寿命測定
「まさか……こんなことが……」
薄暗い研究所の一室。機械が放つ微かな光が、博士の額を伝う冷や汗を照らしていた。
震える手を押し当て、ぐにゃりと歪んだ顔。ただその目は、自ら作り上げた装置をじっと見つめている。現実から目を逸らすことはできない。博士自身それを誰よりも理解していた。たとえどれほど残酷な未来が待ち受けていようとも。
「人類が……終わりだとでも言うのか……」
博士はとうとう立っていられなくなり、膝から崩れ落ちるようにして床に座り込んだ。俯いた顔を少し上げ、再び装置を見つめる。慈悲を乞うかのように。
寿命測定装置――博士は長年の研究の末、ついにこの人間の寿命を正確に予測する装置の開発に成功した。
この装置は、ただ前に立つだけで全身をスキャンし、その寿命を正確に弾き出すことができる。
初めて装置を試したのは、近所の老人。親しくはないが、老齢で健康も芳しくないことは見てわかる。テスト対象として理想的だった。
実際そうだった。研究所に招いて測定した結果、予測された死亡日は年内であった。
そして見事、その日に老人は息を引き取り、博士は歓喜した。だが、それも束の間だった。この発明を喜んで使いたがる人などいないと、すぐに気づいたのだ。医者に余命を宣告されるようなものだ。たとえそれが遠い未来であっても、年齢に近づけば気にせずにはいられない。自分の寿命など知らないほうが幸せなのだ。
だが、研究成果を確かめずにはいられない。そこで博士は、友人たちに声をかけ、健康診断の装置だと偽って、密かに寿命を測定していった。しかし――。
『なんだ? ここに立てばいいのか?』
『ああ、そうだ。新しい健康診断の機械だ。試してくれ』
『ふーん、立っているだけでいいとは楽だな。この前バリウムを飲んだんだけど、あれはさ、ウンコが――』
『出たぞ……えっ』
『おー、早いな。もう結果が出たのか。それでどうだった?』
『……ああ、いや、健康そのものだよ』
『ははは! そうだろう、そうだろう。まあ、ちょっと血圧が高いと医者に言われたがな。まあ、そんなの言われてもって話だよな! ははははははは!』
装置に表示されたその友人の寿命は、たった数か月しかなかった。騙して測定したこともあって、博士は罪悪感に苛まれた。しかし、その後も次々と友人たちを測定し続けるうちに、その罪悪感は消え失せた。
装置は全員が数か月後の同じ日に死ぬことを示していたのだ。
「地震か、ウイルスか……この国に、それとも人類全体に壊滅的な大災害が起きるのか……だが、しかし、どうすれば……うううぅぅぅ……」
何かが迫っている。しかも、それは避けられないものかもしれない。それを確かめる必要があった。博士は恐怖に苛まれながら、意を決して装置の前に立った。自身の寿命はまだ測定していなかったのだ。
機械が静かに作動し、放たれた水色の光線が、博士の頭から足先までをなぞっていく。そして――。
「……は、ははは! はははははは!」
博士は狂ったように笑い出した。
「死ぬ! 死ぬんだ! 全員、はははははは!」
博士の寿命が尽きる日も、他の人々とまったく同じ日だったのだ。
「海外に逃げても無駄なんだ……この機械は、人間の遺伝子情報や健康状態から寿命を予測するものではない……人間の運命そのものを暴いているんだ……ひひひひ……」
博士自身、この装置の原理を完全に理解しているわけではない。ただ博士は誰にも相談せず、この事実を伝えないことにした。話したところで信じてもらえるわけがないし、仮に信じられたとしても怒りと混乱を招くだけだろう。しかし、恐怖と不安は彼の心を蝕み、次第に奇行を繰り返すようになった。友人たちが心配して声をかけたが、博士は一切取り合わなかった。
そして、運命の日が訪れた。
研究所の中、博士は静かに装置に歩み寄る。その顔は穏やかで、あるいは寝惚けているようにも見えるが、実際には迫る死に怯え、痴呆症患者のように脳の働きは鈍っていた。目は焦点が合っておらず、笑みとも歪みとも取れる表情が浮かんでいる。
博士は不吉な未来を変える方法を探し続けたが、答えを見つけることはできず、理解のない父親に抱くような憎しみばかりを装置に募らせていた。
「……はは、はははははは!」
博士は金槌を握りしめ、装置の前に立った。そしてスキャンが始まる中、博士は大笑いしながら金槌を振り上げた。
とある葬儀場――。
「はあ、まさかあいつがな……」
「ああ、せっかく健康に気を使ってただろうにな……」
「え、そうか? 発明に没頭してそうだが」
「ん? お前はあいつに呼ばれなかったのか? 健康診断の機械のテストだとかで」
「ああ、あいつはおれたちの健康まで気にしてくれてたんだなあ」
「なのに、まさか、機械のメンテナンス中に発火して、研究所が全焼とは……」
「でも、自分の発明品と運命を共にしたんだ。本望だったのかもな……」