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ベビーサークル

「フローライト第45話」

天城家にとっては 奏空そらは初孫なので、何かと利成の母が明希の家に来るようになった。


「奏空ちゃん」と無事に六か月の検診を終えた奏空に声をかける利成の母を横目に、明希はいまのうちにと洗濯ものを干していた。


ベビーベッドに寝かされた奏空はすっかりご機嫌で、時々笑い声までたてているので利成の母も可愛くてしょうがないといった調子だった。


抱いてみたり、抱っこしてベランダに出てみたり、見てもらえるのはすごく助かるのだが、そういった夜は奏空はらんらんと目を輝かせて興奮状態なのか、まったく眠らなくなったので困った。


その日は利成の帰りが遅く、夜中十二時を過ぎていたのにも関わらず、奏空がうつぶせになってご機嫌で遊んでいるのを見て利成が言った。


「まだ起きてたの?」と奏空に話しかけると、奏空がにまっとした。


「そうなの。昼間お母さんが来てたから・・・全然寝なくて」


「そうか」と利成が笑っている。


シャワーをかけてから、利成が奏空を抱き上げている。利成は帰宅して奏空が起きている時には、こうして必ず奏空を抱き上げてコミュニケーションを取っていた。


「今日は麻美さん、何時ごろ来たの?」


利成母親のことを名前で呼ぶ。


「んー・・・午前・・・お昼くらいかな」


「そう」


「何か奏空にピアノを教えるんだって。ピアノの部屋でピアノ弾いてたよ」


「ハハ・・・そう?気が早いね」


「うん、何か早ければ早いほどいいとか何とか・・・」


「そうなんだ」と話しながらも、奏空を膝の上で立たせて話しかけている。


利成と赤ちゃんって似合わなすぎる・・・と最初明希は思ったが、今ではすっかり慣れてしまった。


 


一歳の誕生日も無事に済んで、言葉もちらほら出てきて運動神経がいいのか、もうすっかり自由に家の中を歩き回っていて、階段もお手の物だった。


なので明希はすっかり奏空から目が離せなくなってしまって家事もままならなかったので、通販でベビーサークルを購入して、中に入れて遊ばせるようにと考えた。何せ家の中が広かったので、自由にさせておくとすぐにどこに行ったのかわからなくなってしまうのだ。


「そんなものにいれるの?」とベビーサークルが届いた日にちょうど家にいた利成が言った。


「うん、だって奏空ったらこないだ二階まで一人で上っちゃってたんだよ。知らないうちに。もう血の気引いた」


「でも大丈夫だったんでしょ?」


「そりゃあそうだけど、一歩間違ったら大変なことになったよ」


そう言いながらベビーサークルを組み立てるのに四苦八苦していたら、利成が手伝ってくれた。


「よし」と組み立てが終わると、明希は利成に抱かれていた奏空を呼んだ。


「奏空~おいで」


そう呼んだのに奏空が利成のところから動こうとしない。


「奏空、明希さんが呼んでるよ」


利成は奏空にまで母親を名前で呼ばせるつもりらしく、「お母さん」という言葉を使わない。


利成がそういうと、ようやく奏空が明希の方に歩いてきた。その奏空を抱きとめてから、サークルの入り口に立たせた。中には奏空のお気に入りのぬいぐるみやおもちゃを入れてある。


「ほら、奏空。クマちゃんが遊ぼうって言ってるよ」


明希がそう言っても奏空はサークルの中に入ろうとしなかった。仕方がないので明希が先にサークルの中に入って見せておもちゃを持ち上げた。


「奏空、一緒に遊ぼ」


奏空の好きなピアノのおもちゃを鳴らしても一向に中に入って来ようとしない。それを面白そうに見ている利成。


「奏空くん、おいでよ」とクマのぬいぐるみを持ってみても無視している奏空。そのうちタタタと利成の方に走って行ってしまった。


「ハハハ・・・」と利成がさも面白そうに笑った。


「明希がサークルに入ったら?」と笑いながら言われてカチンとくる。


(もう、利成は昼間いないからわからないんだよ)


