(1)亜人の花婿募集します
苦労人系おじさん執事が勇者お嬢に振り回されるお話です。
ハピエン、完結確約ですので、お付き合いいただけると嬉しいです。
「ジェド、悲しいお知らせよ。私、婚活することになったわ!」
王の間の扉が乱暴に開かれ、屋敷中に響き渡る声。
庭で掃き掃除をしていた俺にそう告げたのは、マルドル伯爵家のベリームーン・フォン・マルドル。桃色の長い髪にサファイアのような碧眼を持つ美しいご令嬢だ。
「へぇ! お嬢、やっと結婚する気になったのか。おめでとさん!」
俺が庭から上階に向かって大声で返事をすると、「めでたくない。ジェド、集合!」というムッとした怒りの滲む招集がかけられた。
(うわ、なんか面倒事に巻き込まれそうだな)
嫌な予感をひしひしと感じる俺だったが、中年執事ごときが逆らえるお嬢ではないので、諦めて屋敷へと猛ダッシュである。
◆◆◆
「お嬢。お待た……」
「遅い! のんびりしてたら世界が滅ぶわよ!」
部屋のドアを開けるとお嬢が仁王立ちをして待ち構えていた。聖剣グラディウスを床に突き立てており、その神聖なオーラに俺はビビってしまう。
「わわ……っ。相変わらず勇者脳だよねぇ。お嬢のおかげで世界は平和になったってのにさ」
何を隠そう、ベリームーンお嬢は三年前のジャイガント戦争の大英雄。可憐な見た目からは考えられないが、聖剣を振るい、連合軍を率いて巨人族と魔族から大陸を守った勇者令嬢だった。
そして俺ことジェドは、そんなお嬢にお仕えするおじさん執事。
艶のないこげ茶色の髪に整っていないあご髭、瞳はくすんだ金色と、見た目もまぁ冴えないし、戦争の途中で縁あって雇われたが、非戦闘員なので肩を並べて戦ってはいない。まぁ、復興支援では一緒に駆け回ったが、それもあくまでサポートだ。
そんな特に役に立たないはずの俺を呼び出したお嬢は、一枚の紙を手に取り、不服そうにこちらに向かって突き付けてきた。
「これを見て!」
金で縁取られた高級紙――。そこには長女ベリームーンの婿を募集する旨が記され、端には彼女の父マルドル伯爵の直筆サインが見て取れる。もしかしなくても、お嬢の結婚相手を募集する公文書だ。
「なんだい? 結婚したくないから俺に破って捨てろとでも?」
「違うわよ。結婚は……そろそろしたい。大陸復興も落ち着いたし。私、素敵なお母さんになりたいのよ」
「お嬢、子ども好きだもんな。男の子なら勇者、女の子なら勇者に育てるって言ってたっけ」
どっちでも勇者じゃねぇか、ということは置いておいて。
「結婚願望はある。でも、この花婿募集要項には不満があるの!」
お嬢がそう言うので、俺はふむふむと募集要項を読み上げる。
「『伯爵位を継ぎ、ベリームーンと共に領地を治める意思のある者』、『屈強な猛者であること』、『年齢二十~四十歳まで』……」
特に違和感はない。対象を貴族に限定せず、猛者であることを条件にするのはゴリゴリ熱血騎士将軍だった伯爵の意向が滲み出ているが、お嬢はかねてから「私、タフな人が好き♡」と言っていたので問題ないはずだ。
「じゃあアレだ。自分が爵位継ぎたい的な?」
「そこもかまわないわ。私、裏から操るから」
「ヤダ、この子怖い」
すると俺が正解を出さなかったためか、お嬢はムッとした表情でペンを押し付け、「ジェド、書き換えて!」と命令してきた。
「最終項は『年齢制限無し。ただし亜人に限る!』よ!!」
ドンッと胸を張り、再び仁王立ちするお嬢。
一方、驚いた俺の目はなかなか点の状態から元に戻らない。
「亜人って、お嬢……」
「なによ? 異種族婚を認める法律なら、去年私が大陸会議で通させたはずよ」
「いや、そりゃ俺も隣で見てたけどさ」
お嬢の美しい碧眼は決して揺らがず、強気に引き結ばれた唇からは自分の意思を取り下げる一切気配はない。
(あ~、もうダメだこりゃ……)
執事の俺にどうこうできる段階ではなさそうだと腹を括り、「伯爵にバレた時の言い訳よろしくな」と言いながら、俺はペンを走らせる。
「ふふっ。相変わらず字が綺麗ね、ジェドは」
「器用だけが取り柄なもんで」
やれやれだ。
無邪気にはしゃいでいるお嬢だが、それこそとんでもない亜人から求婚されたらどうするつもりだ。
この大陸には人間の他に亜人と呼ばれる種族多数存在する。
魔法に長けるエルフ族、身体能力の高い獣牙族、大空を自由舞う竜翼族、その他もろもろ……。ジャイガント戦争時の同盟国の亜人だけでも、かなりたくさんの種族がいるはずだ。
邪悪の化身みたいな魔族なら、お嬢の勇者パワーで撃退するからまだいい。だが、齢1万歳のよぼよぼジジイエルフでも来てみろ。追い返すだけでも気ぃ遣うわ。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
『爵位を継ぐ』意思のある『屈強な猛者』の『亜人』。
この条件を満たす花婿さん。
どうかお嬢を幸せにしてやってくれ。