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7 図書館での出来事

 学園生活二年目がもうすぐ終わろうというころ、アマリア王国からメイシャルに手紙が届いた。


 内容はギルベルトとメイシャルの結婚を先延ばしにするというものだった。

 ギルベルトはグリーンフォード学園の運営する二年制のグリーンフォード大学に進むことに決めたようだ。

 首席で卒業出来そうなほどの頭を持っているのだから、きっと大学にも行くだろうと想像していたので、手紙の内容は予想通りといったところだった。



 結婚が先延ばしになったことは少しホッとしたが、グリーンフォード大学は同じ敷地内にあるため、メイシャルが卒業するまでの残りの一年間、まだギルベルトと顔を合わす機会がありそうだ。




 そしてメイシャルは学園生活、三年目を迎えた。

 最近では嫌がらせはめっきり減ったが気になることがあった。


 メイシャルの持ち物が一つ無くなったのだ。


 学園ではずっと身につけていたので、無くなった場所はおそらく寮内だろう。

 髪飾り一つのことだが、メイシャルはどこにやってしまったのか、ずっと気にしていた。


 ギルベルトが大学に入学してからでも案の定、学園内でギルベルトを見かけることは多かった。

 いつも、ピンクベージュの髪の女子生徒を連れて歩いている。


 彼女の方がメイシャルを指差し、ギルベルトに何かを言って、それをギルベルトが窘めるようなそんな様子が見られた。



     ◇



 メイシャルが課題のレポートのために図書館で調べ物をしているときだった。


 図書館の蔵書を三冊ほど手に取り、図書館内の机のある席に座り、中身を確認していた。


「あらっ、ごめんなさーい」


 メイシャルは咄嗟に本を守ったが、一冊は間に合わなかった。

 上から降ってきたベタベタとした飲み物が図書館の蔵書にかかってしまった。


 非常にまずい。


 汚れてしまった本は何冊も作られているような最近の本ではなく、名門学園だからと寄贈されているこの世に一冊しかない古い貴重な本だった。



「メイシャルさん、ダメじゃないですかー、図書館の本汚したらー。王女様だからたかだか図書館の本くらい雑に扱っても良いってことでしょうかー?」


 飲み物をこぼした女子生徒とは別の女子生徒がやってきてせせら笑う。


 メイシャルが手に取っていた貴重な本は、写本の存在しない正本だ。同一の本はもう手に入らない。弁償することすら叶わない。

 メイシャルは顔を青くしたが、本の価値のわからない女子生徒は顔色を変えたメイシャルを見て気を良くした。




「ギル?」

「ああ、ちょっとごめん。向こうが騒がしいからなんだろうと思ってね?」


 図書館内がザワザワとしだして、何事かとギルベルトは位置を移動して騒動の元を覗き込んだ。


 ギルベルトは大学に入学してからも、学園へは自由に出入りできるため、図書館の奥で、いつものピンクベージュの髪の女子生徒とは逢瀬を楽しんでいた。



 ――メイシャル王女?



 飲み物の紙コップを持つ女子生徒と、一冊の本を持って顔を青ざめるメイシャル。

 なんとなく状況はわかった。

 おそらくメイシャルが借りた図書館の蔵書に飲み物をかけられたのだろう。


 ここは自分が助けに入ってやるかとギルベルトが一歩踏み出したとき。



 メイシャルも今回ばかりは隠れてではなく、正面から嫌がらせをされたので、立ち上がり抗議しようと──


「ねえ、あな──」


「うわー、すまない」

「きゃあ!!」


 心にも思っていなさそうな「すまない」という声とともに女子生徒二人の頭の上から水が降ってきた。


「ちょっと! あなた!!」


 女子生徒の背後に立ち、両手に水の入ったコップを持っていたのは目鼻立ちのキリッとした顔の美少年、ファルダス第二王子の護衛のコートニーだった。


「子爵令息ごときが何をするんですの!?」


 女子生徒二人が眦を吊り上げてキーキー騒ぐ。


「二人とも伯爵家の令嬢だっけ? 伯爵家の令嬢ごときが他国の王女様に何をしているんです?」

「うっ……学園内で身分のことを持ち出すのは厳禁ですのよ」

「その台詞そっくりそのままお返しするよ。それに図書館内で水や飲み物は蔵書の保管に関わるから、持ち込み禁止だ。その濡れた服も蔵書の保管に影響があるから出て行ったら? ああ、たかだか図書館の本くらい雑に扱っても良いからずぶ濡れ女が居ても構わないとでも思っているのか?」


 二人は悔しそうに唇を噛み締めていた。



「コート、終わったか?」


 図書館の入り口に背の高い美丈夫が立っていた。

 この男の護衛対象、第二王子のコンラートだ。


「コンラート王子……」


 王子にみっともない姿を見られたくなかったのだろう。女子生徒二人は逃げるように図書館から出ていった。


「殿下、もう少し待ってて」


 護衛のコートニーは王子相手でも馴れ馴れしい口調で返事をし、飲み物をかけられた蔵書を手に取った。


「うーん。ケーン・ホブソン氏の『帝王学史』か。たしかうちの図書館にこれの後に改稿された正本があったかな。代わりの本はうちから学園に贈っておくからメイシャルさんは気にしないで」


 貴重な本を汚してしまったが、改稿版に変わるのならそれに越したことはない。

 自分ではどうにも弁償できるものではない。コートニーに甘えさせてもらおう。

 それにしても、子爵令息と聞いていたが、こんな学術的な古い書籍まで所有していることに少し驚いた。


「すみません、せめてお代は……」

「いいよ。以前あなたには悪いことをしてしまったからお詫びをしないとと思ってたんだ」

「悪いこと?」

「覚えていないなら忘れたままにしてて」

「?」


 コートニーの言っている悪いことが何のことなのか全く分からなかった。


 コートニーは図書館の司書に汚してしまった本を手渡し、何か説明をしてから第二王子のコンラートとともに図書館から出ていった。


 メイシャルも借りた蔵書を元に戻して図書館から出ることにした。


「騒がしくしてしまい申し訳ございませんでした」


 頭を下げてから図書館を出た。




 ギルベルトはその様子を一部始終見ていた。


「コンラート……」

「ギル?」

「ああ、すまない。弟がいたからさ」

「コンラート王子? ギルあまり似てないわよね? どんな人なの?」

「似てると思うけど。どんな奴かはよく知らないや。私も最近まで関わりがなかったから」

「そう?」

「……それにしてもメイシャル王女はまだ嫌がらせを受けていたんだな……大丈夫かな?」


 ギルベルトがメイシャルを気遣うように口を開けば、女子生徒はムッとした顔をした。


「ギル! 他の女性のことを考えるのはやめて、続きをしてよね」


 女子生徒は腕をギルベルトの首に絡ませた。


「ああ、ごめん。そうだね」


お読みいただき、ありがとうございました。

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