少し頭にきた明希は立ち上がって利成の前にいる奏空を抱き上げた。


「奏空、おいで。クマちゃん寂しいって」


そう言って奏空を抱えたままサークルの中に入った。そして下に下ろすと奏空が珍しそうにサークルの柵を見回した。大丈夫かなと思った瞬間、奏空が急にタタタと走ってサークルの外に出て、あろうことか明希をその中に残してサークルの入り口を閉めた。


「あ!」と明希が言ったら利成が大爆笑した。


「もう奏空、最高」と言って笑いながら両親二人を置き去りにキッチンの方に行く奏空を見ている。


「もう、奏空?」と明希は大笑いしている利成を少し睨んでから、奏空を追いかけてキッチンに行った。奏空は冷蔵庫を開けようと頑張っている。


「奏空」と明希が言うと、奏空が明希を見上げて冷蔵庫を開けろという。


「もうご飯食べたでしょ?」と明希が言うとそれでも開けろと頑張る奏空。


仕方なくキッチンの戸棚から赤ちゃん用のお菓子を出した。それを一枚取って渡すと奏空はそれを持って、走って利成のところへ行った。それから利成の前でお菓子を包んであるビニール袋を必死で開けようとしている。


「奏空、あけてあげる」と明希が手を出そうとしたら利成が「助けを求めるまで様子を見てようよ」と言った。


しょうがないので明希は奏空が袋を開ける様子を見守った。どうあっても開かないのでそのうち袋の中でお菓子が割れてしまった。


「あーあ、あけてあげる」と明希がまた言うと、利成が制する。


「もうちょっと見ていようよ」


(えー・・・)と思ったがまた明希は手を出すのをやめた。


利成はいつもこうやって奏空が何かしらのSOSを出すまで見守っているのだ。


奏空は助けも求めずしばらくお菓子のビニールをぐしゃぐしゃと音をたてていたが、そのうち飽きてしまってお菓子ごと床に落とし、利成に抱っこをねだった。


「あーあ、もうぐちゃぐちゃ。奏空?いらないの?」と明希は床に落ちたお菓子を拾った。


奏空は利成に抱かれながら「マンマ、マンマ」と言っている。


「ほら、マンマだよ」と明希がお菓子の袋を開けて、割れてしまったお菓子を奏空の手に渡した。


奏空はそれを口に入れてからまた利成にべったりとくっついている。そうなのだ、何故か毎日一緒にいる明希より奏空は利成になついていた。


「やだやだ。利成にばっかりなついて」と明希は言って立ち上がった。


「何?焼きもち?」と利成は楽しそうだ。


「そうだよ。もうほんとに私がサークルに入ろうかな」


「ハハ・・・そんないじけないでよ」


 


結局せっかく買ったサークルは役立たずとなり、階段には後から柵をつけて、勝手に二階には行けないようにした。


そして順調に奏空は育っていったが、三歳も近くなったある晩に高熱を出した。体温計を脇に挟んだらありえない数値が出ていた。


四十度五分・・・明希はどうしよう、病院に行かなきゃと思ったが、もう夜の七時で病院は開いてなかった。


アイスノンで冷やしていたが、当てるそばからどんどん溶けていってしまうので明希はパニックになった。利成にかけても繋がらないと思ったので、利成のマネージャーさんに電話をした。


「もしもし?利成は今出れませんか?」


「あ、明希さん、こんばんは。今、ちょっと・・・何かありましたか?」


「子供が四十度以上の熱があって・・・どうしたらいいかわからなくて・・・」


そう言うと「え?!ちょっと待って下さいね。あ、電話折り返します」とマネージャーさんがいったん電話を切った。


(どうしよう・・・)


