(3)ビースト帝国の狼皇子
アラビアンな感じの国から狼の皇子様が登場です!
ビースト帝国は獣の特徴を体に持つ種族――獣爪族の国であり、大陸一の国土を有する。内には草原の民、山の民、砂漠の民がおり、遥か昔には大陸を揺るがすほどの統一戦争が繰り広げられたのだが、今は【砂漠の灰色狼】カーラー一族が帝国全土を統治している。
そのカーラー一族の第三皇子ヴィシュヌは、三年前の戦争で両親を討たれ、復讐のため悪鬼の如く敵を殲滅し続けていたところをベリームーンお嬢に拾われ――。
「ベリームーン、久しぶりだな。すごく……、すごく会いたかった……!」
(すっかり懐いちゃったんだよな~)
マルドル伯爵屋敷の前には異国情緒溢れる宝石や織物の土産が山のように積み上がっているが、それらに負けないくらいキラキラとした瞳をお嬢に向けているのがヴィヌシュ皇子だ。
声は落ち着いているが、銀色の耳と尾がぴょこぴょこと嬉しそうに動いているので分かりやすい。
「私も会いたかったわ、ヴィヌシュ。ビースト国のみんなは元気?」
「あぁ、とても……! ジェドも久しぶりだな。元気だったか?」
「お陰様でね。皇子こそ、遠路はるばる――」
「たいした事はない。ベリームーンが婿を求めていると聞いては、一番乗りしなければと思った次第だ」
俺の言葉をぶった切るくらいには前のめりな皇子だが、生憎彼は一番乗りではない。先程部屋でお嬢のヘアセットをしている時に聞いたところ、この一週間で既に三十人と見合いをし、尽くごめんなさいをしたという話だった。
お嬢は、「だって曖昧な態度は相手に失礼でしょ?」とたいそうあっけらかんとしており、アフターケアに走る伯爵の苦労を想像すると気の毒でならない。
(まぁ、俺はいいヒトと結ばれてくれたら、それでいんだけど)
というわけで、三十一人目の婿候補ヴィヌシュ皇子を屋敷に迎え入れ、さっそくお見合いが始まったのだった。
◆◆◆
伯爵領自慢のローズガーデンで優雅なティータイム……なのに、お茶を淹れるのはおじさん執事の俺。しかも、意外にも美味! なんてことは無い。
「執事姿がなかなか様になっている……が、茶の味は……、うん……」
当然皇子も苦笑い。
「ほらぁ、お嬢! 皇子もそう言ってるじゃないの! さっさとメイド長呼んでくれよぉ!」
「ダメよ。ジェドの練習の機会を減らす訳にはいかないわ」
「皇子様で練習させんなってば」
俺とお嬢のやり取りをクスクスと笑って眺めているのは皇子だけではなく、彼が連れてきた侍女総勢20名。よってクスクスは大音量となっていた。
(俺、辱められている……。くっそー、目のやり場に困る服着やがってー! もっと厚着しなさーい!)
シャラシャラと煌びやかな装飾と部分的に透けている薄布の衣装は、俺の母国的にはアウトです。おじさんからのコメントは以上。
「でも、ジェドはお茶を淹れるのは下手だけど、手先はとても器用なのよ。ヘアセットも毎日してくれるし、アクセサリーだって作れちゃうんだから」
お嬢は俺の事をフォローしているつもりらしく、頭に付いている蝶の形の髪飾りを皇子にアピールしている。
褒められるのは素直に嬉しいが、お嬢が一番喜ぶのは武器や防具の装飾だ。おじさん、ちゃんと分かってんだからね!
「俺、元々細工師として生活してたんで、これくらいは。ってお嬢。俺の話なんていいから、後は若い二人で楽しみなさいよ」
おじさんはドロンします……と口走るのを堪え、俺がガーデンテーブルを離れようとすると――。
「えぇー! 待って! 今からヴィヌシュと組手をやるんだから、ジェドは審判してよ!」
「はぁぁっ?!」
俺の執事服の裾を掴んで離さないお嬢のトンデモ発言。なんのためにお洒落させたと思ってんだよ。
「久々にヴィヌシュと会ったのよ? 私、100勝101敗で負け越してるんだから、ここで勝負しないと!」
「いやいやいや。お見合いだぞ? 皇子もそんなの迷惑だよな?!」
「オレはかまわない。ベリームーンがそう望むのなら」
皇子、快諾!
まぁ懐いてる皇子様だから、そう言うと思ったけども。
「じゃ、本気で行くわよ」
動きやすくするため、長いドレスの裾をビリビリと破り捨てるお嬢。
(ぎゃー! やめてくれー! メイド長がブチ切れる!)
それを見た俺は失神しかけるが、一方ベリームーンと向かい合っている皇子は恥ずかしそうに目を背けているではないか。
侍女たちはスケスケ素材の衣装なのに……。この皇子ってば可愛いんだから、もう。
強気なお嬢には可愛く懐いてくる男子が合うんじゃないか……、俺がそう想像していた時だった。
魔法の炎をまとった幾本もの矢が、俺に向かって飛んで来たのは。