(10)勇者令嬢の消失
フラヴィオ公爵と再会してから、俺は少しだけお嬢と距離を置くようになった。
もちろん、呼ばれたら今まで通り行く。だが、積極的にお嬢の世話を焼くことをやめ、その辺りはさりげなくメイド長に任せるようにしていた。
そんなことをしていたら、俺は見合いの席に呼ばれなくなったらしい。以前は毎日のように「ジェド! お見合いに行くわよ!」と意気揚々と俺を連行していたというのに、ここ数週間はお声がまったくかかっていないのだ。
俺は、この婚活の終わりが近いのだろうなと思った。きっと大本命が現れて、お見合いの必要がなくなったに違いない。
(知ってる奴かな……。ダークエルフのイケメン召喚士? 竜のマッチョ剣士?)
かつての仲間たちの顔を思い浮かべ、みんなお嬢のことが大好きだったもんなと懐かしい気持ちになる。お嬢は同盟軍全員の共有財産で、抜け駆けアタック禁止だぞと若い奴らが言っていた。
だけど俺はお嬢に雇われて、俺だけがお嬢のそばにいることになって――。
(お嬢は優しいから、俺に同情してくれてたんだよな。そうじゃなきゃ、俺なんて……)
俺は自分の両手に視線を落とす。
綺麗なお嬢に触れることがおこがましいと思えるような武骨な手。俺はそれが三年前までは嫌いだった。
そんな俺の手の中にあるのは、宝石の付いた二つの指輪だ。
一つはお嬢の瞳と同じ色――透き通るような青色の魔術石をはめ込んだシルバーリング。これが俺のお嬢に贈る最高傑作。そして最後の品になるだろう。
そしてもう一つは……、まぁ適当。俺の指のサイズをフリーサイズと定義して作った男性用の指輪だ。別に嫌がらせなんかじゃない。他に参考になる指がなかったし、俺は体型は中の中だと自負しているからきっと大丈夫だ。もちろん、サイズ直しは承るが。
(というわけで、結婚指輪完成……)
セイクリッド王国には結ばれた二人が左手の薬指に指輪をはめる文化があるが、よその国にはない。だからきっと、亜人の花婿が指輪を用意することはないと踏んだ俺は、先回りして新郎新婦のための結婚指輪を作っていたのだ。
(最後にお嬢の役に立てればいいかな~なんて。気に入ってもらえなかったら、軽く死にたくなるけど……)
俺がそんな事を思いながら指輪をキュッキュッと磨いていると――。
「大変だ~! ベリームーンが誘拐された!」
血相を変えて俺の部屋に飛び込んできたのは伯爵だ。
「誘拐ぃっ⁉」
あのつよつよお嬢がそう簡単に誘拐されるわけがない。だって勇者だぞ? 聖剣いっつも持ってるぞ?
まぁ、誰か人質に取られて手出しできなくて……なんてことはあり得るかもしれないが。
そう考え始めていた俺に伯爵が一枚の羊皮紙を見せ、「ほらね」と意味深な目配せをして来た。
なにが「ほらね」だよと、俺は羊皮紙に視線を落とし。
『ベリームーンは預かった。
返してほしくばシャイン教会まで来い。 誘拐犯より』
(めっっっちゃお嬢の字‼)
ちょっとくせのある筆圧の強い文字が並んだ脅迫状を見て、俺はどうコメントすべきか悩んでしまった。そういえば部屋に駆け込んできた伯爵の言動は芝居臭かった気もする。この茶番に乗るべきか、それともつっこみを入れるべきなのか。だって伯爵は雇い主だから気ぃ遣うじゃん。
(えーと、えーと……)
「俺がお嬢を救出してきますね!」
グッと親指を立て、強く頷いた俺。伯爵に見られたら恥ずかしいので、出来立てほやほやの指輪をこっそりとポケットに突っ込む。
(よく分かんねぇけど、迎えに行ってやるよ。だって俺、お嬢の執事だもんな)