5 直接的な嫌がらせ
一年が終わる頃にはメイシャルの教科書の中は全て黒塗りに変わろうとしていた。
嫌がらせも反応しなければいずれ飽きるだろうと考えていたが、なかなか嫌がらせは減らなかった。
もうすぐ学園生活二年目が始まる。教科書が新しくなるため、メイシャルは次年度分の教科書購入の際、始めから予備の教科書を購入しておいた。
この一年、メイシャルは教科書に落書きをされたり、持ち物を隠されたりとメイシャルの持ち物はかなり嫌がらせの被害に遭っていた。
メイシャルはそろそろ次の対策を講じることにした。
ギルベルトはこの一年、何度か一年生のフロアへ行き、あのときの少女を探したが、結局見つけることはできなかった。
代わりに何度も婚約者であるアマリアの王女、メイシャルのことが目についた。
彼女は婚約者であるが、自国が王の力の血筋を手に入れるための結婚であって、ギルベルト自身がメイシャルに感じる魅力というものは何もなかった……はずだった。
地味な見た目で、身体つきも子どもっぽい。女としての魅力も感じない。
しかし、姿勢、立ち居振る舞い、身のこなし、全ての所作が王女らしく、地味にしていても気品が満ち溢れ、彼女が高貴な存在であることがわかる。
彼女を見つけると自然と目で追っていた。
学園の廊下で曲がり角を曲がると前を歩くメイシャルがいた。
少し離れて後ろを歩いて様子を見ていると、女子生徒がわざとらしく彼女にぶつかり、彼女は手に持っていた教科書を落としてしまった。
「あらっ、ごめんなさい。やだぁ、メイシャルさん教科書真っ黒! きったなーい」
開いた状態で落ちている教科書の中は真っ黒に塗られていた。
彼女はなんのリアクションもせずに教科書を拾い歩いていった。
メイシャルはわかっている。ここで当たってきた女子生徒へ文句を言おうものなら「わざとじゃないのに王女様って身分の低い人に当たりが強いのですね!」と用意をされていたような台詞を言われる。わざとではないと言われれば訴えることはできない。
それを知らないギルベルトはわざとらしくぶつかった女子生徒に対しても、何も言わないメイシャルに対しても疑問を持つ。
そして、メイシャルの真っ黒な教科書……
――どういうことだ?
ギルベルトは彼女と同じ授業を取っている後輩に彼女の様子を聞いた。
「えっ、メイシャル王女様? 多分、女子生徒たちから嫌がらせを受けていますよ」
「はっ? なぜ? 分かっているのか? 相手は王女だぞ?」
この男に言っても仕方ないのだが、ギルベルトは堪らず厳しめに追求した。
「なぜって、あなたの婚約者だからじゃありませんか。嫌がらせをしているのはあなたのファンたちですよ」
「だからといって、王女相手にそんなことをすれば訴えられて国際問題になるじゃないか」
いくら学園内といえども、明らかに悪意を持って王女に苦痛を与え、貶めようとする行為だ。不敬罪で訴えられたら、国を挙げて謝罪しなければならない。
自国の人間はそんなこともわからないのか。
「王女様は訴えられないんじゃないですか?」
「なぜ?」
「嫌がらせをしているあなたのファンたちは誰がやっているのか特定されないように徹底しているようですよ。それに王女様自身も平気そうですし、嫌がらせを受けている様子など微塵も感じませんよ」
「いや、でもあんな教科書で授業は……授業には影響は出ていないのか?」
ギルベルトが見た彼女の教科書は真っ黒だった。学園の授業では教科書は必須だし、問題も教科書から出されることがほとんどだ。あんな教科書ではまともに授業は受けられるはずがない。
「授業は普通に受けていらっしゃいますよ。当てられたときも答えはいつも完璧ですし」
「そうか……」
授業にも影響が出ておらず、メイシャル自身がつらさを感じていないのであれば、下手にギルベルトが騒ぎ立てる必要はないか。
ギルベルトはなんとかしなければと思っていたが、メイシャルの反応を聞いて考え直した。
また他の生徒たちもメイシャル自身が平然としているので、特に気に留めたりもしなかった。
◇
メイシャルは二年生になり、ふた月ほどで新しい教科書は全て黒に塗られた。
そろそろ来るかもしれないと常に警戒をしていた。
初めてされた直接攻撃は大したものではなかった。
廊下を歩いているとき飲み物に蓋もせず、紙コップを持って歩いている女子生徒がこちらに向かってきたから警戒心を最大にした。
案の定彼女はメイシャルの前で足を躓かせた。
「きゃあっ! ごめんなさい!」
紙コップが彼女の手から離れてメイシャルに向かって飛んでくるが、メイシャルは持っていたローブを広げてそれを全て受け止めた。
ローブはベタベタになったが、メイシャルは無事だった。
「大丈夫です。たまたま持っていたローブが全て受け止めてくれましたから」
「くっ……それは……良かったです。わざとではないのです。申し訳ありませんでした……」
「いえ、お気をつけください」
メイシャルは毎日ローブを持ち歩くようにした。
次の直接攻撃は階段から突き落とされるというものだった。
バランスを崩して、下まで思いっきり転がり落ちた。
通りかかったシャルルが慌てて飛んでくる。
「メイシャル!! 大丈夫か!」
メイシャルは自身の腕で身を起こした。
「大丈夫。平気よ」
「ああ、良かった」
シャルルはメイシャルに手を差し出して、メイシャルはその手を掴んで立ち上がる。
「そろそろ来るかと思ってプロテクターを仕込んでおいたの」
「それ、太って見えるぞ」
「見た目より身体の方が大事だから良いのよ」
「春休み中に騎士団でやたら訓練してたのは階段落ちの受け身?」
「ふふふっ、訓練の甲斐あって怪我一つないわ」
「メイシャルも護衛付けるか?」
「関係者以外は学園に入ることが出来ないのよ?」
「そこはさ、国を通して抗議しても良いだろう」
「そんな大袈裟なことする必要ないわ。そんなことよりどなたが私の背中を押したのか見た?」
「残念だけど、僕が見たときはもうシャルは転がり落ちてたよ」
「本当残念」
メイシャルは何でもないような顔をして、落とした荷物を拾い集め次の授業の教室へと移動した。
かなり距離のあるところからだが、その様子はギルベルトにも見えていた。
――嫌がらせの域を超えていないか? やり過ぎだろう。
ギルベルトは顔を青くしてその様子を見ていた。
すぐにメイシャルの兄が手を貸しにいっていたから、ギルベルトは出ていかなかったが、もっとメイシャルのことを気にかけてやらなければならないかと、多少は婚約者としての責任を感じ始めていた。
だが、ギルベルトのそんな想いはすぐに消える。新年度から入学してきた一年生の女子生徒に夢中になったからだ。
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