(11)戦場の記憶
俺はご丁寧に脅迫状に同封されていた転送魔術の粉を使い、シャイン教会にやって来た。
シャイン教会は、セイクリッド王国の辺境にある堅固な要塞教会。
要塞教会ってなんだよと俺も最初は思ったが、シャイン教会にはやたらと殺意と戦闘力の高いバトルシスターたちがおり、騎士団さながらの守備役を果たしているのだ。
なので普通の誘拐犯は、シャイン教会に誘拐した令嬢を連れて行ったりしない。聖職者たちが誘拐犯であることもまぁ100%有り得ないので、お嬢がそこがいいと思ったのだろう。
(なんでここなんだよ。俺、トラウマ引きずってんだけど……)
嫌がらせかなと思いたくなる理由は、シャイン教会は俺が兵士として派遣された場所だったからだ。
上官からは「死んでこい」と指示を受け、敵からは当然だが「死ね!」と殺意を向けられた、そんな場所。
(あぁ、でも――)
「お嬢と始めて会った場所だもんな」
俺がそう呼びかけると、教会の前に立っていたお嬢がくるりと振り返った。桃色の髪が風でさらさらと顔にかかり、お嬢は少しくすぐったそうな表情で微笑んでいる。
「待ちくたびれたわよ! ジェド!」
「伯爵の圧を感じてすぐ来たよ? で、誘拐犯さんは何用ですか?」
「下見よ。教会の」
以前戦場になったとは思えないような荘厳で神々しい空気の漂う教会で、両手を広げ、軽やかにその場でくるくると回るお嬢。楽しそうに笑う彼女を見ていると、俺の胸は自然と躍り出しそうになる。だが今は生々しくて目を逸らしたくなるような痛みが広がっていて、作り笑いすら浮かべることができなかった。
「広さとか、構造とか? 俺に覚えさせて、結婚式の良い感じの演出でも考えろって? 大丈夫だよ。兵士だった頃、散々頭に叩き込まされたから」
「さすがね! 感動的な演出を期待してるわよ」
「執事使いが荒いよなぁ……」
(ヒトの気も知らないで)
認めたくなかったほの暗い感情が永遠と燻っている。
教会を囲む花いっぱいの庭園を見て回るお嬢の少し後ろを歩きながら、俺はかつて血で濡れていた戦場を想い出す。
◆◆◆
ジャイガント王国で最下層の身分だった俺は、軍の特攻隊に配属されていた。これまでひっそりと細工師として暮らしていたのに、有無を言わさぬ徴兵により俺の狭い世界は血生臭いものへと一変した。
自分の何倍以上も大きな兵士たちが、弓で射られ、魔法を浴びせられ、槍で刺されて死んでいく。兵士たちの返り血が雨のように降り注ぎ、俺は何度も逃げ出そうとした。
だが、敵が俺を逃がしてはくれなかった。巨人族の中にたった一人交じっている中肉中背の兵士は格好の的でしかなく、ありったけの殺意が俺に向けられたのだ。
「俺に近づくな!」
戦場でそう叫んだのは、自分可愛さからではなかった。
俺は自分の手で人を殺めたくなかった。
殺される恐怖と殺してしまう恐怖にかられた俺には、力の加減なんてできるわけがなかったのだ。
振り払った敵の兵士は遥か彼方へと吹き飛び、受け止めた刃は途端に砕け散る。異常な硬さと回復力で致命傷を負うこともない。
上官はそんな俺を見て、「ジェラルド! 貴様は素晴らしい殺戮兵器だ!」と手を叩いて喜んだ。
これまで存在を否定され続けた俺がやっと価値を見出された場所が戦場で、殺戮兵器だと? どんな笑い話だよ……と、俺はその時心底死にたくなった。
血みどろの両手を見て、思った。
俺の手は何のためにあるんだと、と。
あぁ、自害するためか。
立ち上がる気力を失くした俺は戦場の端で膝を突き、護身用の短剣を抜いた。
だだの武器では俺は死ねない。だが、この短剣には俺が細工を施している。だからきっと、痛く死ねるくらいのことはできる。
「こんなふうに生まれたくなかったっての」
俺が死を覚悟して短剣の刃を首に当てた時だった。