愛を試した? ふざけるな。
はっきり言って、婚約者のことが嫌いだった。
グラッド・アーデルベルト。世に名高いアーデルベルト公爵家の長男。
一方の私、リーシェナ・カルメンは男爵家の令嬢、それもさほどの歴史はない家。
傍から見れば、グラッドは私にはもったいないくらいの婚約者に思えたことだろう。
だが当のグラッドはというと……
「フン、木っ端貴族の娘が、俺のそばにいられるだけ有難く思え」
「何をしている、俺が食べ終わるまで料理に手を付けるな!」
「もっと頭を下げて謝れ! なんだその生意気な目は?」
「口答えをするな!!」
……と、この調子。
典型的な権力に溺れた貴族のそれ。婚約者である私に対し、徹底して従順な女であることを強い続ける。
わかっている。それもまた貴族としての在り方のひとつ。グラッドの言う通りの女になることも、貴族の妻としてはけして間違ったものではないのだろう。
だがそれはそれとして感情は別だ。私に一切の反論を許さずに抑え続けるグラッドに、私が好感を持てるはずはない。
別によちよちと可愛がってもらいたいわけじゃない。貴族の婚約は家同士で決まる、グラッドとて望んで私と婚約したのではないし、思う所はあって当然だろう。
だがせめて……もう少し、人間扱いして欲しい。私にも意思があり、心があり、尊厳がある。それを認めてもらいたい。
そう思うこと自体が、贅沢なのだろうか?
婚約者としてグラッドと正式に顔合わせをしてから3年が経ち。私はそんなことすら考え始めていた。
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そしてある日。
それは貴族たちが集まるパーティでのことだった。グラッドに半ば命令される形で私も参加した。といっても私の扱いはグラッドを飾る花のようなもの。ただただグラッドの後ろについて回るだけ。私に自由な行動や発言の権利はない。
いつものように、私はその扱いに心を押し殺しつつ従っていた。だが……
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「何をしている!?」
グラッドの怒号がパーティ会場に響き渡る。貴族たちがなんだなんだと視線を向けてくる。
その先は当然、グラッドと……怒号を受けた相手、私だ。
「な、何をしていると仰られましても……私はただ、ご挨拶をと……」
私は本当になぜ怒られているのかわからなかった。やったことと言えば、さっき参加者の貴族の1人が私に対し挨拶をしてきたので、挨拶を返しただけなのだが……
「俺の許可なしで男と言葉を交わしたな!? 勝手なことを、何様のつもりだ!」
どうやらそれがグラッドの逆鱗に触れたらしい。ああそうか、グラッドにとって私は自分の所有物……それを勝手に触られたような気分なのか。
「も、申し訳ありません、どうか……」
「うるさいっ!」
「っ!?」
グラッドは私の胸をドンと突いた。当然、私は床へと倒れ伏す。
「もういい! お前のような貴族の作法もなっていない女はうんざりだ! 今この場で、婚約破棄を言い渡す!」
とんでもないことを言い出すグラッド。婚約破棄、という言葉に、周囲もざわついた。
「そ、そんな……」
言いたいことは色々あった。こんなことで婚約破棄などありえない、そう反論したかった。
だが……私にそんなことをする権利がないことも、よく知っていた。
「……かしこまりました。謹んで、お受けいたします……」
とにかくグラッドを宥め、この場を穏便に切り抜けるしかない。もし本当に婚約破棄とあらばきっと、全ての責任を私の家に押し付けてくるだろうが……少なくともグラッドを怒らせては逆効果。私にできることは、少しでも傷を和らげることだけだ。
立ち上がり、グラッドに正対する。そして恭しく、頭を下げた。
「これまでのご指導、ありがとうございました。お目汚しして申し訳ありませんでした。では……」
そして踵を返し、パーティ会場を後にしようと歩き出した……
その時だった。
「待ってくれ!」
突然、優しい声が私の背にかけられる。私は一瞬その声が信じられなかった。
なぜならその声は……グラッドのものだったからだ。
思わず振り返る。そこには、これまでの暴君の顔はどこへやら、柔らかな笑みを浮かべるグラッドがいた。
「すまなかった。婚約破棄というのは嘘だ。戻ってきてくれ」
「え? え……?」
混乱しかない。グラッドのこんな顔を見るのはそもそも初めてだ。あの怒りはどこへ? 嘘というのは?
