表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/38

12.人間の町、新たな側面

「えーっと、こっちで合ってると思うんだけど……」


 また別の休みの日、わたしは一枚の紙を手に持って、町をさまよっていた。


 いつものメイド服ではなく、ガートルードが調達してくれた可愛いワンピースを着て、ヒルダがくれたリボンを結んで。


 事の始まりは、昨日のことだった。野菜を届けに屋敷にやってきたヒルダが、この紙をくれたのだ。あとで見てね、と楽しげに笑いながら。


 彼女が帰ってから紙を見てみたら、そこには町の地図のようなものが描かれていた。


 端のほうに矢印が書き込まれていて、ちょっとたどたどしい字で『そのうち、ここに遊びにきてね。夕方に、ご飯を食べずに』とも書かれていた。


 なんだろう、これ。でもきっとヒルダには、考えがあるんだろうな。


 そんな訳で今日、さっそく遊びにいくことにしたのだ。ひとまず夕方までは屋敷の中で時間をつぶし、日が傾き始めた頃に町へ向かう。髪を隠すスカーフはなしで。


 あれから何回かヒルダに会ったけれど、彼女はそのたびに「髪、隠さなくていいよ。綺麗なんだから。それにこの町は平和だし」と主張していたのだ。


 なので、お使いの時に一度スカーフなしで町に出てみたのだ。何かあったらすぐにかぶれるよう、ちゃんとスカーフを手にして。


 そうしたら、大丈夫だった。ちらちらと視線は感じるのだけれど、それは前からだし。そしてそのままヒルダのところに顔を出したら、大喜びされてしまった。


 わたしの髪は、人間の世界ではちょっと珍しい。屋敷や町で色んな人を見ているうちに、ようやく実感できた。ヒルダが綺麗だとはしゃぐ理由も。


 でも、驚くほど変わった色ということでもなさそうだった。ヒルダによれば、たまにこういう色の髪の人もいるらしい。


 それにメイドや使用人のみんなだって、わたしの髪に視線を向けていたのは最初のうちだけだった。折を見て話して親しくなっていっていくうちに、もう誰も髪のことを気にしなくなっていた。


 ……とはいえ、みんながわたしのことを不思議な子扱いするのは変わらなかったけれど。


 以前はちょっと敬遠して『不思議な子』と呼んでいたものが、今はそこそこの親しみを込めて『不思議な子』になってしまったみたい。


 そういえばフォルも、わたしと話しているとよく考え込んでいる。『分からない』って言葉を、彼の口から何度聞いただろう。


 やっぱり、まだきちんと人間のふりができていないのかな。もっと頑張らないと。もっと、周囲の人間をよーく見て……。


 そんなことを考えながら、町に繰り出した。……のはいいのだけれど、前にお使いにきた時よりも視線を感じる。でも、敵意は感じない……ような気もする。


 親切な人だなって思ってついていって、あっさりとさらわれてしまった、わたしにはそんな間の抜けた過去があるので、この視線が安全なものなのだとは言い切れないけれど。


 そもそも人魚族は、周囲を警戒するのが苦手だ。海の中でわたしたちを襲おうとするのは、サメとシャチくらいのものだし。


 サメなら水や氷の魔法で対抗できるし、シャチはわたしたちの住む辺りにはめったに出ない。


 そんなこともあって、人魚族はだいたいみんなのんびりしている。海の城で暮らしていた頃は気づかなかったけれど、こうして陸の上で人間たちに交ざって暮らしていると、そのことがよく分かる。


