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婚約破棄された令嬢は、黙って世界最強になりました

作者: Azusa.

 アリシア・フォン・リーデル公爵令嬢として生を受け、私は将来を約束されたはずだった。


 家は五大公爵の一つ、王国を支える名門。私は物心ついた頃から王太子リオネル殿下の婚約者として育てられ、礼儀作法から政治、魔法学、歴史に至るまで、あらゆる教育を受けてきた。


 彼の隣に立てる女であるために。


 だが、人生というものは努力に報いてくれるとは限らない。むしろ、従順に生きれば生きるほど、都合よく踏みにじられるのが現実だ。


 その日、王宮の大広間には貴族たちが揃い、まるで劇のように整えられていた。中央にはリオネル殿下、そしてその隣に──見知らぬ娘がいた。


 「アリシア・フォン・リーデル。今日をもって、我との婚約は破棄する」


 静寂が落ちた。


 私は一歩前に出ると、無言で彼を見上げた。リオネル殿下は視線を逸らさず、堂々と言った。


 「お前は冷たく、愛のない女だ。民への慈悲も、柔らかさもない。私が真に心を通わせられたのは、マリアンヌだけだった」


 その隣の平民上がりの娘が、薄く笑った。


 私は答えなかった。言葉を返しても無意味だったから。ここは裁判ではない。彼らにとって、私が唾を吐かれる人形になるだけの見世物だったのだ。


 「これに異議を唱えるか?」


 リオネルは私を試すように言った。


 私は小さく頭を下げた。


 「一つだけ、お答えします。殿下のお望み通り、婚約は破棄いたします。ただし、今後リーデル家が一切の援助を行わぬこと、また二度と我が前に姿を現さぬことを、誓っていただきたく」


 リオネルは嘲笑するように肩をすくめた。


 「二度と会う気などない。さっさと失せろ、冷血の令嬢よ」


 私は一礼し、そのまま振り返った。


 その瞬間、確かに聞こえた。貴族たちの失笑、マリアンヌのくすくすとした笑い声。だが、私の背筋は震えなかった。ただ、ひどく静かだった。


 私は王都を離れた。


 その日から私は、ただの一人の人間になった。名前を捨て、家を離れ、剣を取り、魔力を極め、誰にも縋らず、生きると決めた。


 まず向かったのは辺境の山岳地帯。王都の中央から数日離れた、盗賊と魔物が跋扈する未開の地。


 ──死ぬならそれでいい。生き残ったなら、それが力になる。


 私は剣を握った。最初は振るうだけで腕が痛んだ。血豆を潰しながら、毎日素振りを繰り返した。やがて盗賊が現れ、命を狙ってきた。剣は震えたが、殺さねば殺される。それだけだった。


