始まりの朝
目を覚ました少女が見たのは、見知らぬ木目天井だった。 のろのろと上体を起こして寝ぼけ眼で見渡せば、そこは段ボールが幾つか重ねられた、六畳ほどの和室だ。
(そうか……叔父さんの家……)
ゆっくりと頭が覚醒していけば、それが現実なのだと否応なく理解し、僅かに心を曇らせた。
伸びをして、気だるさを感じながら要女は起き上がる。
可愛らしい白いレースカーテンが下に覗く、淡い緑色の遮光カーテンを引けば、見慣れたマンションではない長閑な住宅街の朝の光景が、要女の緑色の瞳に映る。
春告 要女の、月守町で迎えた、初めての朝であった。
要女が両親を交通事故で亡くしたのは、一月の頃であった。
夫婦での食事の帰り道、凍りついた路面にハンドルを切られ、崖から転落したのである。
数週間の手続きの結果、この月守市に住まう叔母……母の姉夫婦の元へ身を寄せることになったのだ。
三月の朝は冷える。
廊下へと出ると、足元から寒さが登っていき、要女は身震いする。
ぺたぺたと冷たい板間を歩き、居間へと向かうと、丁度洗面所から出て来た青年が軽く手を上げた。
「おはよう要女。よく寝れたか?」
「おはよ、お兄ちゃん」
染められた金の髪を丁寧にセットしたこの青年の名前は、春告 守という。
要女の二つ上の兄であり、要女にとってはたった一人の家族だ。
「お前、夜うなされてなかったか?」
「え?そうかな」
「トイレに行こうとした時に、お前の部屋からうめき声が聞こえてきた気がしてな」
「うーん……変な夢見たからかな」
守の言葉に、要女は怪訝な顔をして腕を組む。
「変な夢?」
「うん、お父さんとお母さんと遊園地に行く夢なんだけど」
「どっちかと言えば良い夢じゃね?」
「そうなんだけど、うーん……何か、変な感じだったんだよね……」
今は亡き両親と、思い出の遊園地を巡る夢。けして悪い夢ではないはずなのだ。
要女は、何ともいえぬ違和感の正体が言い表せず、口ごもりながら目を伏せる。
その様子を見ていた守は、妹の小さな頭をポンと一つ撫でた。
「引っ越しの疲れが出たのかもな」
「確かに、ちょっとだるいかも」
「兄ちゃんも一緒に付いてた方がいいんじゃないか?」
「お兄ちゃん、叔父さんと出掛けるでしょ?大丈夫だよ」
どうやら過保護な気の有るらしい心配性な兄に、要女は眉尻を下げて笑う。
守は少しの思案の後、小さく頷いた。
「分かった、何か有ったら兄ちゃんにすぐ言えよ」
「ありがと」
ふんわりと鼻腔に米の炊ける甘い匂いが届く。どうやら、叔父が朝食の支度をしているようだ。
身体は正直なもので、要女は空腹を思い出した腹を撫でた。
「うし、手伝いに行くか」
「そうだね、行こ」
守が、要女を見下ろす。
慈しみの籠もったその瞳は、要女の瞳が持つ緑の色彩を反転させたような、燃えるような陽の赤だ。
緑と赤が見つめ合い、笑みの形に細められる。
二人だけの兄妹は、連れ立って居間への扉に向かっていった。
次の更新は明日(7月5日)予定です。
続きを夢にてお待ち下さい。