(8)勇者令嬢の反撃
俺は背後からの悪寒に震え上がる。
だって、フラヴィオ公爵がめっちゃ見てるんだぞ!
「ふふふ。ジェドもまとめて捕らえます……」
ゴゴゴゴゴという黒いオーラを背負ったフラヴィオ公爵が、聖杖片手に氷上へと足を踏み出す。というか10cmくらい浮遊している。スケートじゃないじゃん!
「捕縛せよ! 【魔法樹の鎖】!」
フラヴィオ公爵の呼び声で、聖杖から幾本もの大樹の根が召喚され、巨大な蛇のように俺たちを追尾してくるではないか。
魔術には明るくないが、おそらく土属性の最上級魔術だろう。彼が巨人族を操っていた魔族長相手に同じ術をぶっ放していたところを見た気がする。
「ってマジかよ! 最終決戦の魔術を仲間相手に使うんじゃねぇぇっ!」
バギバキィッと大樹の根が氷を砕きながら突進してくる様はホラーに近い。
あの美形エルフ、本当はダークエルフなんじゃないのかと思いたくなってしまう。
「ふふふっ! 師匠ってば、はしゃいでるわね!」
弟子のお嬢もこの調子だ。
お嬢は楽しそうに聖剣グラディウスを振るい、ズバンズバンッと大樹の根を両断していく。あまりに楽しそうなので、「俺、邪魔じゃない? 二人で超次元スケートしてくれよぉ」と何度か申請したが、その都度却下されてしまう。
お嬢は俺の右手を強く握り、氷上を駆けながら言う。
「ジェドの手、放したくないの。だって放したらあなた、どこかに行ってしまいそうだから」
お嬢の口からポロリと出た言葉がなんだか嬉しくて。だけど、俺は自信を持って「どこにもいくもんか」と言ってやることもできず――。
俺はお嬢の手をぎゅっと握り返すと、「止まってくれ」と声をかけ、彼女の腰に下げられている聖剣グラディウスの鞘を指さした。
「実は俺、結構過保護でさぁ。こっそり装飾いじってんだよね」
「伝説の聖剣に細工しちゃうなんて、さすが私の執事だわ」
俺がニヤリと笑うと、お嬢も同じように笑う。
勇者の顔のお嬢も好きだが、悪餓鬼みたいなお嬢も好きだ。俺は口にはしないが心の中でそう思った。
「手、離してもいなくならねぇから。退職するなら給料もらった後だ」
「じゃあ、お給料払わなかったらずっといる?」
「セイクリッド労働組合に訴えるぞ☆」
俺がするりと手を離すと、お嬢は少し寂しそうな目をした。そして「訴えられない方法を検討するわ」という物騒な発言を残して、氷上をスイーッと滑り――。
「…………」
聖剣グラディウスを一旦鞘に収めたお嬢は、襲いかかる大樹の根の真正面に立つと、集中して、集中して……。
(お嬢……!)
大樹の根がムチのようにしなり、お嬢を包み込む。私のモノだと言うかのように。
「ずえぇぇぇぇいッ!!」
お嬢が聖剣を鞘のまま一閃させると、明るい炎が唸りを上げて根に燃え移り、メラメラと飲み込んでいく。炎の魔術だ。
魔術がろくに使えないお嬢でも、大きな魔術が使えるようになる細工を俺が施したのだ。
(お嬢は魔力量自体はかなりある。それを発現させる術式を使いこなせないだけだ。だから、モノにその役割をさせてやればいい――)
ゴウゴウと燃える炎が大樹をあっという間に駆け上がり、大元であるフラヴィオ公爵の聖杖にまで迫る。
愛弟子が放った魔術の明るさに視界を奪われ、彼が「っ!」と目を細めた時――。