(5)マッチング結果
いつの間にか、侍女の中に変装した悪党が紛れ込んでいたらしい。
返り血をまとった悪党は、トドメの一撃を追加しようと思ったのだろう。俺の背中からナイフを引き抜こうとし――。
「む……っ! 抜けない……⁉」
「俺、実は脱いだらすごい系だったりして?」
俺がニヤリと笑うと同時に、聖剣グラディウスの蒼刃が空で閃いた。
「せいやぁぁぁぁぁッ‼」
駆けつけたお嬢の重い一撃が悪党を沈め、戦いは幕を閉じたのだった。
◆◆◆
「ジェド、無事でよがっだぁぁ……」
俺の背中にしがみついておいおい泣き続けるお嬢。せっかくメイクアップした顔が台無しだ。いや、素顔が可愛いことは保証するのだが、どろどろになった化粧のせいで非常に残念なことになっているのだ。
「泣くなって。俺元気だし。血がついちゃうから離れなって」
「もう血、止まってるしぃぃ……」
「それが分かってんなら尚更離れてよ」
「嫌。なんか嫌」
子どものように駄々をこねるお嬢に困ってしまい、俺は仕方なく彼女を背中におぶって立った。勇者ファンが見たら泣くぞ、これ。
(ヤダヤダ。俺もお嬢も血まみれじゃん。メイド長激怒じゃん)
少し先のことを考えて暗澹たる気持ちになっていると、クスクスの大合唱をしている侍女たちを連れたヴィヌシュ皇子がやって来た。
彼の拳には戦っていた時の黄金の光ではなく、淡く白い光が宿っていた。その白い光の正体は治癒術だ。彼はただの武闘家ではなく、神に仕えるバトルモンクなのだ。
「ジェド。傷を見せてくれ。オレが癒す」
血は止まったものの、まだ痛みはあるので有難い申し出だった。
しかし、俺が「ありがとう。んじゃさっそく……」とお嬢を地面に置こうとすると。
「私が癒すから間に合ってるわ!」
背中の上からそう豪語するお嬢の言葉に、俺は「はい?」と首を傾げずにはいられなかった。
「お嬢、治癒術使えないでしょ? 魔術の修練ソッコーで投げ出したって聞いてますけど?」
「そうよ! さすが私の噂ね! 広まってる!」
「どや顔するな、どや顔を」
「心配しないで。救急箱でばっちり処置するから!」
「それ、応急処置っていうんだよ」
皇子の治癒術の方が確実に早くて安全なのだが、お嬢はどうしても背中から降りないし、治療権を譲ろうとしない。なんだよ、足手まといになった嫌がらせか? と、俺が困り果てていると。
「どうやらオレの出番はないようだ」
穏やかな笑みを浮かべながら、皇子が言った。狼耳はしゅんと曲がり、尻尾も寂し気に垂れている。
「……ありがとう、ヴィヌシュ。あなたとはいいライバルでいさせて」
「あぁ。息災でな。ベリームーン」
お嬢がなんだかいい感じの台詞を口にして、ヴィヌシュが名残惜しそうに頷く。俺を挟んで、急に解散のやり取りをしているのはなんでだよ⁉
「ジェド。痛みが引かなければ、医者にかかるんだぞ」
「えっ! 待って、皇子! 諦めないで、俺の治療! 出番今だよ!」
引き止めようとしても止まってくれないので、俺はお嬢をおぶったまま、皇子と侍女たちの背中を見送った。
そして、「またね~!」と笑顔で手を振っているお嬢。彼女が笑顔なら、まぁいいかと思ってしまう俺も俺である。
(まったく……。こんな破天荒お嬢に婿入りしてくれる亜人はいるのかねぇ)