 とにかく、近づいてくる人には注意しなくちゃ。こんな時間に出歩くのは初めてだし、またさらわれたら大変だ。


 もうこれ以上、よそには行きたくない。フォルたちのそばを離れたくない。わたしがこの町を出るのは、故郷に帰る旅に出る時なんだから。


 そうしてこっそりきょろきょろしながら、地図を頼りに歩いていく。そうして橋の前で、ぴたりと足を止めてつぶやいた。


「……目的地……この先で合ってる……よね?」


 地図の印が示しているのは、ヒルダが働いている青果店があるのとはまるで逆の方向だ。お使いでも、休みの日の買い物でも、足を踏み入れたことのない区画。


 一度だけ近づいてみたことがあるけれど、通りに面した店はみんな閉まっていた。不思議な場所だなって、そう思ったものだ。


 そして、ヒルダがわたしを呼ぼうとしているのは、その通りに面した建物らしい。何があるのかな。


「この角を曲がって、まっすぐ行けば……」


 そんなことをつぶやきながら角を曲がって、驚きに立ち尽くす。


 前に見た時は静まり返っていた通りが、今はきらきらとした光に満ちていた。夕暮れの町に、たくさんの人たちが出歩いている。


 全ての店が開いていて、たくさんの明かりが灯っている。それに、料理のおいしそうな匂いが漂っている。行きかう人たちは、とっても楽しそうだ。


 とってもにぎやかで、とっても温かい風景。海の中の人魚族のお祭りに似ているけれど、もっと熱気が強い。


「これってもしかして、人間のお祭り……?」


 ぽかんとしながら、目的の場所まで向かう。ふわんと鼻をくすぐる香りに、お腹が鳴った。


「あ、いらっしゃいニネミア!」


 髪をなびかせて歩くわたしを、明るい声が呼び止める。そちらを向くと、小ぶりのお盆を手にしたヒルダが立っていた。お店の入り口で手招きしている。


「えっと、もらった地図の目的地って、ここでいいの? それと、今日ってお祭り?」


「目的地はここで合ってるよ! そしてお祭りじゃなくて、普通の日。にぎやかだから、そう思う気持ちも分かる。わたしも初めて夜のこの通りを見た時、そう思ったから」


 ヒルダの明るい笑顔が、通りに向けられた。目を細めて、ちょっぴり懐かしそうな顔をしている。


 しかし次の瞬間、彼女はまたぱっと顔を輝かせた。


「それより、まあ寄っていってよ」


 そうして彼女は、わたしと腕を組んだ。そのまま、店の中に連れていかれる。


 そこにはたくさんのテーブルがあって、客が料理を食べていた。お酒を飲んでいる人たちもいる。


 通りを歩いている時に感じた熱気は少し薄れているけれど、ゆっくりとくつろげそうな店だった。


 その時ようやく思い出した。ヒルダは夜になると酒場で働いていると言っていたけれど、たぶんここがそのお店なのだろう。


 そんなことを考えていたその時、わたしの目の前にことんと料理の皿が置かれた。大好きなベーコンエッグ。ほうれん草もついていておいしそう。


 思わず皿をじっと見てしまったわたしに、ヒルダが朗らかに言う。


「これ、お店のおごりね!」


「いいの?」


「いいのいいの。店長にあなたのこと話したら、一度連れてこいって言われたんだ。すごく可愛い子なんだよって何度も言ったからかも」


「こらヒルダ、僕が君の友達におごるのは初めてではありませんよね」


 すかさず口を挟んだのは、カウンターの中にいる壮年の男性。声がとってもつややかで素敵だ。彼が店長かな。


「この時間でしたら、僕一人でも店を回せますから。君はしばらく、友達をもてなしてあげてください」


 ふんわりとそう言った店長が、今度はわたしに向き直る。


「そしてそちらの君が、ニネミアさんですね? どうぞ、ヒルダと仲良くしてやってください。彼女は寂しがりですから」


「わあい、ありがと店長!」


 飛び跳ねながらそう言って、ヒルダがわたしの隣の席に座る。


「ヒルダのところの店長さん、いい人ね」


「そうなの。ちょっとお人好しで……商売には向いてないんじゃないかって思うくらいに」


 ひそひそと話していたら、店長の声が割って入った。


「聞こえていますよ、ヒルダ」


「褒めてるの! それでねニネミア、店長の料理は飛び切りおいしいんだ。あなたもきっと気に入るよ。ほら、冷める前に食べて」


 うながされるまま、フォークを手に取る。そうして、目を見張った。


「おいしい……」


 わたしがいつも食べているのは、ガートルードの手料理だ。彼女の料理は素朴で、とっても優しい味がする。


 でも目の前の料理は、もっとがつんとくる。見た目より味が複雑で、奥深い。塩と、あと何かのスパイスが効いている。


「でしょう?」


 ヒルダはとても得意げだ。そんな彼女にうなずいて、わき目も振らずに食べ続ける。皿はあっという間に空になってしまった。


「あっはは、見事な食べっぷり! 店長、次の皿お願い! 今度は私のおごりで!」


「え、ちゃんと払うわ。わたし、お金持ってきたし」


 ヒルダに誘われて、夕方に町に遊びにいくのだと、今朝ガートルードに話した。


 そうしたら「でしたらある程度お金を持っていったほうがいいでしょうね」と助言してもらった。たぶん彼女は、こうなることを見越していたのだと思う。


 ヒルダは父親を亡くして、昼も夜も働いている。そんな彼女におごってもらうなんてとんでもない。


 ……もっともわたしも、フォルがわたしを買い取った分のお金を返して、それから故郷を探しにいくための旅費を貯めなくてはいけないから、無駄遣いは避けないといけないのだけれど。