奏空は真っ赤な顔をしてぐずりもせずにただフーフー言っている。


「奏空、今病院行くからね」と明希は奏空の手を握った。


十五分ほどで明希のスマホが鳴った。


「明希?どうした?奏空、熱があるんだって?」と利成からだった。


「うん、どうしよう。四十度以上あるの」


「どんな感じ?ひきつけとか起こしてない?」


「うん、それは起こしてないよ。ただ苦しそうにフーフー言ってるの」


「そうか・・・すぐ出てもここからならちょっと時間かかっちゃうから救急車呼ぼう。呼べる?」


「うん、わかった」


結局救急車を呼んで救急病院に行った。身体がひどく熱くなっている奏空を抱いて診察を待った。診察を受けてベッドに奏空を寝かせて看護師さんが点滴のための針を奏空の手に差し込んでいると、利成が到着した。


「あ・・・」と利成を見た看護師が驚いた顔をした。


「どう?明希」と利成が看護師をチラッと見てから明希に言った。


「うん・・・とりあえず解熱剤と抗生剤を点滴するって」


「そう・・・」と利成も心配そうに奏空を見つめた。


「あの、どうぞ」と看護師が利成に椅子を勧めた。


「どうも」と利成がその椅子に座って奏空の真っ赤な顔を見てから額に手を当てた。


「ほんと、熱いな・・・」


「うん・・・どうしよう・・・」と明希は涙ぐんだ。


(このまま死んじゃったら?)そう思うと怖くてしょうがなかった。


「明希、大丈夫だよ」と利成が明希の手を握った。


「だって・・・もし・・・」と明希が言いかけると、「明希、大丈夫だから」と明希の手においた手に利成が力をこめた。


朝になっても熱が下がらない奏空は大きな病院に移された。そこで色々検査を受けたが原因がよくわからないという。


解熱剤を打って少し熱が下がったが、薬が切れた頃にまた上がって来る。奏空が熱に浮かされて意味不明なことを言い出したりして、明希はいてもたってもいられなくなった。


利成がどうしても外せない仕事があると席を外していたので、怖くなって一樹に電話をした。数回呼び出したが、一樹も仕事なのだろう、電話には出なかった。


(お父さんにかけようか・・・)と思ったところで、一樹から電話が来た。


「明希さん?ごめん、今ちょっと出れなかった。何かあった?」といつもの優しい声に少しホッとする。


「ごめんなさい・・・忙しいところ・・・奏空が高熱を出して今病院なんだけど、利成がどうしても行かなきゃならない仕事があるって行っちゃったら、すごく不安になっちゃつて・・・」


「奏空ちゃんが?熱はどのくらい?」


「四十度くらいあるの」


「え?!そんなに?大丈夫かな・・・今、どうしてるの?」


「病院で点滴してる」


「どこの病院?」


「○○大学の病院」


「そう、俺も時間空いたら行くよ」


「いいよ、ごめんね。お仕事でしょ?」


「うん、でも大丈夫」


それから一時間後くらいに一樹が来た。利成はまだ戻ってきていない。


「どう?」と奏空の顔を一樹がのぞきこんだ。


「うん・・・まだ変わらない・・・」


「だいぶ熱は高い?」


「うん・・・」


明希は奏空の顔を見つめた。時々目を開けるけれど、今はまたフーフーと息をしながら目を閉じていた。


「奏空が死んだら私も死ぬ」と思わず言っていた。


「明希さん・・・大丈夫だよ」と一樹が隣にあった小さな丸椅子に座った。


ここは個室なので周りには気を使わないで済んだ。


「でも・・・」と言いかけると、病室のドアがノックされてドアが開いた。


「あ、お疲れ様です」と一樹が立ち上がった。利成が戻って来たのだ。


「お疲れ」とさほど驚いた顔もせずに利成が言った。それから奏空の顔を見てから点滴の落ちているのを見た。


「どう?」と利成が明希を見る。


「変わらない」と明希は言った。一樹が気を使って少し離れた場所に立っている。


「奏空」と利成がさっきまで一樹が座っていた椅子に座って奏空の手を握った。


すると奏空がうっすらと目を開けた。


「奏空、わかる?」と利成が言う。すると奏空がうなずいた。


「奏空」と明希も身を乗り出すと、奏空が明希の方を見た。


「明希さ・・・ん」と奏空が言う。


「奏空・・・」と明希は奏空の手を握った。奏空は少し微笑むとまた目を閉じた。そして「奏空」と明希が呼んでもまたフーフーと息をしている。明希が涙ぐむと、利成が明希の手を握って来た。