 その一年後、私は殺されなくなった。


 二年後、魔物の巣を一人で潰し、村に英雄扱いされた。


 三年後、私はギルドで「白狼はくろう」と呼ばれるSランク冒険者となっていた。


 リーデル公爵令嬢アリシアではなく、どこの国にも所属せぬ、どこの王にも仕えぬ、ただ一人の最強の女。


 戦いの中で、私の魔力は目覚めていった。

 雷を呼び、氷を巻き起こし、炎を纏って戦場を走った。誰にも追いつけない速さで、誰よりも重い剣を振るい、私はただ、強くなった。


 感情を捨てたのではない。ただ、それを押し殺して、生き延びる術を選んだ。


 王国では──噂が流れていたらしい。リオネル殿下はマリアンヌを側妃とし、即位する予定だったが、政治は混乱していた。

 リーデル家が支援を打ち切り、王宮の財政は崩れかけていた。民の反感も強く、マリアンヌの出自を軽んじる声も多く、リオネルはかつてないほど孤立していた。


 ──だが、それは私には関係ない。


 そのとき、北の大国グラン=フォルが宣戦布告を行った。王国は動けなかった。貴族も兵士も訓練不足で、誰も前線に出ようとしない。


 そして、王国は言った。


 「“白狼”と呼ばれる女剣士に、助けを乞いたい」と。


 私は笑った。


 ──その名を、もう一度、口にするがいい。

 地に落とした女が、誰よりも高く立っていることを、見せてやる。



―――――――――――――――



 「白狼殿……どうか、この王国をお救いください……!」


 ひざまずく老宰相の背中に、かつてのリーデル家の家令の姿が重なった。何十年も王国に仕えてきた老齢の男が、今や一介の冒険者に頭を垂れるとは──これも、時代の報いか。


 私は答えなかった。


 王宮の謁見の間は、かつて私が「捨てられた場所」だった。あの日、リオネルの手によって婚約破棄を突きつけられ、貴族たちの笑いの中で踏みにじられた場所。

 だが今日、それはまるで違った。誰も笑っていない。誰一人として目を合わせようともしない。ただ、私の存在が「希望」として、そこに立っていた。


 私は一歩、玉座に向かって歩いた。


 その先に──リオネルがいた。薄く痩せこけ、威厳も消えた王太子は、かつての華やかさの面影もない。隣に立つマリアンヌは、青白い顔をして震えていた。


 私はそのまま立ち止まる。


 「……国を救えというのか」


 私の言葉に、宰相が顔を上げる。「はい。我々にはもう、白狼殿の力しか……!」


 「ならばまず、あの日の清算をしろ」


 静かな声だったが、空気が張りつめた。誰一人、呼吸すらしていなかった。


 私はリオネルを見た。


 「この国の王太子が、かつて公爵令嬢を嘲り、侮辱し、婚約を破棄し、民に恥を晒した。その愚を、認めよ」


 リオネルは口を開いたが、声が出なかった。マリアンヌが彼の腕を握り、怯えた声で囁いた。


 「謝って、お願い……!」


 「私は、婚約者アリシア・リーデルに……多大な非礼を働いた。その責を……深く、謝罪する」


 頭を下げたその姿は、あの日の傲慢さのかけらもなかった。貴族たちは黙してうつむいている。誰一人として彼を庇おうとはしなかった。

 私はしばらく沈黙した後、口を開いた。


 「条件は三つ。第一に、私はこの国のいかなる爵位も受け取らぬ。第二に、軍事と戦略の全権を掌握する。第三に……王太子リオネルと側妃マリアンヌには、戦後に王宮から退去してもらう」


 「なっ……!」


 リオネルの目が見開かれた。「そ、そんなっ……!」


 「“救ってほしい”のだろう?」


 私は問うた。


 国を捨てることも、滅ぼすこともできた。だが私はあえて“救う”道を選んだ。その上で、彼らに突きつける。


 “生きて償え”と。


 彼らは飲むしかなかった。マリアンヌは泣き崩れ、リオネルは拳を震わせていた。かつて私を冷たく切り捨てた男が、今や私の一声で王宮を追われる。

 ざまぁとは、この瞬間のためにある言葉だ。


 私は、王国を救った。


 敵国グラン=フォルとの大戦では、圧倒的な戦力差をものともせず、たった七日で四つの城を落とし、敵将を斬り伏せた。


 戦場において、私の魔力と剣技はもはや“人の域”を超えていた。魔法と剣技を同時に操り、雷と炎の双剣を携えた私の姿は「神殺し」とまで呼ばれた。


 王国は勝利した。


 しかし、私が王都に戻ることはなかった。報酬も名誉も不要だった。ただ一つ、「力による正義」がこの身にあることを示すだけだった。


 ──それが、私の復讐だった。


 後日。リオネルとマリアンヌは、王国の片田舎へ「静養」という名目で追放されたと聞いた。

 王宮からの資金援助は打ち切られ、周囲の村人たちからも「元・王太子」「平民上がりの妾」として蔑まれながら、細々と暮らしているらしい。


 マリアンヌは、贅沢も召使いもない生活に耐えられず、鬱病を患い、次第に言葉を失っていった。

 リオネルは彼女の看病をしながら、いつか“戻れる”と思っているらしい。……滑稽な話だ。


 あの日、私に「失せろ」と言った男の末路が、それだった。


 私は今日も、異国の空の下で剣を研いでいる。


 私は王にもならないし、誰かに褒められたいとも思わない。ただ、自分を失わずに生きる。

 あの日失ったすべてを、今の私が凌駕している。


 私は──世界最強の元・令嬢。

 婚約破棄など、人生の序章に過ぎなかった。

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