4 ファルダス王国の第二王子
ある日、大講堂で一年生全員が受ける講義があり、いつも通り一人で席に座っていると、シャルルが隣に座った。
「メイシャル……大丈夫か?」
「何が?」
「嫌なこと言われてるだろ? 僕のところにも聞こえてくるぞ」
「平気よ」
「その装い止めたらいいのに」
「それは嫌。ギルベルト様に興味を持たれたくないの」
ギルベルトはメイシャルのことを子どもと言いつつも口付けしようと迫ってきた。
せめて結婚するその日までギルベルトから隠れて穏やかに過ごしたかった。
「ほら、見てよ。双子っていうのにシャルル様と全然違う。シャルル様はあんなにお綺麗なのに、メイシャル様は……ねぇ?」
「こないだ面白いもの教えてもらったの。これ、アマリア王国で出回っている王女様の姿絵。美化して描きすぎで笑っちゃった。姿絵詐欺ってこういうのをいうのかしら」
ぎりぎりメイシャルに聞こえる程度の声で嘲笑う。
その姿絵は、瞳が大きく髪も豊かに靡かせた綺麗なメイシャルが描かれている。
絵師が来た時に綺麗な装いをするようにと侍女たちに眼鏡を奪われて徹底的に磨かれた。
美化したわけでも、別人になったわけでもなく、そのままのメイシャルが描かれているものだった。
「不敬だろう!」
シャルルは聞こえてきた声に眉を寄せて立ち上がった。
「いいわ! シャルル、やめて!」
メイシャルはシャルルの腕を掴んで再び席に座らせた。
「学園内は身分は関係ないから、不敬なんて言葉は使わないで」
こんなことアマリア王国では絶対にあり得ない。他国とはいえ王族を馬鹿にするなど、学園ならではなのだろう。
シャルルは腰を下ろしながら言う。
「ちっ、誰が発言したのかわからなかった」
少し遠い位置からの発言なのかいつも誰が言っているのかわからない。
「そうなのよ。ファルダス側に訴えようにも誰が言っているのかわからないと──」
そのとき大講堂の中が一段と色めき立ち、またギルベルトが現れたのではとドキッとした。
だが、現れたのはギルベルトではなかった。
黒髪に金の瞳の背の高い美丈夫がいた。誰だろうか。口に出してはいないはずだが、メイシャルの心の問いに答えるようにシャルルが答えを教えてくれる。
「彼はファルダスの第二王子らしい」
「ファルダスの第二王子……。たしか、コンラート様……」
コンラートはファルダス国王の庶子で、ずっと表舞台に出ておらず姿絵は出回っていなかった。メイシャルはこの日、初めてファルダス第二王子の顔を知った。
ファルダスの第二王子、コンラートはものすごく背が高く、逞しい体つきをしていた。
剣術を学ぶ王子は多い。きっと鍛えているのだろう。
アマリアの王子と王女は王の力を持つゆえに、みなアマリアでは騎士団に所属している。
メイシャルの担当は取り調べが主なため、そこまでの鍛錬はしていないが、自身の身を守る程度の剣術は身につけていた。
一方シャルルは戦場で活躍できる王の力を持っているため、一見メイシャルのように線は細く見えるが、かなり鍛えている。
コンラートは迫力のある隙のなさそうな鋭い目をした王子だった。
そして、隠れるようにその後ろを歩く男子生徒がいた。彼もまた目鼻立ちのキリッとした顔の美少年だった。彼もそれなりに背が高そうだが、前を歩くコンラートが大き過ぎて小さく見えてしまう。
ダークブロンドに琥珀色の瞳の恐ろしく整った顔のこちらも王子といってもおかしくない華のある美形だ。
コンラートよりも後ろの男子生徒が気になり見ていると、ふと目が合う。
しかし、彼は気まずそうにふいっと目を逸らした。
その行為の意味は分からないが、彼のことが気になりシャルルに尋ねようとすると。
「後ろの彼は護衛だって。ファルダスのリーベント子爵家のご令息、コートニー・リーベント殿。本来は騎士団勤めらしいが、護衛も兼ねてコンラート王子と一緒に入学したんだとさ」
質問する前にシャルルは答えてくる。
コンラートに護衛が必要そうには見えないが、後ろの彼はコンラートよりもさらに腕が立つということか。
というか、この学園は護衛をつけないといけないほど物騒なところなのか。
メイシャルは首を傾げた。
一通り観察が終わるころには授業が始まった。
教科書を開くとおびただしい落書きで教科書の内容はわからないものとなっていた。
いつの間にこんなことをされていたのか。驚いたメイシャルの反応を見てクスクスと笑う声が聞こえてくる。
メイシャルがキョロキョロと笑い声の主を探すと声がしなくなって、やはり誰がやったことなのかわからない。
なるほど、護衛は必要かもしれない。
すぐに教科書を閉じた。
「どうしたんだ?」
教科書を開きかけて閉じた動きを不思議に思い、シャルルは小声で声をかけた。
「ううん。なんでもない」
「見ないのか? 教科書」
「全て頭に入っているから必要ないわ」
「そう、さすがだな」
教科書一冊で250頁はある。
全て頭に入っている? そんな天才ではない。ただの強がりだ。
頭の出来はシャルルの方が良いくらいだ。
その日は仕方なく講師の説明だけで授業を受けた。
教科書がダメージを受けたくらいではメイシャルは堪えない。
メイシャルはすぐに対策を講じた。
少人数で受ける授業では、教科書の内容を元に問題を順に当てられて答えを発言しなければならないものもある。
「では次の頁の問いはメイシャルさん、解き方と解答と両方説明してください」
「はい」
メイシャルはニヤニヤと嘲笑するような視線を感じた。メイシャルに恥をかかせたかったんだろうが、そうはさせない。
「xに92頁の公式を当てはめると答えはaのx乗となります」
「いいでしょう」
メイシャルが正しく解答をするとチッと舌打ちが聞こえてくる。
メイシャルは開いた教科書の上に紙を載せて、中身が見えないようにして使用していた。
その紙の下は、落書きレベルではなく内容が全く見えないほどに黒に塗られていた。
メイシャルは意味をなさない教科書でも必ず持って登校する。
まだメイシャル自身に直接的な被害がないのは教科書が代わりに被害を受けているからだ。
メイシャルは授業が終わると必ず教師の元へ確認へいく。
「ルドルフ・スミス先生、お答えください。来週の授業の範囲と、問題を出す頁はどこですか?」
教師は教科書をペラペラとめくりながら問いに答える。
「ああ、次の授業ではここ、この102頁から122頁を進めるのと、153頁、154頁に応用の問題があるためそこをやってもらうつもりだ」
授業では教科書の一頁目から順番に進めるのではなく、重要な箇所に絞り、飛ばしながら進めることがほとんどだ。
メイシャルは急いでメモを取る。
そして次回の授業の前にその頁を丸暗記する。
履修している授業の教科書は全て予備を購入した。
250頁全てを暗記するのは不可能でも、二十数頁くらいならば暗記できる。
これはカンニングではなく予習だと、自身に言い訳をしながら王家の力を使った。こんなことに王家の力を使う日が来るとは。メイシャルは自身に呆れて深くため息をついた。
その後もちまちまとした嫌がらせはあったが、誰がやったのかわからない以上、ファルダス側へ訴えることができない。
メイシャルは仕方なく嫌がらせには無反応を貫くことにした。
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