40 コンラートの母
翌朝は二人で離宮の食堂で朝食を摂った。
「朝食を食べたら紹介したい人がいるんだ」
「紹介したい人?」
「うん。ああ、慌てなくても良い。ゆっくりしっかり食べてくれ」
さっさと食べ終わったコンラートはコーヒーを飲んでいた。
昨夜は結局、夫婦の寝室は使わずに、その隣のそれぞれの部屋でお互い一人で寝た。
コンラートは抱きしめて眠るだけで何もしないから一緒に寝たいと言ったが、メイシャルは結婚前に寝室を共にするのは良くないとそれを拒んだ。
コンラートはいつまで我慢をしないといけないのか──いや、初夜までと言われたのだった──と深いため息を吐いた。
朝食を食べ終えると、コンラートは一人のメイドを連れてきた。
「初めまして、メイシャル王女殿下」
離宮で働くメイドを紹介したかったのか。不思議に思いながらメイシャルも四十前後と思われるその女性に挨拶を返す。
「初めまして」
「シャル! 俺の母さんだ!」
「えっ!? お母様!?」
そう言われると面影がある。
「マリア・クルーと申します」
「マリア……さん?」
コンラートの母ではあるが、メイドの身分の彼女にどう敬称を付けようか悩んで語尾が疑問になってしまった。
「はい。メイシャル王女殿下」
「あ、あの……メイシャルでいいです」
「メイシャル様、きっとメイシャル様も記憶にはないと思うのですが、私は十年前、冤罪で捕まったところメイシャル様に助けられたのです。あの時は本当にありがとうございました」
「えっ?」
なんの話だ?
「ごめんなさい。マリアさんがおっしゃる通り、そのような出来事は私の記憶になくて」
「実は私も記憶にはないのですが……」
「うん、俺が説明する」
マリアがコンラートを見るとコンラートが説明を始めた。
十年前、中止になったファルダスの王子とアマリアの王女との交流会は実は中止にはなっていなかったこと、コンラートとギルベルトの兄、ユリエルが毒殺されたこと、マリアが冤罪で捕えられたこと、メイシャルが真犯人に自白をさせたこと、その後、その場にいたすべての人間の記憶をファルダス国王が書き換えたことを話した。
「私も記憶にはないのですが、あの時の真犯人である第二王妃殿下の侍女は爵位を持つ家の令嬢で、王宮メイドの私が逆らえるような相手では無かったのです。だから、メイシャル様がいなければ私はそのまま処刑されていたと思います。何のお達しもありませんが、第二王妃殿下の侍女は姿が見えなくなり、彼女のお家も取り潰しになっています。真実が明らかにならないままであれば、私が消されていたことでしょうし、コンラートも無事ではなかったかも知れません。本当にありがとうございました」
全く記憶のないことをマリアに深く頭を下げられて、メイシャルは戸惑ってしまう。
「マリアさん、頭を上げてください。あなたが無実の罪で捕まらなくて本当に良かったです」
おそらく王家の力を使ったのだろう。十年前であれば、ちょうど騎士団への出入りを始めた頃だ。
「子ども心に騎士の取り調べの真似事をしてみたのだと思うのです」
「そうだったのですね。やっぱりメイシャル様は小さな頃から騎士に憧れを?」
「憧れ?」
「ええ! だってこの子ったら、メイシャル様に格好良いと言われたくて騎士になるって──」
「あっ、母さん! ちょっ、余計なことは言わなくて良いから!」
コンラートが慌ててマリアの口を押さえる。
「私、騎士に憧れていたの?」
自分のことだがそんな記憶は何もない。
「十年前のその時……シャルが言ったんだ……騎士様ってかっこいいってニコニコ笑って。だから俺は……」
コンラートが赤い顔をして口を尖らせてボソボソと言う。
「えっ、コートって十年も前から……」
自分のことを好きだったのか。メイシャルは目を丸くした。
「そうなんですよ。口を開けばメイシャル様のことばかり! この度、婚約する運びになって、母としては本当に喜ばしいことで!」
「ちょっと! 本当に余計なことばっかり!」
コンラートの押さえる手が緩まった隙にマリアが話し始め、コンラートは慌てて再び口を押さえた。
そういえば、学園のカフェテリアで兄のシャルルと昼食を摂りながら、コンラート──当時はコートニーだと思っていたが──の討論会で話をしていたとき、コンラートは「俺は騎士だから」と言っていた。
あれは騎士になったことのアピールだったのかもしれない。
それを思い出して、メイシャルはクスリと笑った。
コンラートとコソコソと言い合うマリアを見てメイシャルはハッとした。
「マリアさん! その髪飾り……!」
メイシャルはマリアの髪に留められていた大きな宝石の付いた髪飾りを見て驚いた。
マリアは髪飾りを外す。
「マリアさん、これって……?」
「母の形見です」
「マリアさんのお母様って……」
「ええ、ご想像通りです。私の母はアマリア王家の人間でした」
マリアの髪を留めていたその髪飾りは宝石のカットでわかりづらいが、アマリア王家の紋が入っていた。
「私の母は、今のアマリア国王の叔母にあたります。今は亡きアマリア先王陛下の妹でした」
その話は聞いたことがある。
婚約者がいながらも他国の行商と恋に落ち、駆け落ちしアマリアを出奔した。
それがマリアの両親だった。
「私の両親がアマリア王家にご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「えっ、あっ、そんなこと……」
アマリアにとってはもう過去の出来事だ。
それに、その出来事のおかげて、父王は結婚に関して寛容に考えてくれる。
ファルダス国王はギルベルトが生まれてから王家の力がないと知ると、どこから知ったのか王家の血を求めてマリアに子を産ませた。それがコンラートだった。
厳密に言うとコンラートもアマリア王家の血族だ。
そこまで考えメイシャルはギクリとした。
「大丈夫、従兄弟同士の婚姻だって認められているし、俺たちは六親等も離れた再従兄弟だ。ちゃんとアマリア国王にも報告してあるよ」
メイシャルはホッとした。
「コンラート、そろそろお客様が見えるのではないですか? 私はご挨拶もさせていただいたので、仕事に戻らせて頂きますね。メイシャル様、ありがとうございました」
マリアは退室の挨拶をして去っていった。
「もうそんな時間か」
「お客様?」
「ああ。シャル、中庭に準備をさせてあるから行こうか」
お読みいただき、ありがとうございました。




