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高校入学間もなくは確かにこいつと友達になれそうな気さえしていたが、運動神経が良い者繋がりでスクールカーストの頂点に君臨する最大派閥がいよいよ圧倒的な最大派閥になろうかというタイミングで、Kは私を無視し始めた。露骨に。当初、私はどうしたものか、どう対処したら良いか解らず、それでも仲を悪くはしたくなかったので、積極的に話しかけたのだが、そんなものは無駄な努力であり、多く話し掛ければ話し掛ける程に、その分無視されるだけであった。隣りの席で同じ少数派の理系ということもあり接点が多く、それだけに何とかしようとする機会もあり、だから一生懸命そうしようとしてしまった――謂うに及ばず、他のスクールカーストトップのメンバー以上に笑わせようとし、笑われるように努めた――ことは、自身の心により荒塩を塗り込められような気持ちにさせられただけであった。が、其れだけならまだ相当ましだった。
最悪というものは二重底である。
文系と理系で受ける授業が異なる場合は、たった五人しかいない後者はA組の教室を前者に明け渡し、理科室に移動し、其処で授業を受けることになっていた。入学当初は五人一緒に教室を移動したものであるが、間もなくそうではなくなった。Kが私と共に移動することを露骨に避ける、或いは嫌い、明確に拒絶する様になった。そうなるとどの様な事が起こるのか、は、想像に難くはあるまい。スクールカースト頂点に君臨する最大派閥の中心メンバーに他の三人(其の内二人は“派閥”の人間ではなかったのだが)も追随する――そういう風にしかならない。理科室には大きな机が六つあり、黒板に近い、前の真ん中の机で授業を受けることになっていたが、Kは此処にもひと手間、ひと工夫加えてきた。私一人が先に理科室に着き前の真ん中の机の席の一つに座っていると、後から来たKと他の三人は決まって其れとは別の机に移動し着席、教師が教室に入って来る迄はそのままでいた。逆に、Kと三人が先に来ている場合は所定の机の席に座っているのだが、私が其処にきて着席すると、Kは席を立ち、他の三人も追従し、別の机に移動して、教師が入室して来る迄はやはりそうしていた。私とすれ違う時などには――普段は無視なので此れはたまになのだが――Kは「如何に気に入らないか」をぼそっと呟いた(そこには「おまえ、うっとうしいから死ね」といった言葉も含まれる)りした。そして、呟く以上に稀ではあったが、私の足を蹴飛ばした。それは当然のことながら、わちゃわちゃじゃれ合っている同士のものとは程遠い。ふんわりとした予備動作等微塵も無く、小さく鋭く蹴ってきた。それはただ「(私が)気に入らない」という意志表示以外の何物でもなかったので本気で蹴り上げる――Kが私に入れてくるのは決まってシャープなロ―キックだった――ものではないので、その威力は、フィジカル的にはそこまで強烈なダメージをもたらせるものではなかったが、メンタル的には……。…当然のことながら、私にはとても蹴り返したりなど出来なかった。蹴られ出した当初はむかっ腹が立ち、やり返してやろうとも思ったが、私はお人好しだったというのか、馬鹿だったというのか……。此れが学習的無気力というか、学習的無力感というか……。其れがそういうものなのだろう。やがてそんなものに支配され、間もなくされるがままとなっていった。