか」


 車が止まったのを見計らってコンタクト用の目薬を取り出して差していた守が、落ち着いた声で掛けられた言葉に小さく頷く。


 「まあ、調子悪い妹を心配しないほうが可笑しいでしょ」


 「そうか……」


 「あいつ、いつも明るくて元気なんすけど、その……無理してる事も有るし、今日も変な夢?見たらしくて」


 灰嘆神社は、夢を司る神様を祀っているのだという。その事を知っていた要女は朝食時に影久に夢の内容を相談していた。

 宮司である叔父は静かに話を聞いた後、「疲れているのかもしれないな」と言うだけで大袈裟な御祓いや魔除けグッズが手渡されるなどの展開もなく、今日一日のんびり過ごすようにと要女の心を案じるばかりだった。


 「……まだまだ幼いのだから、亡き両親を恋しがり夢に逃げる事も有るだろう」


 道が混んでいるようで、あまり動きのない前の車の動向から視線は逸らさず、影久は続ける。


 「夢は人を写す鏡だ、気にかけてあげなさい」


 物静かな横顔を眺めた守の脳裏に、己を見送ってくれた妹の笑顔が浮かぶ。


 「分かって、ますよ……」


 物言いはぶっきらぼうであるが、それで伝わったのか、叔父はそれ以降口を開くことは無かった。

 渋滞を抜けた車が、道路を軽快に走り抜ける。

 不良少年の偽りの赤い瞳に、見慣れぬ街の景色が味気なく流れていくのであった。

次回は明日(7月7日)更新予定です。 

続きを夢にて、お待ち下さい。

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