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地上を夢見る人魚姫は、仮面の伯爵様に恩返ししたい  作者: 一ノ谷鈴
エピローグ 広がっていく世界
36/38

36.手を取り合った結果

 そうして入ってきたのは、フォルとアーエル。フォルはもう、あの仮面をつけていない。


「話し声がしたから、目覚めているのだろうと思ったが……どこも問題ないか、ニネミア?」


「はい。もうすっかり元気です。……あんなにたくさん魔法を使ったのは初めてだったので、ちょっと疲れちゃったみたいです」


 穏やかに気遣ってくれるフォルに、明るく答える。


「そうか。少しでも調子が悪くなったら言ってくれ。魔法の使い過ぎだから人間の医者は役に立たないが、天翼族の薬でよければ分けてやれる」


「ありがとうございます!」


 嬉しくなってにっこり笑ったら、フォルも笑い返してくれた。そんなわたしたちを見て微笑んでいたアーエルが、ふと口を挟んでくる。


「ところで、俺たちちょっと話し合ったんだ。君たちにも聞いてもらおうと思うんだけど」


 改まって、何だろう。そう思っていたら、フォルとアーエルがそっと目配せをした。


 そうしてフォルが、ちょっとかしこまった様子で姿勢を正した。


「……我が天翼族と、ニネミアたち人魚族。今まで交流のなかったこの二つの種族をつなぐよう、僕たちが動いてみてもいいのかもしれない」


 突然の話にぽかんとしていると、アーエルが楽しそうに言葉を引き取った。


「そうすれば、何かあった時に互いに助け合うこともできるから」


「今回の件で、つくづくそう思った。天翼族と人魚族との間に親密な関係があったなら、秘密裏に迅速に彼らの力を借りることができたなら、あのトンネル掘りももっと楽なものになっただろう。……君一人に、あそこまで苦労させずに済んだ」


 静かに話すフォルは、ちょっと悔しそうだ。そんな彼にどう声をかけたものかとためらっていたら、またアーエルが話しかけてきた。


「そして俺たちは、君たち人魚族に情報を提供することができる。君がこうして地上で暮らしていることで、地上を気にする人魚族はもっと増えるんじゃないかな。そんな彼ら彼女たちにとって、俺たちが持つ情報は役に立つよ」


 明るく言うアーエルと、どんどん暗くなるフォル。フォルは目を伏せて、ぼそぼそとつぶやいている。


「それに……天翼族と人魚族の間に交流さえあれば、君をすぐに故郷に戻してやれた。君の同胞に、余計な心配をさせずに済んだ」


「あの、でも」


 しおれているフォルを見ていたら、自然と声が出ていた。


「帰れなかったおかげで、今のわたしがあります。人間の世界に詳しくなって、友達もできて、フォルと仲良くなれて。少なくともわたしは、こうなってよかったなって思ってます」


「……ニネミア……」


 まだ悲しそうな目で、フォルはわたしを見てきた。その背中を、アーエルがぽんと叩いている。


「ま、まあそんな訳で、俺たちはちょっと雲の大地に行ってこようと思うんだ」


「二人で行かれるのですか?」


 冷静に尋ねるガートルードに、アーエルがすらすらと答える。


「やることが多いからさ。長に話すだけじゃなくて、天翼族のみんなにも説明しないと。人魚族について、みんなにある程度理解してもらわないとね。……これが人間相手だったら、領主とか王とかの上に立つ人間さえ説得できればどうにでもなるんだけど」


