9 卒業
長かった三年間の学園生活も残すところあと一日。
卒業式を明日に控えたときだった。
夕方、メイシャルが寮の部屋に戻ると部屋が酷く荒らされていた。
部屋の壁一面に赤字で『国へ帰れ!』と落書きがされており、家具は壊され、部屋に置いてあった洋服も制服もビリビリに破られていた。
寮の管理人に被害を伝え、別の部屋を用意してもらった。
被害に遭った部屋はとりあえずそのままにしてもらった。卒業式が終わってからどうするべきかゆっくり考えよう。
制服は仕方がないので、二日続けて同じものを着るしかない。
メイシャルは用意してもらった部屋で一晩を過ごしたが、急拵えの物のない部屋は落ち着かず、その日はほとんど眠れなかった。
◇
卒業式も無事終わり、この日の昼食は卒業のお祝いにカフェテリアで簡単なパーティーメニューが用意された。
メイシャルはシャルルを探したが見当たらない。仕方がなく食事を選んで、一人テーブルに着いた。
ギルベルトがやってきて簡単に挨拶をして会食が始まった。
こういうとき、同じ王子でも王子と王太子の違いなのか、コンラートは挨拶をしない。
他の卒業生たちに紛れて、護衛のコートニーを連れてテーブルに着いている。
コンラートも女子生徒たちに囲まれてはいるが、ギルベルトほどではない。
ギルベルトの隣は卒業生ではない、このお祝いの席には無関係のピンクベージュの髪の女子生徒がしっかりとくっついていた。
メイシャルが一人で食事をしていると、ギルベルトがやってきた。
「メイシャル王女、この度は卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
「卒業後は国へ帰るのかい?」
メイシャルの目元がひくつく。
「ファルダス国王陛下より、結婚前から王宮に上がって欲しいと要請を受けておりますので、このままこの国に残って王宮入りする予定ですが」
この男は自分の婚約者の予定も知らないのか。
「えっ、そうなの? 父上が……?」
ギルベルトはメイシャルとの婚約を告げられたときの父の様子がどんなものだったのか考えた。
「いや、やっぱり国に帰った方が良いんじゃない?」
どいつもこいつも国に帰ればかりだ。メイシャルはだんだんと腹が立ってきた。
そこでとある人物がメイシャルとギルベルトの間に割り込んできた。
「あー! その髪飾り! 私の! メイシャルさんが盗ったんですか!?」
――はあ?
この女は何を言っている。盗ったのはお前だろう。
こちらは先ほどのギルベルトとのやりとりと、寝不足で苛々している。
メイシャルのこめかみには青筋が立っているかもしれない。
「なんのお話ですか? アンジェラさん」
ピンクベージュの髪をしたアンジェラがギルベルトの腕を掴んでグイグイ引っ張りながらメイシャルの髪留めを指差した。
「ほら、ギルも見て!」
「ちょ、ちょっとアンジェラ、相手は王女なんだから指差したりしたら不敬だと教えただろう」
「えー、学園内では身分は関係ないって言われてんのに?」
王子に対して友達口調で、ギルベルトのことも愛称呼び。
――本当にイライラする。
「それに王女に対して盗ったとか失礼な発言をするんじゃない。メイシャル王女はそういうことをするような人じゃないと言っただろう」
「だってぇ! じゃあ、ギルもこれ見てよ! 私が前にギルにお母さんの形見だって見せた髪飾りと一緒でしょ?」
「……確かに、前に見せてもらった物と同じだ。……けど、メイシャル王女がアンジェラから盗むなんてそんなことするわけが──」
「きっとギルに構われている私に嫉妬しているのよ! 私の教科書に落書きしたり、持ち物隠したりしたのもきっとメイシャルさんよ!」
「お、おい! アンジェラ! 憶測で非難をするな!」
人の話も全然聞かない。ギルベルトはよくこんな女と一緒にいられる。
「この髪飾り、あなたのお母様の形見なのですか?」
一歩前へ出て、アンジェラの目の前に立った。
「ええ、そうです! だから返してください!」
「アンジェラ、証拠もなくそういうことを言うな!」
ギルベルトが注意をすると、アンジェラはしたり顔で言う。
「ギル、証拠ならあるの! だってその髪飾り、小さくだけど、私のものだって名前が書いてあるもの。ほらここ! すごーく小さく『アンジェラへ』って彫ってあるでしょ?」
アンジェラが髪飾りの端を指差して得意げにした。
それが狙いだったのか。
以前、失くしたと思っていたのはアンジェラに盗まれたからで、その盗んだときにでも、彫ったのだろう。
指差す位置はメイシャルからは見えないが、髪留めを着けた時に気が付かなかったのだから、恐らく分かりづらい場所にでも彫ったのだろう。
アンジェラの名前が入ったものをメイシャルが着けていたらメイシャルが盗んだように見える。
これが狙いだったのだろう。
「ほら、ギル! ちゃんと断罪してよ! 君との婚約は破棄させてもらうって」
得意顔でアンジェラがメイシャルを見下す。
「いや、アンジェラ……」
一方ギルベルトは困り果てた様子だった。
メイシャルは小さく息を吐いてから、アンジェラに問う。
「アンジェラさんのお母様はアマリアの王族ですか?」
「身分のことを持ち出すなんて……! ギル! 聞いた? 自分が王女だからって、私の母が平民であることを馬鹿にするつもりなのよ」
「私はただ、疑問に思ったから聞いただけです。平民だからと馬鹿にするつもりも、王女だからと初対面なあなたに泥棒扱いをされ、失礼な態度を取られたとしても私があなたに不遜な態度を取るつもりはありません。私はただ、あなたのお母様がアマリアの王族であるのか否かを問うただけです。それで、あなたのお母様は平民なのですね」
メイシャルに嫌味を言われてカッとなったアンジェラはテーブルの上にあった水の入った紙コップをメイシャルに投げつけた。
「私のお母さんが平民だったらなんなのよ!」
咄嗟に顔を横に向けたが、紙コップは眼鏡に当たりに眼鏡が外れて床に落ちてぱりんと割れた。眼鏡に当たった紙コップは宙を舞いメイシャルは頭から水を被った。
メイシャルの顔を伝って水の滴がポタポタと床へと落ちる。
ザワザワとしていたカフェテリアはこの騒動で静まり返っている。
「ちょ、ちょっと……アンジェラ、早く謝って! メイシャル王女すまない!」
「なんでよ! こんな王女早く国に帰れば良いのに!」
メイシャルは完全に頭に血が上った。
護身用に持っていたジャケットの内ポケットに入れていた短剣を取り出し鞘を抜いた。
しっかりと短剣を右手に握る。
お読みいただき、ありがとうございました。