37 お披露目会
会場に入るとユルティナがこっそり手を振ってくれた。
ユルティナは宰相であるアザライア公爵の側におり、ファルダス王家の人しかいないのかと不安に思っていたので、ユルティナの顔を見て少し安心した。
王家の縁の者だけのお披露目会なので、集められた人数もとても少なく、落ち着いてよく見ると会場の端で警護する騎士の中にはコートニーもいた。
今日の主役はギルベルトとメイシャルだ。
ギルベルトに手を引かれ、会場の中央まで歩いていく。
チラリと壇上に目をやると豪奢で煌びやかな格好をした、ファルダス国王が玉座に座ってメイシャルを見ていた。その視線に鳥肌が立つ。
「メイシャル……、ごめんね」
ギルベルトがメイシャルにしか聞こえない大きさの声でそう言うと、ドンと押されて突き放された。
「メイシャル・リンツ・アマリア王女! あなたとの婚約破棄をここに宣言する!」
「え……?」
集められた僅かな人々が少しだけざわついたが、それ以上にガタッと大きな音を立てて立ち上がった人がいた。
「ならぬ!! ギルベルト! 何を以てそのようなことを言い出した!」
ファルダス国王が会場内に響き渡るほど大声で叫んだ。
「父上、メイシャル王女は王家の力を失ってしまったのです」
「はっ!? メイシャル王女が王家の力を失った? そんなバカな……?」
「事実ですよ。彼女は王家の力を使うことができなくなってしまった」
ギルベルトとファルダス国王が話をしているが、メイシャルには何のことだか分からなかった。
アマリアに帰ったときに騎士団で取り調べを手伝った。そのときには間違いなく王家の力は使えた。
頭の中はポカンとしていたが、コンラートは「俺たちに任せて」と言っていた。顔には出さないよう気をつけながら、成り行きを見守ることにした。
「王家の力がないのに、王家の力を持つ私と結婚し、子を成すのは良くないと思うのですが、父上はいかがお考えですか?」
「ギルベルトが王家の力を持っている……?」
「ええ、最近気が付いたのですが、私もずいぶん前から王家の力を覚醒していたのです」
「どう言うことだ……?」
「わしが見てやろう」
ファルダス国王の隣に座っていた老夫が立ち上がる。
「祖父上! ぜひお願いいたします」
ギルベルトはメイシャルに「君も行くよ」と声をかけて壇上へ向かって歩き出した。
「祖父上、お久しぶりでございます」
「久しいな、ギルベルト。幼い頃は何度か能力を見てやったが、今頃になって覚醒するとはな……」
「よろしくお願いします」
ギルベルトが手を差し出すと、先のファルダス国王である先王はギルベルトの手を両手で包み込む。
するとギルベルトの頭の周りにキラキラとした光が舞う。
「ほう……」
目を輝かせてその光を見たファルダス国王は思わず声を漏らす。
「これは、頭……記憶に関する王家の力じゃな」
「記憶に関する王家の力……?」
ファルダス国王は言われた言葉を繰り返す。
「言うなれば、絶対記憶というところでしょうか? 昔から一度読んだ本は忘れないし、聞いた話も忘れない。私はただ記憶力が良いのかと思っていたのですが、違ったようです。私の記憶は外部からの干渉を一切受け付けない」
ギルベルトはファルダス国王の耳元で囁いた。
「父上の失言も全て覚えていますよ」
「なっ……!!」
ファルダス国王は王家の力を持たないギルベルトをいつもユリエルと比べ、血筋が悪いと蔑んでいた。
その度に言い過ぎたと思い、ギルベルトに「今の発言は忘れるように」と記憶操作の力を使ってきた。
だが、ギルベルトはそれを全て覚えており、ずっと歯痒い思いを抱えてきた。
ファルダス国王は我が子に対する失言を知られていたとは思っておらず、青い顔でガタンと玉座に再び座り込んだ。
「祖父上、次は彼女をお願いします」
メイシャルはギルベルトに軽く背中を押されて、先王の前へ出た。
自分は王家の力を失ってなどいないのにどうするのだろう。不安な気持ちでギルベルトをチラリと見ると、ギルベルトは大丈夫と頷いた。
メイシャルは先ほどのギルベルトに倣って手を差し出した。
「よろしくお願いいたします」
「うむ……」
先王がメイシャルの手を両手で包み込む。
しばらくじっと待っても何も起こらない。
「ふむ……ギルベルトの言う通り彼女は何も力を持っておらぬ」
「えっ……」
メイシャル自身も知らない間に力を失っていた。
「父上! 本当にメイシャル王女は力を持っていないのでしょうか!?」
ファルダス国王が先王に問い詰める。
「アルフォンソよ、お前は私の力を疑うのか?」
「あっ……いえ、そうでは……」
「メイシャル王女よ。失ってしまった力だ。人前で試すことは憚られるか?」
先王がメイシャルに問う。
「いえ……。試させてください」
メイシャル自身も本当に力を失ってしまったのか気になるところだ。
「私に試すと良い」
ギルベルトが名乗り出る。
ギルベルトには何度も王家の力を掛けてきた。ギルベルトの王家の力、絶対記憶でメイシャルの従属の命を覚えていたとしても、命令通りに行動はする。
「ギルベルト・ローパー・ファルダス王太子殿下、あなたのお母様のお名前をお答え下さい」
ギルベルトがふっと笑って答えた。
「答えなければ、メイシャル王女の力が失われた証明になりますか?」
「まさか本当にっ……!?」
ファルダス国王は青い顔をさらに青くさせた。
メイシャルも自身が王家の力を失くしていたことに驚いたが、不思議とショックは少ない。
危険が迫ったときなど、何度か助けられたその力だが、そもそも力がなければもっと人を頼るようにしていただろうし、力を誤って使って人を殺しかけることだってなかった。そして、力を過信して危険な目に遭うこともなかった。
始めから王家の力など無ければ、無いなりの行動を取ることができたと思う。
「力を持つギルベルトと、力を持たないメイシャル王女との結婚は取りやめたいが……それだと同盟が……」
「父上、同盟の件は大丈夫です。メイシャル王女の王家の力の喪失を知って、アマリア王国へは同盟の条件変更について伺いを立てておきました」
「条件変更?」
「ええ、我が国の王太子とアマリア王国の王女との結婚を条件ではなく、我が国の王子とアマリア王国の王女との結婚を同盟の条件にさせてもらえないかと伺ったところ、アマリア国王からは了承をいただけました。こちらがその伺い書と了承の文面です」
ギルベルトの侍従がさっと二枚の文書を渡し、ギルベルトはそれをファルダス国王に見せつけた。
ファルダス国王は少し顔色を戻した。
「分かった。アマリア国王の許可も取れているようなので、メイシャル王女には悪いが、ギルベルトとメイシャル王女との婚約は解消させてもらう!」
ファルダス国王は婚約解消を宣言した。
「アザライア公爵よ、公式な文書を作成しアマリアへ使者を遣わすよう頼んだぞ」
「かしこまりました、陛下」
「そして、コンラート! こちらへ!」
「はい」
ファルダス国王に呼ばれてコンラートが壇上へ上がる。
「コンラート、そなたにメイシャル王女との婚約を命じる」
コンラートが膝を突いて礼をする。
「はい。謹んでお受けいたします」
立ち上がってメイシャルの前まで移動をし、再び跪く。
「メイシャル王女、どうぞよろしくお願いします」
コンラートはメイシャルの手を取って手の甲に口づけた。
メイシャルは涙を堪えながら返事をする。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
お読みいただき、ありがとうございました。




