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地上を夢見る人魚姫は、仮面の伯爵様に恩返ししたい  作者: 一ノ谷鈴
第1章 夢見る人魚姫は地上へ向かう
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1.ついに、憧れの地上へ

「お父様の、わからずや!!」


 そう叫んで、お父様の部屋を飛び出す。尾をしなやかに動かして、廊下を泳いでいく。薄いワンピースと長い髪を、水の流れになびかせて。


 後ろからは、待つのだニネミア、というお父様の声が聞こえる。でも無視だ。わたしの話を少しも聞いてくれないお父様なんて、もう知らない。


 廊下を全速力で泳ぎながら、ぽつりとつぶやいた。


「……地上を見たいって言ったからって、あんなに怒らなくてもいいじゃない……」


 わたしたちは、海の中で暮らす人魚族だ。地上にいるという人間たちと、上半身だけ同じ。下半身は、大きな魚とそっくりの尾だ。


 人間は、恐ろしい生き物だ。わたしたち人魚族が彼らに捕まったら、もう二度と海には戻れない。だから、地上に行ってはいけない。人里の近くの岸辺に近づいてもならない。


 それが、人魚族の決まり事だった。ずっとずっと昔から、そういうことになっている。


 でも、人間がどんなものなのか、地上の暮らしがどんなものなのか、わたしはずっと気になって仕方がなかった。駄目だといくら言われても、この思いを捨てられなかった。


 自室に飛び込んで扉を閉め、ふうと息を吐く。


 サンゴと貝殻で飾られた岩の壁、流れに乗って漂う夜光虫。天窓からは、優しい日の光が筋になって差し込んでくる。子供の頃からなじんでいる、大好きな風景。


 でもその美しい部屋も、わたしの胸の中に渦巻く悲しい気持ちを癒してはくれなかった。


「……お父様には、分かって欲しかったのに……」


 しょんぼりとうつむいた拍子に、桜貝色のうろこに覆われた自分の尾が目に入った。深呼吸しながら、尾に意識を集中する。


 きらきらと輝くうろこがすっと吸い込まれるように消え、上半身と同じ柔らかな肌があらわになる。それと同時に、尾が二つに分かれた。


 人魚族は、水の中に生きる種族。でもどういう訳か、こんな風に姿を変えられるのだ。書物や言い伝えによれば、この姿は人間そっくりなのだとか。


「わたしたちはこんな風に、人間と同じ姿になることができる。だったら、人間のふりだってできるはずだもの」


 部屋の中でぷかりと浮かび、足をばたばたと動かしてみる。しなやかに水をとらえる尾と違って、どうにも動きにくい。体が変な方向に流れていって、窓にぶつかった。


 人魚族は、いつも海の中にいる訳ではない。食料調達やなんかで、こっそり無人島に上がることもある。その時は、この姿で歩く。


 わたしも無人島に行く人たちについていって、自主的に歩く練習をしてきた。だからもう転ぶこともないし、走ることだってできる。


「この姿でなら、きっと大丈夫なのに……人間に近づかずに、遠くからちょっと見るくらいなら……」


 薄く切った水晶をつなぎ合わせた窓が、きらきらと輝いている。その輝きを見つめながら、小声でそっとつぶやいた。


 お父様は、人魚族を取りまとめる王だ。だからわたしはいずれ、お父様の跡を継いで女王になる。


 そして人間たちについて語り継ぎ、人魚族みんなに警告することは、わたしたち王族の使命の一つだ。


「でも、人間が危ないんだって警告するためには、何がどう危ないのか、もっと詳しく知る必要があると思うの。わたしは王の娘なんだから、これはわたしがなすべきことよね」


 一生懸命にまとめあげたこの思いを、お父様に伝えようとした。


 けれどお父様は全部聞く前に怒りだしてしまって、そのまま親子喧嘩になってしまったのだ。