一樹も後ろに立ったまま無言でいた。そうして一樹が帰ってからも奏空の熱は下がらず、とうとう三日目に入った。



三日目の朝体温計を見ると、三十七度八分まで下がっていた。


「利成、見て」と一緒に病室に泊まった利成に体温計を見せた。


「だいぶ下がってきたね」と利成が体温計を見てから明希に返した。


「うん・・・良かった・・・」


そう言ったら奏空が目を開けた。


「奏空、おはよ。大丈夫?苦しくない?」


明希が言うと、奏空が不思議そうに自分の手の、点滴の針を刺して固定のためにぐるぐると巻かれた白いテープを見つめた。それから明希の顔を見て「おなかすいた」と言った。


「ハハハ・・・」と後ろで見ていた利成が笑った。そして「そうだよな、何にも食べてないものね」と言った。


 


看護師さんが朝検温に来て奏空の様子を見て微笑んだ。


「少し下がったね」と看護師さんに言われて奏空が「うん」と笑顔を返していた。


朝食に出たおかゆを綺麗に平らげたので明希は心底ほっとした。


「利成、今日は私一人でついてるから気にしないでお仕事に行って」と明希は言った。


利成は奏空のそばまで来るとその額に手を当てた。


「奏空、ちゃんと寝てるんだぞ」と利成が言うと、「うん、まかせておいて」といつものように笑顔で奏空が答えた。


「じゃあ、明希、仕事終わったらまた寄るから何かあったらすぐ教えて」と利成が立っていた明希の額にキスをした。


「うん、わかった。行ってらっしゃい」と明希が言うと、奏空も「利成さん、行ってらっしゃい」と手を振っていた。


 


それからは熱も下がっていき、三日後には元気に退院することができた。結局原因は不明のままだ。退院の日、利成が休みだったので迎えに来てくれた。


「バイバイ」と看護師さんたちに元気に手を振る奏空。


利成は結局またナースステーションでサインを求められていた。


車の後部座席のチャイルドシートに利成が奏空を乗せてくれた。明希も後部座席に乗り込む。


「いっときはどうなるかと思ったけど、ほんと良かった」と明希が言うと、「そうだね」と利成が運転席でシートベルトを締めながら言った。


「明希は心配しすぎ」と急に奏空が明希を呼び捨てし、大人っぽい口調で言った。


(え?)と明希は思った。そんな奏空の言い方は初めてだった。


「奏空、呼び捨てやめて」


「何で?」と奏空が不思議そうに明希を見た。


「何でも。親を呼び捨てはダメでしょう?」


「明希は親なの?」とまた首を傾げている奏空に利成が吹きだした。


「ちょっと利成も笑ってないで言って。名前で呼んでる人なんてほとんどいないのに、更に呼び捨てなんてダメでしょ?」


「そう?俺はいいと思うけど」と利成がまだ笑っている。


「良くない!」と明希が口を尖らせると「明希、早く帰ろ。じゅんたが待ってる」と奏空が言った。じゅんたとは奏空のお気に入りのクマのぬいぐるみのことだ。奏空が自分で名前をつけたのだ。


「そうだね。早く帰ろう」と利成が笑いをかみ殺した。


(もう・・・)と利成を後ろから少し睨んだ。


でも・・・とご機嫌で窓の外を見つめている奏空の横顔を見た。


(ほんとに良くなって良かった・・・)


元気で生きていてくれれば・・・まあ、呼び捨てくらいはいっか・・・。

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