41 ユルティナのお手柄
メイシャルが中庭に足を踏み入れると、季節の草花がセンスよく植えられ、ここもメイシャル好みになっていた。
――本当にこの人は……
メイシャルはうっとりとした顔でコンラートを見つめてしまう。
「シャルー……! お兄様が来ているんだから気付いてくれよー……」
シャルルが半目になってメイシャルに声をかける。
メイシャルはハッとする。
「ルル!」
「メイシャル、元気そうだな! この度は婚約おめでとう」
「シャルル、あなたからもお父様にも話を通してくれていたのでしょう? ありがとう」
「大学に代わりに通ってもらったお礼だ」
「ルル! ありがとう!」
メイシャルがシャルルに抱きつこうとすると、腕を引かれて阻止された。
「えっ?」
腕を引いた人物を見上げる。
「俺以外の男に抱きつくなよ」
むすっとした顔をしてコンラートが言う。
「ぷっ、嫉妬!? おいおい、コート! 僕はシャルの兄だぞ?」
「兄でも男ってだけでムカついてくる」
「では、わたくしなら良いのかしら?」
突然現れた人物はすぐにメイシャルに抱きついた。
「ティナ!!」
「メイシャル王女、お久しぶりです」
「久しぶりティナ! ずっとあなたにはお礼が言いたかったの!」
「お礼を言うのはまだ早いですわ」
ユルティナはメイシャルに抱きついたまま、チラリと後ろを見た。
視線の先にはギルベルトがいて何やら紙を持っていた。何かの文書だろうか。
「ギル?」
「メイシャル、昨日はお疲れ様。騙し討ちみたいなことをしちゃってごめんね」
「いいえ、コートと一緒に考えてくれたのでしょう。ちゃんと婚約解消してくれてありがとう」
「学園で君のことを蔑ろにしてしまった償いみたいなものだから、気にしないで」
ギルベルトは少し俯いて言った。
本当に反省してくれているようだった。
「それより、ギルベルト殿下。メイシャル王女へわたくしのお手柄を早く見せてあげてください」
「ティナのお手柄?」
「ああ、そうだね」
皆はお茶の用意された中庭の中心にある四阿のテーブル席に着いた。
ギルベルトから見せられた紙はアマリアに対する支援金返還依頼の文書だった。宰相であるアザライア公爵の承認印とサインもあり、ファルダス国王の管理している国璽も押印されていた。
「これ……どうやって……?」
「すり替えだよ」
ギルベルトはユルティナを連れて、ユルティナに紹介してもらった他国の商人にファルダス内での商業許可を与えたいとの旨で、商業許可証にサインと押印をもらった──
ように見せかけて、サインと押印の際にユルティナの王家の力、たった五秒だけの時間停止を使って、その瞬間だけ文書をすり替えた。
「すごいわ! ティナ! ありがとう!!」
「うふふ、役に立たなさそうなわたくしの力も意外と役に立ちますでしょう」
「役に立たないなんて思ったことはないわ。ティナには何度も助けられているもの」
ユルティナは満足そうに頷いた。
「メイシャル、これを申し立てる時期については私に一任してもらえないだろうか?」
ギルベルトが言うのだが、すぐに送ってはくれないのだろうか。
「私はもうすぐ大学卒業だ。卒業したら今以上に本腰を入れて公務に携わっていくんだ。昨日と今日の様子からいって、父上は王家の力を失ったことにすっかり気を落としているから、割と早い段階で父上の公務も私へ移行されると思う。だから、私の方で様子を見て不自然ではないタイミングで申し立てをさせてくれ」
「……うん。わかった。それが良いと思う。ギルに任せるわ」
「ありがとう、メイシャル。アマリアとは良い関係を築きたいと思っている。必ず誠意を以て支援金返還を受け入れるよ」
この様子ならギルベルトに任せても大丈夫だろう。
「ギル……本当に色々とありがとう」
「いいや、今さら遅いのだけど、私も誠実な人間になりたいと思うんだ。君への償いはその一歩だ」
「ふふふっ、本当今さらね! でも良い心がけだとは思うわ」