 でも、今の料理はおいしかったし、他のも食べてみたい。だからこれは、無駄遣いではない。


 ヒルダと話し合って、半分はヒルダのおごり、半分はわたしが払うということで決着がついた。


「よし、じゃあ一緒に食べよう!」


 そうして、わたしたちの和やかな夕食が始まった。




「ああ、楽しかった……」


 屋敷の自室に戻ってきて、うっとりとため息をつく。さっきのできごとを思い出しながら。


 帰りが遅くなってはいけないので、あの店にいたのはせいぜい一時間くらい。


 でも、その間に色んなことがあった。おいしい料理を食べて、ヒルダと話して。


 辺りに満ちていたのは、ちらちらと揺れる小さな炎の暖かな色。そのおかげか、みんなわたしの髪の色を気にしていなかった。わたしが人魚族だって、気づいていなかった。


 楽しくお喋りするわたしとヒルダに、みんな優しい目を向けてくれていた。あのお店は初めてだけれど、昔からの知り合いに囲まれているような気分になった。


 次第にお喋りの輪が広がっていって、気づけばその場のみんな、店長まで含んだみんなで楽しく話して。


 そのせいか、わたしもちょっぴり羽目を外してしまっていた。あの後、ちょっとだけお酒も飲んでしまったし。


 おいしかったけど、一口でくらくらした。目を回していたら、ヒルダも店長も楽しげに笑っていた。わたしを心配してくれたのか、他の客がジュースをおごってくれた。


 楽しかった。人間って、やっぱり面白い。人さらいなんかもいるけれど、ヒルダや町の人たち、それにフォルやガートルードみたいな、本当に親切な人たちがたくさんいる。


 ああ、人魚族と人間たちが交流を持てたらなあ。この屋敷に来てから何度も思ったそんな言葉を、また噛みしめる。


 海の城に戻ったら、お父様とお母様を説得しよう。今まで人魚族は、地上とはできるだけ関わらないようにしてきた。その方針を変えられないか、努力してみよう。


 まだちょっとどきどきしている胸を押さえて、ゆっくりと大きくうなずいた。




 しばらく余韻に浸って、それから寝る準備をする。ガートルードが念のためにと用意してくれていた夕食は、夜食としておいしくいただいた。


 さて寝ようかなと思った時、さあさあという雨の音が聞こえてきた。


 この辺りでは、あまり雨が降らない。たまにぱらぱらと降るくらいで、まとまった雨は初めてかも。


 けれど窓の外の雨は、どんどん勢いを増していく。風も強くなってきた。


「……こんなに降って、大丈夫かな……」


 雨が多すぎると、川が姿を変え荒れ狂う。あふれた水は何もかもを飲み込み、押し流す。そのことは、海に住むわたしたちも知っていた。


 海であれば、濁流が流れ込んだところで大した影響はない。少々、水が濁るくらいで。


 でもここは地上だ。水路から水があふれたら、きっと大変なことになってしまう。町も畑も、みんな水浸しだ。人間はわたしたちと違って、水の中では自由に動けない。


 何となく心配になってしまって、窓辺の椅子に座って外を見る。もうとっくに寝る時間になっていたけれど、落ち着かなくて眠れそうになかった。


 でも、いい加減に寝ないと明日に響く。立ち上がろうとしたまさにその瞬間、窓の外に何かがちらりと見えた。


「ええっ!?」


 驚きのあまり、勢い良く立ち上がって叫んでしまう。それくらいに、今見えたものは奇妙だった。


 灰色の空と叩きつけるような激しい雨の中、それは飛んでいた。大きな翼を生やした、人間のような形をした何か。


 顔は見えなかった。年齢も、性別すらもよく分からない。


 ただその明るい灰色の翼の中で、風切り羽の赤色が一筋、とても鮮やかにひらめいていた。そのことが、やけに印象に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