8 王女を傷物に
学園生活三年目も半年ほど過ぎた頃だった。
メイシャルが学園の廊下を歩いていると、ある部屋の扉から、腕が伸びてきてメイシャルの腕を痛いほどに掴まれて部屋の中に引き摺り込まれた。
「な、なんですか!?」
「王女様、ごめんね。俺らは王女様に恨みがあるわけじゃないんだけど……」
メイシャルは二人の男子学生に腕を取られて床に寝かせられた。
「ちょっと! やめてください! 何をするつもりです!?」
「ははっ、王女様を傷物にしてくれって頼まれてさ。こっちも断れない事情があってね。俺こんな地味な王女様でどうしようかと思ったけど、近くで見たら結構アリだな」
――私を傷物に?
ギルベルトの顔が頭によぎった。初夜のとき、メイシャルが処女でなかったら、彼はどんな顔をするだろうか。落胆する? 軽蔑する? なんとなくギルベルトを出し抜けるような気もして、それでも良いかと一瞬思ってしまった。
しかし、男がメイシャルの腕を押さえつけ、男の顔が近づいてきたとき、メイシャルは不快感に耐えられなくなった。
――気持ち悪い、やっぱり無理!
「いやっ! 誰か!!」
「叫んでも無駄だ。この部屋は防音室になっているからね」
楽器の保管庫になっているこの部屋は調律も行われるため防音室になっていた。
自分でなんとかするしかない。メイシャルは目一杯暴れた。
両腕は押さえつけられていたが、足はまだ自由だったから、男の腹を思いっきり蹴った。
だが、メイシャルの力は弱く、相手の怒りを買っただけだった。
「このクソ女!!」
男がメイシャルの頬を叩いた。
パシンという音とともにメイシャルの眼鏡が飛んでいく。
メイシャルは男を強く睨んだ。
「うわっ! 眼鏡外すとめちゃ美人じゃん!!」
腕を掴んでいた男の一人が言った。
「はっ、これなら楽しめそーだ」
メイシャルに腹を蹴られた男はメイシャルのブラウスをビリっと無理矢理に引き、ブラウスのボタンが飛んでいった。
「なんか硬いと思ったら、王女様すげーの着込んでんだな」
下に着ていたプロテクターも釦を外され、メイシャルの下着が露わになる。
「ヒューー! 良い身体してんじゃん! おい、お前終わったら次は俺にもさせろよ!」
「分かったから、しっかり押さえてろ!」
メイシャルは目を閉じて必死に何かを考えていた。打たれた頬がジンジンする。
メイシャルは爪がめり込むほど強く拳を握って集中する。
この男、一つ年下で何かの授業で見かけた……。そう、あれは心理学の授業で、一度授業態度が悪く教師から注意を受けていた。
そのときの名は……。
「ジョセフ・アニストン、他の二人の名は?」
メイシャルに跨っていた男は名を呼ばれ、目から光が失われ、メイシャルの質問に淡々と答える。
「エドガー・フォスターとトーマス・オースティンだ」
名前をバラされた二人はギョッとした。
「お、おい! お前何言っているだ!」
「エドガー・フォスター、トーマス・オースティン、誰に頼まれたのか答えなさい」
メイシャルに名を呼ばれた二人は声を揃えて答えた。
「アンジェラ・エヴァンスに頼まれた」
「アンジェラ・エヴァンスだ」
――アンジェラ・エヴァンス……
その名を聞いてメイシャルは深いため息を吐いた。なんとなく想像はしていたが、ギルベルトは頭は良いわりに女の趣味は悪いようだ。
男たちは断れなくてと言っていた。きっと親の財力に物を言わせて脅したのだろう。
そしてその女の喜ぶようなネタを提供することにならなくて良かった。
「ジョセフ・アニストン、エドガー・フォスター、トーマス・オースティン────」
メイシャルは眼鏡を拾い持ち歩いていたローブを羽織って部屋を出た。
部屋を出て少し歩いたところで腰が抜けた。
流石のメイシャルも怖かった。階段下の陰になっているスペースで身体を丸めて震えていた。
すると息を切らして駆け寄ってきた人がいた。
「こんなところにいた! 探したんだ!」
――探した? 何故?
