38 ファルダス国王
「しかし……コンラートも王家の力を持たないとはいえ、王家の力を持たぬ王女と結婚させねばならないとは……」
ファルダス国王は小声でボソボソと呟いた。
「父上は大丈夫ですか?」
ギルベルトが尋ねる。
「何がだ?」
「いえ……メイシャル王女は知らぬ間に王家の力を失っていたようですので、父上も気が付かずに王家の力を失くしていないかと心配になったのです」
「何を言う。私は──」
大丈夫だ、と言う前にファルダス国王はコンラートに右手を引っ張られ立ち上がらされる。
「父上! 父上も念のため、祖父上に見てもらいましょう!」
「アルフォンソ、私の力は現役だと分かったであろう。お前の力も見てやろう」
コンラートはファルダス国王の手を引っ張って、先王の前へと連れていく。
「父上……私は見てもらう必要など……」
コンラートが強引に先王の手にファルダス国王の手を重ねた。そして先王がさらに反対の手を重ねてファルダス国王の手を包み込んだ。
「いや、まあ、力を失ってなどいないから問題はないが……」
ファルダス国王がブツブツと言うが、ファルダス国王の周りには一向にキラキラとした光は現れない。
しばらくじっと待っても何も起こらない。
なぜ何も起こらない。王家の力があれば光が舞うはずだ。ファルダス国王は額に冷や汗が流れる。
「…………アルフォンソよ。言いづらいが、お前の力は失われておるぞ」
「……っ」
ファルダス国王は動揺のあまり、一瞬声を失った。
「そんなはずは!! 今は手に怪我だって負っていない」
過去には手に怪我を負って力を失ったことはあったが、今は問題ない。
「もしや……わしの妃、お前の母親が王家の血を引いていないことが原因だろうか……」
「……っ!」
ファルダス国王はずっとそれを気にしていた。
ファルダス国王、アルフォンソは父と母の深い愛によって生まれたが、母は王家の血を引いておらず、王家に嫁ぐには身分が低かった。
だが、父は彼女以外を結婚相手には認めず強引に結婚し、アルフォンソが生まれた。
通常生まれて半年ほどで王家の力は覚醒するが、二人の間に生まれた子は王家の力を覚醒するのが遅かった。
その後に生まれた弟や妹は半年ほどで王家の力を覚醒した。
弟妹たち、それから従兄弟たちは、スプーンが曲げられたり、数秒宙に浮ける、心の中で思い浮かべた映像を紙に写し出せるなど、些細な力だが幼い頃から王家の力を持っていた。なのに自分だけは王家の力を持っていない。アルフォンソは幼い頃からそんな劣等感を持っていた。
だが、アルフォンソの父、今の先王は王家の力の有無を重要視しておらず、アルフォンソを王太子として育て上げた。
しかし、アルフォンソは幼い頃に抱いた劣等感を忘れられずにいた。アルフォンソは結婚直前にようやく王家の力を覚醒し、覚醒した力に執着するようになった。
そして、アルフォンソが父になってからはユリエル以外に王家の力を持つ子が生まれなかった。隣のアマリア王国で生まれた王子と王女は皆、王家の力を持っていると聞く。
その事実はファルダス国王の幼い頃に抱いた劣等感を加速させ、ファルダス国王はアマリアより優位に立とうと行動するようになった。
「父上、大丈夫ですよ。王家の力を持たないとはいえ、父上はファルダス王国の国王陛下です。我々は決してあなたを蔑ろになどいたしません」
王家の力を持たないギルベルトを蔑んできた父王に対する嫌味だろうか。ファルダス国王にギルベルトの言葉が強く刺さる。
ファルダス国王は力無く玉座へ腰掛けた。
「皆様、今日はお集まりくださりありがとうございました。本来この後、食事をし歓談をしていただく予定でしたが、国王陛下の気分が優れないため、このまま解散にさせていただきたいと思います」
ギルベルトが壇上から出席者へ向けて声をかける。
