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(9)瞳の奥にあるものは

 ドボンッ


「えっ?!」

「へっ?!」


 急に足元の感覚がなくなった俺とお嬢は、勢いよく湖に入水した。要は炎の魔術のせいで湖の氷が溶けてしまい、ドボンする羽目になったというわけだ。


「どぅわっ! 俺、泳げねぇんだってば!」

「ひゃーっ! 冷たっ!」


 バシャバシャと二人でもがいていると、「まったく貴女たちは」と呆れた表情を浮かべたフラヴィオ公爵が水上を浮遊して現れた。


 彼が「大樹よ」と命じると、先程の樹の根が俺とお嬢の手首に巻き付き、一本釣りのように空中へと引き上げる。気分はまるで釣られた魚だ。


「悔しい~! 結局捕まっちゃいましたね。今日から死ぬまで魔術の勉強三昧ですか?」


 お嬢は、然程悲壮感のない様子で釣り上げられている。

 もしや、満更でもなかったりするのだろうか。たしかにフラヴィオ公爵は顔よし、地位よし、財力よし、戦闘力は一国分とやたらハイスペックだ。しかも昔からお嬢のことをよく知っている。戦争が終わり、落ち着いてみたら恋心に気づく……なんてことも有り得るのかもしれない。


 しかし、言い出しっぺのフラヴィオ公爵が首を横に振った。


「先程私が言ったことは冗談ですよ。ベリームーンが飽き性であることは、とっくの昔に分かっていることですから」

「さすがは師匠」


 お嬢はホッとしたというよりも寧ろ、そう言うと思ってましたという口振りだ。


(えっ。もしかして慌ててたのって俺だけ?!)



 ◆◆◆

 そして一本釣りの状態から開放された俺とお嬢は、湖畔に戻って服を魔術で乾かしてもらい、しばらく焚き火で温まっていた。「マシュマロ持ってない?」という呑気なお嬢の発言につい笑ってしまう。


(あー、なんかすげぇ疲れた。おっさんが気軽に若い子と追いかけっこしたり、スケートするなんて無理があんだよー……)


 なんだかほっこりしてしまい、俺が疲労と眠気と戦っていると――。


「ジェド」

「わわっ!」


 不意にフラヴィオ公爵がこちらを覗き込んできたので、俺は焚き火に突っ込みそうになってしまった。


「なななんすか、フラヴィオ公爵閣下」

「身構えないでください。私は貴方を買っているのですから」


 フラヴィオ公爵は、キラキラと美しいエメラルドアイズが俺を見つめて来る。

 こ、この目はよくお嬢に向けてるヤツ! なんか吐息からいい香りまでするんですけど?! ナニコレ、魅了魔術?!


「お、お世辞はいらねぇっすよ」

「いえ。私の術を相殺するほどのあの炎魔術……。ベリームーンからそれを引き出した貴方の剣細工は賞賛に値します。さすがは――」

「いやいや、褒めすぎですって」

「過大評価ではありません。もしエルファー王国に来ていただけるのならば、貴方専用の工房と研究施設を用意しますが、如何でしょうか。ベリームーンと二人で移住してもいいのですよ」

「お嬢目的で俺を買収しようってか?」

「貴方も目的です」

「有難いお誘いですけど、すんません……。俺、エルファー王国苦手なんで…」


 エルフ族の住まうエルファー王国を思い出す。あそこはエルフ族もダークエルフ族も容姿や身なりが綺麗で、町にも新式の魔道具が溢れていた。豊かで美しい魔術の国には違いないが、その分排他的な性格をした場所でもあった。


『あんたは……だろ。売るもんはないよ』

『穢れたら困る。出て行ってくれ』


「……ッ」


 同盟軍についてエルファー王国を訪れた時の事を思い出し、俺は首を締上げられるような息苦しさを覚え、無意識に喉を搔きむしっていた。

 それを見たフラヴィオ公爵は「あの時とは違いますよ」と言って、俺の手をそっと胸から引き剥がしてくれた。


「異種族間の差別を禁止したり婚姻を認めたりする法律は、ベリームーンのおかげで整いました。私たちは新しい時代を生きているのです」

「……知ってますよ。お嬢のそばで見てましたから」

「では、これからもあの子のそばにいてくれますか?」


 フラヴィオ公爵の瞳の奥は、お嬢への愛に溢れていた。

 その瞳を見て俺はようやく気が付く。


(あぁ、そうか。このヒトはお嬢の花婿になろうとしてたんじゃない。花婿を迎えようとするお嬢を心配してやって来たんだ。父親ってきっと、こんな目ぇしてるんだろうな)


 けれど俺は、フラヴィオ公爵の問に首を縦に振ることはできなかった。


「冗談。幸せな夫婦の周りをおっさんがうろついてたら目障りでしょーに」


 へらっとした口調でそれだけ言って、俺はいつの間にか焚火のそばでうとうとしていたお嬢に歩み寄り、「そろそろ帰ろうぜー」と肩を揺すった。


「むにゃむにゃ……。ジェドのお茶……ちょっと……美味しくなってるよ……」


 余計なお世話な寝言を言ってやがる。

 だが不意に、婚活が終われば俺が茶を淹れることもなくなるのだろうなと考えてしまい、分不相応にも寂しい気持ちになった。多分、今の俺はフラヴィオ公爵のような目はしていない。


(お嬢の未来の花婿は、きっと強くてかっこよくて、多分地位と名誉も持ってる。そういうハイスぺな亜人が現れんのを待ってるから、お嬢はなかなか結婚を決めれねぇんだろ? 俺はそんな花婿が見つかるまでそばにいるよ。それが、お嬢が一番喜ぶ恩返しになるもんな)


 あぁ、でも。

 こんな気持ちになるくらいなら、婚活なんて早く終わってくれ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 公爵、素敵な人だった…!
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