「そうですね。兄さんは一国を統べる王になるわけだから、いつまでも女性にだらしないんじゃ良くないですよ」
「そうですわね。こんなに顔が良くて、頭も良くて、真実王子様なのに、クズ男だなんて、国のお先が心配になりますもの」
「ク、クズ男……」
ギルベルトはみんなからの見えない攻撃を受け、血を吐きそうになっている。
「くくくくくっ!」
それを見てシャルルはお腹を抱えて笑いを堪えていた。
そんなやり取りをしていると、執事がやってきてコンラートに「コートニー様がきています」と告げた。
「うわっ、もうそんな時間か! すまない、俺騎士団に行かなきゃいけなくて。みんなはもうちょっとシャルと話してくれてて良いから!」
そう言って中庭を出て行こうとしたが、すぐに思い出したように振り返った。
「あっ、でも兄さんはもう戻ってくださいね」
それだけ告げて急いで出ていった。
「私って信用ないんだね」
「仕方ないんじゃねーの」
シャルルが突っ込んだ。
「いいさ、私も執務が溜まってるんだ。もう戻るよ。メイシャル、お邪魔したね」
「いえ、ありがとうございました」
ギルベルトが出ていくと、シャルルも「僕も帰るよ」と出ていこうとした。
「あとは女子二人で楽しめよ」
そう言ってシャルルも出ていきユルティナと二人になった。
ちょうど良い機会だ。メイシャルはユルティナに相談したいことがあった。
「ティナ、ずっと相談したいことがあったの……」
「えっ、メイシャル王女! なんですか? 恋のお悩みですか? それとも夜のお悩みですか?」
ユルティナが目をキラキラ輝かせて聞いてくる。
「えっ、夜!? ち、違うわよ!」
「あら、違うのですか。残念……で、何を悩んでいらっしゃるのですか?」
ユルティナの目からキラキラが消える。
「あのね、私ファルダスでお友達がユルティナしかいないの。これからはお茶会も夜会にも積極的に参加するようにするから、お友達を紹介してもらえないかと思って」
ユルティナは目をぱちくりさせた。
「あら、簡単なお悩みでした。もちろんオーケーですわ。ちょうど騎士様と結婚した友人もいるので、ご紹介しますね。今度、アザライア公爵家で行うお茶会にも来て下さいませ」
「ぜひ、参加させてちょうだい」
「第二王子と婚約したばかりのアマリアの王女様が参加してくださるなんて話題はバッチリですわ!」
話題提供のために行くような感じになっているが、ユルティナの下心を隠さないところはさっぱりしていて嫌な気がしない。
メイシャルはクスクスと笑いながら言う。
「ねぇ、ティナ? 私のこともシャルって呼んでね」
「ふふふっ、シャル! よろしくね」
◇
その後、コンラートとメイシャルは、コンラートが大学卒業する一年後に結婚することが決まった。
ユルティナに招待してもらったお茶会では、メイシャルの婚約者がギルベルトからコンラートに代わったことで「王太子から捨てられた」や「好みの王子に乗り換えた」など、色々と言われてしまうのかと戦々恐々としながらも参加したが、そういったことは一切なかった。
ユルティナによって「二人の王子の間で取り合いになった姫」と印象付けられ、結果第二王子の愛が勝った。というシナリオで話が進んだ。
ユルティナのシナリオがなくても、不敬な発言をされたらメイシャル自身で言い返す心づもりはあったが、結局は何も必要なかった。
ユルティナの紹介してくれた友人たちは、メイシャルを歓迎し、とても良くしてくれ、メイシャルもファルダス国内で友好関係を広げることができた。
その後もメイシャルは騎士と結婚したというユルティナの友人から、騎士の妻としての心得を聞いて、特務隊の隊員を労うための食事会を開いたり、ギルベルトの母である、王妃とも交流をし、王子妃としての公務を学んだりと、それなりに忙しく過ごした。
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