 お父様がわたしのことを心配してくれているのは分かる。でもわたしだってもう十七歳。もうお父様の跡を継いでもおかしくない年だ。


「ちょっと行って、すぐに戻る。これならきっと大丈夫よね」


 自分を奮い立たせるように小声でそう言って、足を尾に戻す。そのままするりと、窓から城の外に出ていった。


 この城は、ずっと昔に人魚族が作り上げたものだ。人間の住む陸から離れた海底、そこの大岩を水の魔法で掘り上げて、ありったけのサンゴや貝殻なんかで綺麗に飾り立てて。


 わたしはここで生まれ育ったから、この城のことなら岩の一つ、サンゴのひとかけらまで把握している。


 だから、人目につかないところを泳いで城の裏手に回るのも、とっても簡単なことなのだ。


 くすりと笑って、外壁沿いに泳いでいく。目指すは城の裏手の、誰もやってこない一角。そこに、とっておきのものが隠してあるのだ。


 さっきまでの暗い気分が、上向きになっていくのを感じる。楽しいことに向かっていく高揚感と、ほんのちょっぴりの後ろめたさ。


 あっという間に目的地にたどり着いて、岩の下のくぼみに手を入れる。


 そこに隠してあったのは、人間の服と靴。いつか地上に向かう時のために、くすねて……じゃなくて、用意しておいたのだ。


 わたしたち人魚族は人間たちとは交流がないけれど、たまに船が沈没したりして、人間の道具なんかが手に入ることがある。


 人間の文化を知ることができるそれらの品は、城の宝物庫に保管されている。


 学者以外は立ち入り禁止のそこに、わたしは小さな頃から時々こっそりと忍び込んでいたのだ。どうしても、地上の品々を見てみたくて。


 さあ、行こう。お父様が許してくれないのなら、勝手に向かえばいいんだ。ちょっとだけ人間の世界をのぞいて、すぐに戻ってくればいい。


 包みをしっかりと抱え、まっすぐに泳ぎ出した。人の町があるという、海岸のほうに向かって。




 ただひたすらに、全速力で泳ぐ。今のところ、誰かが追いかけてくる気配はない。そのまま泳ぎ続け、時々海面から顔を出して上の様子をうかがう。


 どちらを見ても、一面の海。そんな光景がしばらく続いて、ちょっと休もうかなと思ったその時。


 行く手に、何か見えた。海の波でもなく、浅瀬の岩とも違うもの。


「陸……の上に、何かある……四角い……あ、もしかしてあれが人間の建物かな?」


 海の青、陸の砂色と緑色。見覚えのある色の中に、見慣れない色がある。


 まばゆい白、鮮やかな赤。そんな色が散りばめられた小さな箱のようなものが、ずらりと陸に並んでいる。その近くの海には、小さな何かがいくつも浮かんでいた。


 あの箱は、人間の建物。そして人間の建物がたくさんある場所は、町と呼ばれる。その近くに浮いているのは、たぶん船だ。


 地上に近づくのは禁じられていたけれど、学者たちはそれなりに人間の世界のことを知っている。こっそり彼らとお喋りして、わたしも人間の世界について知ったのだ。


 まっすぐに町に近づきたいのを我慢して、少し横にそれる。船に見つからないように深くもぐって、町の近くにある岩場を目指した。


 そろそろと、注意深く海面に顔を出す。よかった、近くには誰もいない。それでも注意しながら、近くの岩陰に身を隠す。


 岩に腰かけて、尻尾を足へと変える。包みを開いて、持ってきた服と靴を身に着ける。今着ている薄手のワンピースをすっぽりと隠せる服と、足首まである革のブーツ。


 そうしたら、濡れた服と髪を水の魔法で乾かして。浅瀬の海によく似た水色と青緑の髪が、着慣れない肌触りの服の上にふわりと垂れかかる。


「これで、よし……」


 高鳴る胸を押さえながら、今度は岩陰からそっと顔を出した。さっきよりもずっと近くに、町が広がっていた。ちらほら人影も見える。


「わあ、人間だ……」


 自然と、前に進み出ていた。そのとたん足がもつれて、転びそうになる。


