28.異変の真相
「……調査の結果が出た」
わたしとフォルが川の異変を調べに行った三日後、執務室でフォルがそう言った。ものすごい仏頂面で。
「というか、調査したのは俺なんだけどね? 旅人に化けて、土砂の壁の辺りまで向かったんだ。そうして、周囲の村やら町やらで聞き込みをしたんだよ。大変だった……」
フォルの隣では、アーエルがそう言って肩をすくめている。そんな彼に、同席していたヒルダが声をかける。
町の人間の意見も聞こうよ、と言ってアーエルが連れてきたのだ。
「アーエルさんが調査に行ったんですか? 外出しているとは聞いていましたけど……」
彼女は人間だけれど、わたしたちの事情を全部知っている唯一の存在だ。他の人間には聞かせられない話でも、彼女なら問題はない。
とはいえ、やっぱりフォルはものすごく嫌そうな顔をしていた。どうもアーエルは、フォルを人間に慣らすためにヒルダを同席させているような気もする。
そしてヒルダは、アーエルを称賛のまなざしで見ていた。
わたしたちが海の城に行っていた間に、ヒルダとアーエルはとっても親しくなっていたのだった。人懐っこい者同士、当然といえば当然だけれど。
「変装して調査って、普通に調べるより大変ですよね……しかもちゃんと、目的の情報を持って帰って……すごいなあ……」
「はは、嬉しいことを言ってくれるね、ヒルダ。その通り、結構苦労したんだよ。不審に思われないように話を聞かないといけなかったし」
「アーエルさん、ヒルダ。今はご主人様の話の途中ですよ」
あっさりと盛り上がってしまった似た者同士の二人を、ガートルードがやんわりとたしなめている。
二人の活気にちょっと面食らった様子だったフォルが、ほっとした顔でガートルードに会釈する。
「ああ、ありがとうガートルード。それで、あの土砂の壁だが」
フォルが少しだけ声を張り上げて、みんながそちらを注目する。
「……結論から言うと、あの辺りを治めている領主の仕業だった」
「領主……って、フォルみたいに周囲の土地と、そこに住む人を守る役目の人ですよね?」
わたしが問いかけると、フォルはすぐにうなずいてくれた。
「そんな人がどうして、川を埋めたりしたのでしょうか。水が足りなくなった下流の人が困るって、そう考えなかったのでしょうか……」
「前の大雨の時、あの辺りでも大水が出たのだそうだ。それに腹を立てたあの地の領主は、勝手に支流、つまりこちらに向かう流れを埋め立てた。そうすれば川の流れがよりまっすぐになり、川が氾濫しづらくなる……らしい」
「でもそうしたら、本流のほうの水が多くなりますよね。こないだ見にいった時も、ずいぶんと水位が高くて危ないなって思いました」
「そちらについても手を打っているのだそうだ。本流のほうの流れに手を加え、氾濫しないように調節しているらしい」
川を調節。できるのかなあ、そんなこと。
わたしたちは普段海に住んでいるけれど、大雨の後は河口から濁った水が一気にやってくるのを知っている。あの力強い流れを、ちょっとやそっとでどうにかできるとは思わない。
そんなことを話していたら、アーエルが難しい顔で付け加えた。
「ただ川をいじるために、たくさんの人がかり出されたんだ。そのせいで、領民には不満がたまっているね。そしてせき止められた下流側に住む人たちも、水が手に入りにくくなったって困ってる。ちょうど、ここの人たちみたいに」
どうやらその領主という人は、かなり迷惑な人のようだった。けれどなんでそんな人が、みんなを治める立場にいるのかな。
人魚族なら、王がその立場にふさわしくないとみんなが判断したら、話し合いを経て王が交代する。人間には、そういった仕組みはないのだろうか。
などと考え込んでいたら、じっと話を聞いていたヒルダが震える声で言った。
「だったら、干上がった川はどうしようもないんでしょうか……このままだと、町が……」
その言葉に、みんなが口を閉ざして彼女に注目する。彼女はぎゅっと両手を握りしめて、消え入るような声で続けた。
「こないだ、ガートルードさんと一緒に、一度家に戻ったんですけど……」
ヒルダは偶然とはいえ、人魚族と天翼族のことを知ってしまった。そんなこともあって、彼女はずっとこの屋敷に留め置かれている。
うっかり他の人間にわたしたちのことを話してしまわないように、ガートルードが監視しているのだ。
……といっても、ヒルダは信頼できる子なんだって、ガートルードとアーエルはそう判断しているようではあったけれど。もちろん、わたしも。
「このところずっと晴れ続きで、ため池の水も減っちゃってて……畑にやる水が足りなくなってきてるって、町のみんなが困った顔をしてて……」
どうやらわたしとフォルがこの屋敷を発って東の海に向かってから、一度も雨が降っていないらしい。それどころか、毎日雲一つない快晴だ。
「飲み水は、井戸があるからまだ何とかなってますけど……でも気のせいか、井戸の水も減ってるみたいだって、母さんが」
ヒルダは泣きそうだ。それを見たアーエルが、大きくうなずいた。
「じゃ、それについては俺が調べてくる。ニネミアちゃん、ちょっと付き合って」
「え?」
ぽかんとするわたしの腕をつかんで、アーエルがくるりと入り口の扉に向かう。
「おい、ちょっと待てアーエル、話はまだ」
そんな風に叫ぶフォルの声を聞きながら、わたしはそのまま廊下を引っ張られていった。
「……どうしたんですか、突然」
町に向かう坂を下りながら、アーエルに尋ねる。彼はおっとりとした笑顔で、朗らかに答える。
「町の調査はまだだったし、ちょうどいいかなって思ったんだよ。君は水の匂いに敏感だって聞いてたし、君の力を借りたいなあって」
「でもそれなら、フォルの話が終わってからでも……」
いまいち、アーエルが何をしたいのか分からない。困惑していると、彼は声をひそめて続けた。
「今回の件で、またあいつの人間嫌いが悪化しかかってるからな。君のことを屋敷から出したがらなくなるんじゃないかって気がしたんだ。だから、その前に調査」
彼は何を言おうとしているのだろう。さっきから、どんどん分からないことが増えていく。
「あの、屋敷から出したがらないって、どういうことですか?
