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地上を夢見る人魚姫は、仮面の伯爵様に恩返ししたい  作者: 一ノ谷鈴
第3章 人魚族と、人間と、そして
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14.救われたその後

 泳いで逃げようとしていたわたしに、倒れかかる太い木の枝。


 もう駄目だ。ヒルダをぎゅっと抱きしめて背中を丸め、身構える。


 その時、びっくりするくらいに強い風が吹き抜けた。目を開けていられなくてうつむいたら、ぐいと腕が引かれた。


 次の瞬間、体が一気に持ち上げられる感覚があった。そして気がつくと、わたしは何もない空中にいた。


 少し離れたところには、ヒルダがいた。呆然とした顔の彼女を抱きかかえているのは、なんと赤い風切羽の翼の人だった。


 そしてわたしは、フォルに抱えられていた。


 フォルの背には、大きな翼が生えていた。青空のような色の風切羽がとても綺麗な、真っ白な翼。


 その翼は、暗い雲に閉ざされたこの夜の闇の中でも、きらきらと輝いているように見えた。


「戻るぞ。つかまっていろ」


 フォルはどことなく不機嫌そうにそう言って、空高く舞い上がっていった。




 それから少し後、わたしとヒルダはフォルの屋敷の隠し部屋にいた。


 フォルともう一人の人物はわたしたちを抱えたまま、お屋敷の真上に向かって飛んだのだ。そうして屋根にある煙突のような穴を下り、この部屋にやってきた。


 そこにはガートルードが待っていて、わたしたちにタオルを差し出してくれた。まだちょっとぼんやりしているヒルダを拭いてあげながら、そっと尋ねてみる。


「ねえヒルダ、どうしてあなたはあんなところにいたの? みんなちゃんと避難してたのに」


 北区画を泳いでいる間、彼女以外の人間は見かけなかった。どうして彼女だけが、あんなところにいたのか。


 ヒルダは暗い顔をしていたけれど、やがてぽつりぽつりと話し始めた。


「……酒場から家に戻ろうとしてたら、いきなり水が押し寄せて……とっさに近くの木箱の上に逃げ込んだら、動けなくなっちゃった……怖くて……」


 彼女はハーブティーのカップを手にし、そこから立ちのぼる湯気を見ている。


「……私の父さんは、嵐の夜にいなくなったの。大雨の日に畑の様子を見にいって、そのまま大水にのまれちゃった……暗い水を見てると、そのことを思い出しちゃって……」


 泣き出しそうになっているヒルダの背中をさすって、落ち着くのを待つ。その間に、もう一つ気になっていることを片付けることにした。


 壁際でわたしたちの様子を見ていたフォルに、どきどきしながら呼びかける。


「あ、あの!」


「……なんだ」


 フォルは仮面をしていない。というか、着ているのもいつもの服ではなく、もっとゆったりとした……寝間着?


 彼の隣にいた赤い風切羽の男性――赤茶の髪に琥珀色の目の、フォルと同世代のおっとりとした雰囲気の男性だ――が、興味深そうに目を見張ってわたしとフォルを交互に見ていた。


 二人の背には、もう翼は生えていなかった。わたしの尾みたいに、姿を変えられるということなのかな。


「先ほどはありがとうございました。本当に助かりました。でも、どうしてあの場に来てくれたんですか?」


「ガートルードのおかげだ」


 その言葉に、わたしたちの近くに控えていたガートルードがゆったりと会釈した。


「彼女は君の面倒を見ているうちに、君が人間ではないとうっすら気づいていたらしい。おそらくは水、たぶん海に縁のある種族なのだろうと」


 わたしが変わった子扱いされていると、わたしに教えてくれたのもガートルードだ。もしかして彼女は、あの時にはもう気づいていたのかな。


「だが確信もないから、彼女はそのことを黙っていた。今日までは」


 そこでフォルは言葉を切り、ガートルードに視線をやる。今度は彼女が口を開いた。


「ニネミア、あなたは優しくて、そして少しばかり……向こう見ずです。もしあなたが水に縁のある種族であれば、きっと人間を助けにいってしまうだろうと思いました」


 褒めてもらえたのはいいとして、向こう見ず……否定できないかも。さすがガートルード、よく見ているなあ。


「気になってあなたの部屋を訪ねたら、夜だというのに不在でした。万が一のことがあるかもしれないと、ご主人様のところに打ち明けにいったのです」


 そうしてフォルが困ったような、ほっとしたような顔でしめくくる。


「だから、私たちで探しにいった。君の髪がきらめいていて、見つけるのは思いのほか難しくはなかった。……その、水から引き揚げた時は……少し驚いたが。間に合ってよかった」