「実はね……君の愛を試していたんだ。婚約者たる男に強権を振るわれて尚、耐えきることができるか。理不尽な目に遭ってなお、僕を愛し、貴族としてふさわしい振る舞いができるか、をね」
……なんてことだ。
私は、試されていたのか。
「辛かったよ。愛する君が傷つき、苦しむのはよくわかっていた……婚約破棄を言い出したのは、最後の試験だったんだ。婚約者でもなくなり、もはや他人となった相手に対してどうするのかが見たくて……でも君は立派だ。うん、合格だよ」
合格、か。
「さあ、これからあらためて、婚約者としてよろしく頼む。もちろんこれまでのようなことはしなくていい。妻として、僕と対等に、愛し合おう。よろしくね、リーシェナ」
グラッドはそう言って私に手を差し伸べた。優しい笑顔、心からの笑み、満足げな顔で。
周囲はそんなグラッドの劇場に対し最初は戸惑いを見せたが、やがてぽつ、ぽつと拍手が上がり始めた。
未来の妻を見定めるため、あえて汚名を被ったグラッド。ついにその努力は実り、2人の愛は真実のものとなる……そんな筋書き。
私はグラッドへと歩み寄った。そしてグラッドの手に応じるかのように右手を持ち上げ……
パァン! と。
その頬を、思い切り叩いた。
「……へっ?」
先ほどの私と交代するかのように、床に尻もちをつくグラッド。何が起こったのかわからない様子で、叩かれた頬を押さえ、私を見上げる。
私はそんなグラッドに対し……思う丈をぶちまけた。
「ふざけないでください! な~にが試していた、ですか!? えっらそうに……! 私がどんな思いをして、この3年間を過ごしたと思っているのですか!? 一挙手一投足を監視され、難癖をつけられ、罵倒されて! ただ歩くことですらビクビクとしなければならなかった気持ちがわかりますか!?」
「顔を見せる度になじられて、一方的にルールを押し付けられ、こんなことも知らないのかと見下され! 自分の全てが否定された人間がどう思うか想像もつかなかったのですか!? 3年の間、自死すら望んだ夜が幾度あったか……!!」
「あまつさえその理由が愛を試していた、ですか!? あんな目に遭わせ続けておいてなぜ愛してもらえると信じられるのですか!? しかもまるで辛かったのは自分であるかのように……! ドラマチックに感じているのはあなただけです!」
まくし立てる間、グラッドはただ目をぱちぱちとしていた。完全に想像だにしていなかったのだろう、私の気持ちなど。
「あなたなど……こちらから、願い下げですっ!!」
私はきっぱりとそう言い切り、パーティ会場を後にした。
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それから。
会場を後にした後、頭の冷えた私は流石に後悔した。やってしまった、婚約者の高位の貴族に対しあんな言動をしてしまうなんて……この先どうなるか……
が、意外にも私に対しお咎めはなかった。というのも、私に対するグラッドの振る舞いは社交界の中でも疑問に思う人が多かったらしく、パーティにおいてグラッド自らが大勢の前で内情を暴露し、その身勝手さに共感してくれたそうなのだ。
なんならグラッドのアーデルベルト家の中でも、いかに婚約者相手とはいえ試すにも度が過ぎるのではと言われていたらしい。その度にグラッドは、これは必要な試練だ、婚約者ならばきっと乗り越えてくれる、と熱弁し、その立場の高さもあって誰も諫められなかったそうだが……
ともあれ、貴族たちの賛同もあり、この件に関してはグラッドの非が認められ、私や私の家に対する大きな処罰などはなかった。私とグラッドの婚約に関しても、婚約破棄が認められた。
グラッド自身は不満を口にしていたそうだが……これ以上家の名を貶めることを恐れた彼の父親が、彼を僻地に派遣、事実上の追放を決定したのだとか。とにかく、私は二度とグラッドと会わずに済みそうだ。
さて、私はこれからどうしようか。ようやく人間らしい暮らしを取り戻せそうだが……グラッドのせいで私はグラッド以外に交流関係を持てず、宙ぶらりんの状態。
まずは社交界にでも出て、グラッドの婚約者としてはではなく私自身として人と関わっていく必要があるだろう。正直グラッドのせいで人間不信気味だが……
でもまあ、彼のように。
人間を身勝手に試したりなどしないことは、間違いない。
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