今度の問いにも、すぐに答えが返ってきた。
「簡単さ。フォルは君を守りたいって、そう考えているからね」
まっすぐな言葉に驚いてしまって、何も言えない。アーエルはちょっぴり楽しそうに、さらに説明してくれた。
「あいつには敵と味方をはっきり分ける癖がある。敵とみなした相手にはとにかく無愛想だが、逆に心を許した相手にはとことん親切だ」
あ、それ何となく分かる気がする。
「ニネミアちゃんは、あいつにとっては味方なんだよ。……逆にヒルダちゃんのことは、まだ警戒してる」
「そ、そうですか……」
フォルがわたしに気を許しているのだと、そう周囲からも見えている。それは嬉しい。
でも同時に、やっぱりフォルはヒルダのことを受け入れていないということを思い知らされてしまった。彼女が人間だから、ただその一点で。
ちょっとしょんぼりしてしまったのを見て取ったのか、アーエルがほんの少し焦った様子で明るく言う。
「それに、フォルのいないところでゆっくり君と話したかったんだ。あいつは町まではまず追いかけてこないから。……いや、ニネミアちゃんを奪い返しにくる可能性も……」
「奪い返し?」
「僕のニネミアを勝手に連れ出すな、とかそんな感じのこと」
物騒な言葉に思わず聞き返したら、とっても照れ臭い言葉が返ってきた。
フォルが不機嫌そうな顔でそう言いながらやってくる姿をうっかり想像してしまい、くすぐったい気分になる。
「……否定できない、か。君、結構フォルのことが好きみたいだね」
アーエルは察しがいい。どうやら分かった上で、わたしが照れるような言葉を的確に投げているらしい。
「……はい」
恥ずかしすぎて顔も耳も熱い。それでも消え入るような声で、そう返事をした。わたしはフォルが好き。そのことだけは、ごまかしたくなかったから。
するとアーエルは、ふっと切なげに笑った。突然様子が変わったことに驚いていると、彼は静かに、柔らかな声で言った。
「……フォルと仲良くなってくれて、ありがとう」
そうして彼は、すっと視線を上げる。雲一つない晴れ渡った空を見上げて、独り言のようにつぶやいている。
「あの嵐の日、俺は君に会うために雲の大地から降りてきたんだ」
あの灰色の空にひらめく赤い風切羽の美しい色を、ふと思い出した。
「ガートルードが、手紙で君のことを教えてくれたんだ。どれだけ俺が驚いたか分かる? あの頃のフォルは、まだ君のことを人間だと思っていた。それなのに君に顔を見せ、名を教えたなんてね」
それ、何となく分かる気がする。あの頃のわたしは伯爵様と仲良くなれたかもと喜ぶのに忙しかったから、気づかなかったけれど。
「ありえないことが起きたって、そう思った。だから下に向かうのにちょうどいい日を、俺はずっと待ってたんだ。そうしてようやく降りてきたら、あの騒動だし」
あの騒動。わたしがヒルダを助けに出て、そんなわたしたちをフォルとアーエルが助けに来てくれた、あの日のこと。フォルの白い翼がとっても綺麗だなって思ったのを、今も覚えている。
「結果としてお互いの正体を明かすことになってしまったけれど、それはそれで良かったのかもね。君が来る前と比べると、フォルはずっとくつろいだ顔をしているよ」
「そうですか? だったら、嬉しいです」
ちょっと浮かれた気分でそう返すと、なぜかアーエルがちょっと暗い顔をした。
「あいつ、色々あって……友人が少ないんだよ。だから、親しい相手が増えたことは俺も嬉しい」
「あの、その理由、教えてもらいました。……フォルがどんな子供時代を過ごしたのかも」
前に雲の上で話した時のことを思い出す。
翼が弱くて、自然と他の子から距離を取っていた子供のフォル。そうして人間嫌いになり、地上に来たというのに人間に心を許せない今のフォル。
たぶんアーエルは、ずっと昔からそんなフォルのことを心配していたんだろうな。
そして彼はわたしの言葉を聞くと、それはもう嬉しそうに、ちょっぴり泣きそうに笑ったのだった。
「そっか。だったらもう、心配することはないな。あいつがそこまで話すなんて……」
「なんだかちょっぴり、大げさじゃないですか?」
「大げさなものか。君は自覚してないようだけど、これは間違いなく一大事なんだ。これでようやく俺も、肩の荷を下ろせそうだよ」
「……肩の荷?」
「そう、肩の荷。あいつはあんなだから、つがいを探せるかどうかずっと心配でさ……天翼族とも、人間とも距離を置いてたし」
つがい。たぶんそれは、天翼族における夫婦のことだろう。
……あれ。ここで、そういう話が出てくるってことは……。
「あ、ニネミアちゃんが真っ赤になった」
「アーエルさん、この話はここまでです! というか、何の話がしたかったんですか!?」
「今話したこと」
あっさりとそう言って、アーエルがへにゃりと笑う。
川の水とかひでりとか、あれこれ大変になっているとは思えないほど、のどかな空気がわたしたちの間には流れてしまっていた。