「コートニー様……この辺りで失くしたものがあったのですが、もう見つかったので、大丈夫です」
メイシャルは震える身体を叱咤して勢いよく立ち上がった。
メイシャルのローブの合わせがはらりとずれて、ローブの中が少しだけ見えてしまった。
メイシャルは慌ててローブの前を合わせてしっかりと交差させたが、コートニーは険しい顔をしていた。
「誰にされた? その頬を打った人物も同一か?」
打たれた頬は傍目に分かるほど腫れているのだろうか。メイシャルは頬を押さえた。
「廊下を歩いていたら遠くの方にメイシャルさんが見えていたのに急に消えたから不審に思って探していたんだ。楽器保管庫は鍵が閉まっていて開かないから、仕方なく教務室に鍵を取りに行ったけど、戻ってきたら部屋には誰もいなくなっているし。その様子だと誰かに何かされたんだよな?」
「えっと……未遂なので平気です」
「それは犯罪行為だ。未遂であろうとなかろうと、俺はこの国で犯罪者を野放しにするつもりはない。誰にされたんだ?」
黙秘できない威圧感がある。
「……ジョセフ・アニストン、エドガー・フォスター、トーマス・オースティンです」
「分かった。寮まで送るよ。その者たちは応援の騎士を呼ぶので後ほど取り調べをする」
「でも……私の証言以外に証拠がなくて……」
「他国とはいえ王族の証言など絶対的な証拠だろう?」
簡単に言ってくれる。この男はメイシャルがどんな境遇にいるのか知らないのか。
「……やっぱり、取り調べは結構です。私の証言のみで彼らを裁けばいくらそれが事実であろうとも、私が偽証したと言い出す者も現れるでしょう。どうもこの国はアマリアを下に見ている傾向があります」
「じゃあ、メイシャルさんが取り調べをして自白を引き出したら?」
メイシャルはドキリとした。メイシャルが王家の力を使いアマリアの騎士団で取り調べを行っているのは極秘事項だ。
この男、何をどこまで知っている。
メイシャルを真っ直ぐ見据える琥珀の瞳に何もかもが見透かされている気がして、ゾクゾクとした寒気がした。慌ててメイシャルはコートニーに問う。
「コートニー・リーベント、答えなさい。あなたは私の何を知っている?」
「何にも知らないからもっと知りたいと思っているんだけどなぁ。メイシャルさんなら彼らの自白引き出せるよね?」
コートニーは平然とメイシャルの質問を軽くあしらった。
――王家の力が効かない……どういうこと?
「メイシャルさんが取り調べをしないというのであれば、俺がここで見たこと聞いたこと感じたことだけで三名を取り調べ処罰するよう指示してくるけど……」
卑怯にも断れない状況を作ってきた。
「分かりました。私も取り調べに参加します」
後日、休みの日にコートニーではない別の騎士がメイシャルを呼びにきて、メイシャルは騎士団へ赴いた。
すんなりと三名の自白を引き出して三名はファルダスの法に則り処罰を受けることになった。
強姦は未遂とはいえ他国の王女に対しての行為。連座して彼らの家も無事では済まないようだ。
今回の取り調べで、彼らにアンジェラ・エヴァンスのことについて問い質すのは止めた。
彼女については気になることがある。尻尾を出すまで泳がせることにした。
騎士団内での調書を見せてもらったが、事実はメイシャル自身が自力で部屋を抜け出てきたのだが、調書では事が起こる前にコートニーが助け出したことになっていた。
手柄を立てるためではなく、メイシャルの純潔をコートニーが証明するという意味だろう。
メイシャルは騎士団に来たついでに、コートニーの名前についても確認したが、コートニーの名は偽名でもなく正式なフルネームもコートニー・リーベントで間違っていなかった。
では何故王家の力が効かないのか。
――…………全然分からない。考えるのは止めにしよう。
それからしばらく経つとコートニーとは関係のないことだが、メイシャルには分からないことがもう一つ増えた。
メイシャルの失くした髪飾りが戻ってきた。
無くしてから十ヶ月ほど。何事も無かったかのように元の場所に戻っていた。
気に入っているものだったから戻ってきたのなら良かった。
お読みいただき、ありがとうございました。