(2)婚活開始!
「よー、お嬢久しぶり」
屋敷の庭で剣の素振りをしていたお嬢を見つけ、俺はひらひらと手を振りながら歩み寄った。
「あら、ジェド。ようやく謹慎が解けたのね」
お嬢は聖剣グラディウスをくるくると回しながら鞘に収めると、爽やかに俺の方を振り返る。まったく、誰のせいで謹慎になったと……。
一週間前、お嬢の花婿募集要項の内容に手を加え(させられ)た俺は、伯爵にめちゃくちゃに怒られた。「ワシより歳上の義息子って気まずいじゃろ?!」と言われると、なんとも反論しがたかったのだが、時代はグローバルなんでと言って宥めまくり、なんとか謹慎一週間で済ませてもらった。
「――で、花婿候補は集まったのかい? メイドたちが最近手紙が多すぎてポストが破裂しそうって話してたのを聞いたけど」
「えぇ。驚いたんだけど、私意外とモテるみたいなの。ふふっ。妬いた?」
ドヤ顔で桃色髪をサラリと掻き上げるお嬢を見て、無自覚人たらしタチ悪ぃ……と頭を抱えずにはいられない。
俺を含め、いったいどれだけの者がお嬢に惹かれて同盟軍に加入したと思っているのだろう。
三年前、圧倒的巨人族優位で始まったジャイガント戦争。
まず最初に侵略を受けた人間の国――セイクリッド王国は、瞬く間に国土の三分の一を失った。セイクリッド王は他国に救援と同盟を呼びかけるも、元々どの国同士も友好関係など皆無であり、弱小国に呼応する国などひとつもなかった。
そんな時、伝説の聖剣を掲げ、立ち上がったのがベリームーンお嬢だった……らしい。当時まだセイクリッド王国にいなかった俺は、この辺の話は後から聞いたのだが、勇者となったお嬢は敵軍から自国の民や他国の亜人たちをどんどん救っていったたそうだ。
そしてお嬢は戦いの中で出会い、志を同じくする者を仲間に引き入れ、仲間の数が増えに増え、いつの間にか軍の規模に……。
「伯爵令嬢の軍に亜人の王女やら皇子やらがいたもんで、俺びっくりしたんだよね~」
かつての戦争を思い出し、俺がうんうんと頷いていると。
「あ、ちょうどもうすぐ来るらしいわよ。ヴィヌシュ」
「え?」
シュッシュッと再び剣の素振りをし始めるお嬢。
「ヴィシュヌって、ヴィヌシュ・カーラー? ビースト帝国の?」
「そうそう。獣爪族の。さっそくお見合いに来るんですって」
シュッシュッ。聖剣グラディウスが空を切る音が美しい。
「……って、素振りしてる場合じゃねぇぇぇッ! お嬢、今すぐ部屋で支度すっぞ!」
「えっ。なんで? 相手はヴィシュヌよ? 私、武闘場を予約して――」
「さすがの皇子も見合いでバトルはねぇってば!」
やはり、連合国軍時代の仲間もベリームーン花婿大募集は見逃せないらしい。
まぁ、当然だろう。
正義感に溢れ、力と優しさで弱気を救い、勇気を持って剣を振るうベリームーン・フォン・マルドルは、その魂の一片までも美しい。
今まで皆が求婚してこなかったのは、高嶺の花すぎて手が出せなかったとか、抜けがけしたら刺されそうだとか、そんな理由に違いない。
(そりゃ、惚れるよなぁ。誰だって)
「綺麗なドレスに着替えような。髪もセットして化粧もしねぇと」
「えー! そんなのいいわよ! まだ素振り二万回しかしてないの! ジェド、力強すぎ! 放しなさいよ!」
「素振りより大国の皇子を優先してくれ。ハイハイ、聖剣振り回さない~」
俺はものすごい婚活になりそうだと波乱の予感を覚えながら、ジタバタと暴れるお嬢をひょいと抱えて屋敷の中へと連行していったのだった。