 彼はこちらを見ながらそう言った。人間の社会の仕組みについてはまだそこまで詳しくないわたしのために、ちょっと丁寧に説明してくれているのだろう。


「人魚族がどんな存在で、どうやって暮らしているか。それを天翼族に伝えるには、やはり実際に海の底に行った者が適任だからね。フォルには来てもらわないと」


「あの、だったらわたしが……」


 フォルには領主としての仕事がある。それよりは、メイドのわたしが行ったほうがいいだろう。海の城のことなら、フォルよりもよく知っているし。


 そう思って進み出ようとしたところ、アーエルがきっぱりと首を横に振った。


「うん、そうなんだけど、君には別にやってもらいたいことがあるんだ」


「君はいったん海の城に戻って、このことをオーセアン殿とシーシア殿に伝えて欲しい。君にしかできない仕事だ」


 ばっと顔を上げて、フォルがどことなく早口で言った。どうしたのかな、急に雰囲気が変わったけれど。


 戸惑いながらうなずいていたら、アーエルの苦笑した様なささやきが聞こえてきた。


「……それに俺が君を空の大地まで連れていったら、フォルに恨まれるからさ……」


「そうなんですか?」


 前に、フォルはわたしを雲の大地に連れていこうとしたことがあった。でもあの時はそこまでたどり着けずに、二人一緒に途中の小さな雲で休憩した。


 もしかしたら、フォルはわたしを自分の力で雲の大地に連れていくことにこだわっているのかな。アーエルの口ぶりからは、なんとなくそんなことがうかがわれた。


 けれど当のフォルは、ちょっと難しい顔をして目をそらしていた。聞いたって答えないからな。彼の顔にはそう書かれているような気がした。




 それからみんなで話し合って、細かい段取りをまとめていく。と、きらきらした目でずっとなりゆきを見守っていたヒルダが、突然明るい声を張り上げた。


「はい! 一つ思いつきました!」


 弾かれるように彼女のほうを見る。わくわくしたような笑みを浮かべているし、きっと素敵なことを思いついたんだろうな。


 みんなの視線を受けて、彼女が落ち着いた様子で話し始めた。


「今後、天翼族と人魚族が友好関係を結んだら、ちょくちょく会うようになるかもしれないんですよね?」


「ああ。人間の目につきにくいところ、という制限があるが」


「その場所を、作っちゃいませんか?」


 その言葉に、わたしたちは同時に目を真ん丸にしていた。


 彼女の思いついたことは、こうだった。


 町の外、森の近くの草原。前にわたしがヒルダを助けた時、安全に泳げる場所を探して大回りしているうちにたどり着き、フォルとアーエルに助けられたあの場所。


 あそこは屋敷のすぐ近くで、それでいて町の人がめったに通らない位置にある。そこを屋敷の外庭として囲い、泉を作って近くの川から水を引く。


「そうすれば、人魚族の人たちも気軽に遊びにこられるんじゃないかなって思うんですけど」


「……確かに、わたしの故郷がここで、屋敷がここだから……この川をさかのぼって、この辺りに水路を作ったら……うん、ずっと水の中を通って移動できる」


 フォルが出してくれた周辺の地図を見つつ、あれこれと考える。


「海の城からここまで一日で泳ぎ切るのは難しいけど、わたしたちは丸一日水の中で暮らせるし、野宿……というか、水宿? をすれば大丈夫」


 検討した内容をそんな風に伝えると、ヒルダは顔を輝かせ、さらに続けた。


「それに、その森の向こうには大きな山がそびえていますから、うまくその陰に隠れて飛べば、天翼族の人たちもこっちに来やすいんじゃないかなって。あの山、町のみんなはめったに近づきませんから」


 さらにヒルダが付け加えた言葉に、今度はアーエルが身を乗り出す。


「だったらついでに、その草原の隣の山まで屋敷の庭を広げてしまわないか? そうすれば、俺たちも行き来が楽になる。いちいち月のない夜を狙わなくても、山の陰に降りればいいからね」


 二人の言葉を頭の中で繰り返し、ほうとため息をついた。


「うわあ……このお屋敷に、人魚族と天翼族が集まるようになるのかな? 前にフォルを海の城に連れていった時、みんな天翼族に興味を持ってたから、きっとここに来たがると思います」


「そうですね。私も、人魚族のみなさんの話を聞いてみたいと思います」


 ガートルードも、彼女にしては珍しく少し興奮しているようだった。


 そうやってわきあいあいと話していたら、フォルがふと小声でつぶやいた。


「……だが、この草原に水路と池を作り、周囲に生垣か塀を立てて目隠しをして……かなりの大仕事になるぞ」


 その言葉に、わたしたちは一斉に黙りこくった。ふわふわした夢に、ひんやりとした現実を突きつけられたような気がして。


「場所が場所だけに、僕たちの力を使う訳にもいかないだろうし……人間を雇うのも大変だ。賃金は払うとしても、それだけの人間をこの町に集めるだけでかなり面倒なことになる」


 フォルの言うことには、筋が通っているように思えた。だから何も言えなかった。うつむいたまま、何かいい手はないかと必死に考える。


 ヒルダの思いつき自体は素敵だ。だからあとは、それを現実にする方法だけ。


 でも、ちっとも思いつかない。困り果てていたら、恐る恐るヒルダが言った。


「……そのことなんですけど」


 みんなが無言のまま、彼女に注目する。


「町のみんなに頼んだらいいんじゃないでしょうか。お金は払うから手伝ってくれって。むしろ積極的に手を貸してくれると思います!」


「そうなの? フォルは今まで、町の人たちを避けていたのに……どうして?」


 首をかしげながら尋ねると、ヒルダはこくりとうなずいて、少し改まった口調で言った。


「リトラー様は、自分たちのことを考えてくださるよいお方だ。人嫌いだしちょっと変わったところもあるけれど、自分たちはこの町に暮らせて幸せだ。みんな、そう言ってます」


「なっ……」


 驚きすぎたのか、フォルが絶句している。瑠璃色の目を真ん丸にして、口をわななかせていた。


「前の大水の後だって、この町はいち早く復旧しました。よそには、もっと被害が少なかったのに、まだ水浸しのままの町だってあるんです」


 そしてヒルダは、さらに一生懸命言い立てている。


「それ以外のことだってそうです。めったに姿を見せないし謎に包まれているけれど、でもリトラー様は私たちがきちんと暮らせるよう、いつも気を配ってくださっているんだって」


「……僕は、領主として求められていることを、ただこなしていただけだが」


 ようやく我に返ったのか、フォルがとても複雑な顔で言った。大変不本意だと言わんばかりの表情で。


 それを見ていたら、ふと思い出した。


「……あの、たぶんですけど……それだけのことが、みんなきっと嬉しいんだと思います」


 頭の中に、ウツボのおばさんの言葉がよみがえる。


「わたしをさらった人たちは、天気がめちゃくちゃで畑が駄目になったのに領主様が何もしてくれない、人さらいでもしないと生きていけないってそう言ってました」


 そうして、町の人たちの姿もよみがえった。日々元気に、幸せに生きている人たち。


「だからフォルは、いい領主様なんです。フォルは人間のことを嫌いですけど、みんなはフォルのことを嫌っていません」


 そうして、部屋に沈黙が満ちる。みんな、フォルをじっと見ていた。


「……ああもう、君までそんなことを!」


 この上なくいら立たしそうに、フォルが叫んだ。けれど分かる。彼は怒っていない。これはどっちかというと、照れ隠しに近い。


「少し外の空気を吸ってくる。ヒルダの思いつきについて、検討したいなら止めない」


 そうして、彼はさっさと部屋を出ていってしまった。


「……あいつも、大人になったなあ。『検討したいなら止めない』だって」


「ええ、そうですね……」


 和やかに、しんみりとささやき合うアーエルとガートルードの声だけが、部屋に響いていた。

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