「この場での出来事。私とメイシャル王女との婚約解消、メイシャル王女と第二王子コンラートとの婚約、こちらについてはすぐに公式に発表することとなりますが、王家の力についてのやりとりはファルダス王家の威信に関わることです。他言なきよう、よろしくお願いします」
ここに集まったのはファルダス王家の縁の者だ。ファルダス国王が力を失ったことを知られるとファルダス王家の地盤を揺るがすものとなる。
かといって、王家に反旗を翻すほどの力を持つ者たちはここにいない。
他言をすれば、自分たちの首を絞めるようなものと分かっているため、皆口を堅く閉ざした。
◇
メイシャルはコンラートに手を引かれ、会場を出た。
「シャル、お疲れ様! 大変だったね」
「う、うん……、私……何がなんだかさっぱりで……」
メイシャルは急展開についていけずにいた。
「場所を変えてゆっくり説明するよ」
メイシャルはお披露目会のあとは王宮の賓客室に泊まる予定をしていた。
だが、コンラートはメイシャルの手を引いて王宮の外へ出た。
「えっ、どこ行くの?」
「歩いてもいけるけど、ちょっと距離があるから馬車に乗ろう」
コンラートに押されて馬車に十分ほど揺られるとこじんまりとした綺麗な宮殿に辿り着いた。
「ここは?」
「これから俺とシャルの住むところ」
「これから?」
「ああ、そうだよ」
「えっ、私……アマリアへは……」
「メイシャルが望むのなら帰さなくても良いとアマリア国王から返事はもらっているけど」
「え!?」
「シャルは帰りたいのか?」
メイシャルの片手を取ってコンラートの口元へ寄せ、眉を下げ一緒にいたいと乞い願うような顔で聞かれ──
「帰りたく……ない……」
メイシャルは負ける。
「なら良かった」
コンラートの顔はパッと明るくなる。
「ここは俺が幼い頃に住んでいた離宮なんだ。王宮で暮らすのでも良いけど、シャルが父上とギルベルトと顔を合わせる可能性を考えると、やっぱりここがベストだと思ってね」
ファルダス国王とギルベルトに嫌な思いをされたメイシャルのことを慮ってくれたのだとコンラートの気遣いにメイシャルの心は温かくなる。
「幼い頃に住んでいたという割には綺麗なところね」
「ああ、シャルと住むために外壁は修繕させて、中は改装したんだ」
コンラートが離宮の重厚な玄関扉を開けて中に入ると、天井の高い明るい玄関ホールが広がっていた。
そして、すぐに執事が現れて挨拶をする。
「お腹空いたよな。ゆっくりしたいから部屋に食事を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
コンラートに続いて品の良い調度品の並ぶ廊下を歩いて、コンラートのいう部屋へ向かう。
「ここを夫婦の部屋にしたいと思ってる」
「えっ、ふ……ふうふ……?」
「俺たちのことだよ?」
先ほど婚約が決まったばかりなのに気が早い。メイシャルは夫婦という表現にドキドキした。
中はメイシャル好みの内装だった。不自然にならない程度にメイシャルの好きな色が使われており、メイシャルの好きな猫足の家具もいくつか取り揃えてあった。
本棚にはすでにたくさんの本が仕舞ってあった。もう見なくてもわかる。きっとメイシャルがコンラートに面白かった、興味があると手紙に書いた本が仕舞われているだろう。
「すごい! 素敵な部屋!」
「気に入った?」
「ええ! もちろん」
コンラートがメイシャルのことを考え用意してくれた部屋というのがとても嬉しい。
「それは良かった。シャル、お茶が入った。すぐに食事も運ばれてくると思うから、飲みながらゆっくり話そう」
メイシャルが部屋を眺めている間にメイドがお茶の準備をしてくれていたようだ。
コンラートはすでにソファに座っており、「ここに座って」と隣をぽんぽんと叩く。
メイシャルはコンラートの隣に腰を下ろした。
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