(4)勇者令嬢、抜剣す
「わわっ!」
たくさんの炎の矢が降ってくるのを見て、俺は悲鳴を上げて尻餅をついた。すると目の前を燃え上がる矢がシュシュシュッと通過していくものだから、冗談抜きで意識がぶっ飛びそうになる。
「お……、お嬢! 皇子と逃げろ!」
「馬鹿言わない!」
腰の抜けた俺のもとにサッと駆け寄ったお嬢は、すっかり勇者の顔になっていた。
強くて綺麗で、お嬢は初めて会った時もそんな顔をしていたっけと思わず懐かしい記憶が蘇る。
(って、走馬灯みたいなタイミングのフラッシュバックやめて!)
俺はお嬢に支えられてなんとか立ち上がり、「すまねぇ……」と言いながら彼女の代わりに装備していた聖剣グラディウスを差し出した。お見合い中にこれの出番はないと思っていたというのに。
「ありがと、ジェド。……賞金稼ぎってとこかしらね。毎度毎度ご苦労なこと。ヴィヌシュ、手伝ってくれる⁉」
「もちろんだ」
お嬢は聖剣グラディウスをすらりと抜き放ち、皇子は光の宿った拳を強く握る。
獣爪族は大陸の種族の中でも抜群に身体能力が高く、格闘術に長ける者が多い。そしてヴィシュヌも例に漏れず優れた武闘家であり、光の魔術と組み合わせたパンチの威力は大岩を粉微塵にしてしまうほどだ。俺の記憶では、同盟軍の戦闘員の中で彼に敵う拳を持つ者なんて、一人もいなかった。
まさか、同盟軍の前衛コンビの戦いをまた拝む日が来るとは――。
(ごめん。俺は何も出来ねぇのに……)
俺が気配を殺して後方に下がる間にも、お嬢は屋根の上に潜んでいた悪党どもを剣圧で地面に叩きつけ、ヴィヌシュがトドメの連打をお見舞いしている。その息ぴったりな戦い振りには、思わずはっと見とれてしまうほどだ。
勇者の剣が閃き、皇子の拳が瞬く。
先の戦争の時もそうだった。お嬢とヴィヌシュは、普段から命を狙ってくる暗殺者と戦い慣れているから……などと言い、自らを囮に敵を引き付け、仲間たちを守っていた。
そしてかつての戦場と同じように、次第に二人によって戦いは優勢になってくる。
(勝てる。もう大丈夫か……)
お嬢のドレスは酷い有り様だが、彼女に怪我はなさそうだし、皇子も無傷に見える。
皇子の侍女たちと共に薔薇の木の陰に隠れていた俺は、戦況を伺いながら「ふぅ」と短い息を吐き出した。
「巻き込んじまってごめんな。せっかく皇子に付き添って来てくれたの……に……」
振り返りざまに背中に走った冷たい痛み。
サクッという戦場で聞き慣れた音が間近で聞こえ、俺は思わず「へ?」と間抜けな声を出してしまう。
「きゃあぁぁぁッ!!」
そばにいた侍女の一人の悲鳴で、俺はようやく自分が刺されたことに気が付いた。