 どうやらわたしは、みんなに心配をかけてしまったらしい。本当に申し訳なくて、そして感謝の気持ちでいっぱいだ。


 さらに、わたしは人魚族としての姿をもう見られてしまっている。だったら、これ以上隠しておくのは誠実じゃない。


「あの、わたし、実は……」


 だから、話すことにした。自分が人魚族であるということ、そしてここに来るまでのいきさつを、全て。


 一人だけ知らない人が混ざってはいるけれど、彼もわたしたちを助けてくれた恩人だ。それにたぶん、フォルの友人か何かみたいだし。


 だから彼のことも気にせずに、そのまま話していった。


 みんな、興味深そうに目を見張ってわたしの話に耳を傾けている。こんなに注目されると緊張するけれど、頑張って話し続けた。


 そうして一通り語り終えて、息を吐く。と、フォルが頭を抱えた。


「親子喧嘩の果てに家出して、そうしたら人さらいに捕まった……か。全く、何をどうやったらそんなことになるんだ。君は相変わらず、分からないことだらけだ」


「えっと、わたしたち人魚族は、人間とは交流を持たないので……人間の世界についてはほとんど知らなくて。そのせいで、警戒することを知らなくって……」


 しどろもどろになりながら説明すると、彼は頭を抱えたままくしゃくしゃと髪をかき乱し始めた。困惑しているらしい。


「よくそれで、地上にやってこようと思ったな。しかも君のようなか弱い女性が、単身で」


「あの時は、なんとかなるだろうって思ったんです……今なら分かります。どれだけ自分が無謀なことをしていたのかって」


 初めて人間の町にやってきた時のわたしは、それはもう無知だった。人間の細かい決まり事も、人間という生き物の気性も、何にも知らないでふらふらしていた。


 正直、さらわれるだけで済んでよかったかも。もっととんでもないことになっている可能性だってあったのだし。


 自分のしでかしたことを改めて実感して落ち込んでいると、ガートルードが声をかけてきた。


「ですがあなたは随分と成長しました。危なっかしくて浮世離れしていたあなたが、メイドとしての仕事を覚えて、町の人々と交流を持てるまでになった。私は嬉しいです」


「ありがとうございます、ガートルードさん。わたしが成長できたのはあなたのおかげです」


 ちょっとじんときてしまい、うるんだ声で返事をする。と、すぐ近くで声がした。


「人魚族……ニネミアが、人魚……」


 それはヒルダの声だった。さっきまで頼りなげに震えていた彼女は、いつの間にかうつむいてつぶやいていた。表情は見えないし、声もとても静かだ。


 正体を内緒にしていたことを怒っているのかな。それとも、気味悪がられてしまったのかな。


「あのね、黙っていてごめんなさ」


「すっごい!!」


 謝りかけたわたしの言葉を、ヒルダの叫び声がかき消す。フォルとガートルード、それに赤い風切羽の男性が、一斉に目を丸くした。


「さっきのニネミア、かっこよかった! それに、とっても綺麗で! うわあ、私、人魚とお友達になってたんだ……」


 ヒルダはひとしきり喜んで、それからうっとりと宙を見つめている。何だろう、この反応。予想してたのと違う。


「あの……怒らないの? わたし、正体を隠してたのに……」


「怒る訳ないよ! だって、正体がばれちゃったら大変だもんね! ……ああ、人魚かあ……私、子供の頃から憧れてたんだ。人魚とか、天使とか……」


 興奮冷めやらぬといった顔で、ヒルダがフォルとその隣の男性を見る。


「そういえば、そちらの二人もさっきまで翼が……」


「人ならぬものに憧れ、か。人間は、相変わらず自分勝手だな」


 今度はフォルが、ヒルダの言葉を遮った。ぴりぴりとした、鋭い声で。


 急に様子が変わったフォルに、ヒルダがきょとんとしている。ガートルードは悲しげに目を伏せていて、赤い風切羽の男性はゆったりと苦笑していた。


「私たちは天翼族。背の翼で空を舞い、遥か空の上に暮らす種族」


 フォルの声が、隠し部屋に朗々と響く。


「お前たち人間の描く、天使とやらによく似ているな」


 そう言ってフォルは、ヒルダに目を向ける。ヒルダがかすかに身震いした。それくらいに、フォルの目は冷ややかだった。


「だがお前たちは、私たちを捕らえ、売り飛ばす。そういった哀れな同胞を人の手から救い出すため、私はここにいる。天使が聞いてあきれるな。ひどい扱いだ」


 フォルが何のことについて話しているのかはよく分からない。でも、彼が怒っていることだけはひしひしと伝わってきた。


「私は人間が嫌いだ。他の生き物を見下し、傷つけ、あげくの果てには同族をも虐げる、そんな愚かな人間たちが」


 彼は人間嫌いなのだと、前から聞かされていた。その理由を、初めて知ることができた気がする。彼はこんな思いを、ずっと秘めていたのか。


「しかし、その場の流れとは言え人間を救ってしまった。私はただ、ニネミアを救いたかっただけなのに」


 苦々しい声で、フォルは吐き捨てる。


「人間など、放っておけばよかった」


 ヒルダが、おびえたように後ずさりする。その姿を見ていたら、胸の中にもやもやしたものがわき起こってきた。


 人間は、人魚族とは違う。人さらいなんて、人魚族にはいない。それに人間の中には、よからぬ性根の者もいるのだと、今のわたしは知っている。


 そういう人を嫌いになったり、避けたりするのは分かる。わたしだってそうする。


 でも、ヒルダはごく普通の女の子だ。父親を亡くして一生懸命に働いている、みんなと仲良くなろうと頑張っている、素敵な女の子だ。


 そのことを知ろうともせずに、ただ人間だからという理由で、フォルはヒルダに冷たく当たっている。これって、ちょっとおかしい気がする。


 そう思ったら、止まれなかった。フォルを見すえて、口を開く。


「なんてこと、言うんですか!!」


 その場の全員が、口を閉ざしてわたしを見た。

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