「……このブーツ、ちょっと大きかった……気をつけなくちゃ。町の中で転んだら、きっと目立っちゃう」


 深呼吸して、浮き立っていた気持ちを落ち着かせる。そうして改めて、町へと向かっていった。




 生まれて初めて見る人間は、わたしたち人魚族ととってもよく似ていた。足と尾との違いを除けば、同じ生き物だといってもおかしくないくらいに。


 正直、最初はちょっと緊張していた。人魚族だってばれたらどうしよう、人間が本当に怖い生き物だったらどうしようって、今さらそんなことが気になってしまったのだ。


 でも、人間たちは特に騒ぐこともなく、すれ違いざま視線を投げかけてくるだけだった。その表情にはかすかな驚きのようなものがのぞいているけれど、特に何をしてくる訳でもなかった。


 わたし、人間のふりがちゃんとできてる。それに人間は、別に怖くない。


 やがて、緊張がほぐれてくる。そうなると今度は、一気に嬉しくなってしまった。足取りも軽く、町の中を歩き回る。


 海の城とはまるで違う、木や赤い石を使った人間の建物。壁はやけにまっすぐで、斜めの屋根がついている。


 大きな石がはめ込まれた道には、たくさんの人が歩いている。こんなにたくさん、どこから集まってきたんだろう。にぎやかだなあ。ふふ、楽しい。うきうきする。


 自然と笑顔になりながら、あっちこっちを見て回る。


 道の両側の建物では、たくさんの品物が並べて置かれていた。たぶん、これは店だ。お金というものを使って、もののやり取りをする場所。


 近くの店にそろそろと近づいて、売り物を見てみる。


 店でどんなものが売られているのか、学者たちもよく分からないと言っていた。しっかり調べて、帰って話してあげなくちゃ。


 海のそばの町だからなのか、魚や貝なんかの店が多かった。それと、野菜や果物を扱っている店もある。たまに、無人島で採れるのと似たようなものもあるけれど、ほとんどは初めて見る植物だった。


 あ、あれは何だろう。茶色くて丸い、優しい素敵な匂いのする何か。上には透き通った赤い何かが塗られている。


 見ていたら、通りすがりの親子が買っていった。子供が嬉しそうにかぶりついて、おいしそうに食べている。あれ、食べ物なんだ。気になるけれど、手に入れるのは難しそうだ。


 実は、宝物庫から人間のお金をくすねてはいる。でもわたしが持っているのは金色のお金だけだ。


 そしてこの辺りのお店でやり取りされているのは、ほとんどが赤っぽいお金だ。たまに、銀色のお金も見かけるけれど。


 もしかしたらここでは、わたしが持っているお金は使えないのかもしれない。


 ちょっと残念だなあと思いながら、後ろ髪引かれる思いでその店の前を通り過ぎた。と、そんなわたしに声をかけてきた人間がいた。


「お嬢さん、お菓子に興味があるのかい?」


 妙にひょろっとした、どことなくぬめぬめした雰囲気の若い男性だ。イカに似ている。


 あの茶色の何かは、お菓子だったのか。なるほどと思いながらもうなずくと、彼は細長い顔いっぱいに笑みを浮かべた。


「だったら、いい店を知っているんだ。ここからちょっと歩くけれど、その店ではとびきりおいしいお菓子を取り扱っているんだよ」


 でもわたし、お金が。そう言おうとしたら、男性が大げさに首を横に振った。


「ああ、代金のことを気にしているのかな? 僕がおごるよ。君の喜ぶ顔が見たいからね」


 このイカのお兄さんは、ちょっと変わった人のようだ。ともかく、彼の親切な申し出をありがたく受けることにする。お菓子、おいしそうだし。


 彼に続いて、とことこと歩く。大通りを離れ、もっと細い通りへ。


 どこまで行くのかな、と思ったまさにその時、いきなり目の前が暗くなった。え、なに。


 状況を確認することもできないまま、すうっと引きずり込まれるように気が遠くなっていった。

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