(7)勇者令嬢、スケートする
あけましておめでとうございます。
1月3日完結予定ですので、お付き合いいただけますと幸いです。
フラヴィオ公爵は先々代マルドル伯爵の代から伯爵家と付き合いがあり、なんとお嬢の名付け親でもある。
「エルファー王国では千年に一度だけ昇る美しい桃色の月を【ベリームーン】と呼びます。ベリームーンが生まれたのは、ちょうどその夜だったのですよ」
連合国軍にいた時に、フラヴィオ公爵が事ある毎に仲間たちにそう話していたのだが、俺から見れば他者への牽制。
彼は王族に匹敵する地位と魔術師としての圧倒的名誉を持っているというのに、さらにプラスでお嬢との付き合いの長さと深さをアピールしていた。
(まぁ、他のやつが手ぇ出して来ないだけで、お嬢がなびくってわけじゃないんだけどさ)
多分、お嬢はフラヴィオ公爵のことを魔術の師匠、頼れる仲間、よくて親戚のお兄さんポジションくらいにしか思っていないだろう。
この美形エルフがお嬢贔屓にバフ魔術をかけまくっていても、その理由なんてまったく気が付かないのだ。逆に切ない。
だが、この婚活のタイミングで彼が来訪したということは――。
「ベリームーン。今日は貴女に最後の授業をするため、ここに来ました」
神妙な面持ちのフラヴィオ公爵を見て、お嬢は「最後の授業?」と焼き菓子を摘む手をピタリと止めた。
「最後も何も、私、途中で放り出してますよ?」
「えぇ。なので今日は魔術を使う授業ではなく、対処法の授業です」
フラヴィオ公爵はにこやかに目を細めると、古代語の呪文を小声で唱え、パチンと指を鳴らした。すると湖岸から中心に向かって湖の水がピキピキと凍結を始め、ものの十秒後には分厚い氷が表面を覆っていた。
(すっげえ! 氷張ってる!)
「すごい! 氷が張ってる!」
お嬢も同じことを言ってはしゃいでいるが、俺はフラヴィオ公爵の考えがなんとなく読めてしまい、それどころではなかった。取り敢えず温かいコートを取りに屋敷に帰らせて欲しい。
しかし、そうな問屋は下ろさない。
「スケートをしましょう、ベリームーン。貴女が私から逃げきれたら、授業は終了。失敗すれば、貴女には私が付きっきりで一生をかけて魔術を教え込みます」
(やっぱ思い出の上書きしに来てるじゃん! ってか付きっきりで一生って、束縛がすぎる……!)
「いいですよ、師匠。受けて立ちます!」
「えっ! 待てって! その勝負、お嬢にメリットなさすぎ――」
俺が「る」と言うよりも早く、お嬢は俺の右手を引っ掴んで湖に飛び出した。
そしていつの間にか俺たちのブーツの裏には氷でできたエッジが付いており、まるでスケート靴そのもののようになっていた。
「うわわわっ! なんで俺まで⁉」
油断していた俺をお嬢が高速で引き、湖上を滑る。氷の上を滑るのは二度目だが、お嬢だけ上達していて羨ましい。俺だって一人でシャカシャカ滑りたいのに。
「私、狭い範囲に魔術を展開するくらいはできるのよ! お揃いの靴よ♪」
(語尾に♪を付けるな! ♪を!)