36 アマリアへ帰国してから
「暇ね……」
内乱が収束して四ヶ月が経過した。
メイシャルの短かった髪も顎と肩の間くらいの長さまで伸びた。
帰国してすぐ、両親であるアマリア国王と王妃に顔を見せると、二人ともメイシャルの無事の帰りを喜んでくれた。
だが、不平等な同盟を何とかしたくて行動したことを報告したら、父王からは雷が落ちてきた。
叱られた後もしばらくの間「こうなる気がしたから、同盟のことは言いたくなかったんだ」とチクチクと叱られ続けた。
「ファルダス国王から何も言ってこないということは、取り立てて問題にする気はないのだろう。メイシャルはこれ以上余計なことをするのではないぞ!」
「ごめんなさい」
ギルベルトの予想通り、全てが黙認されているようだ。
コンラートからはたまに手紙が届く。婚約者をそっちのけで他の王子と手紙のやり取りをしていると知られると体裁が良くないので、コンラートはギルベルトの手紙に混ぜて送ってくれている。
ちゃんとした別れもできないまま帰国となってしまったので、初めて手紙が届いた時は嬉しかった。
コンラートの手紙は先々の不安を打ち消してくれる。
同封のギルベルトの手紙はひたすら謝罪が書いてある。今度は自筆の手紙のようだ。
コンラートの手紙の内容は大学生活のことや、シャルル、ギルベルト、ユルティナ、コートニーの様子などを書いてくれている。
そして、メイシャルについても色々と質問を書いてくる。好きな色、洋服の好み、好みの花の種類など何でも質問してくる。
贈り物でも考えてくれているのかなとワクワクしたが、装飾家具の好みまで聞かれたときにはどんな大きな贈り物が届くのか心配になってしまった。今のところコンラートからの贈り物は何もないのでいらぬ心配かもしれないが。
そして、コンラートからの手紙にはメイシャルの身体を気遣うような内容もあったが、アマリアに帰国してから一週間ほどで月のモノはやってきた。
コンラートの子どもは出来ていなかったので、それを理由にギルベルトとの婚約破棄はできない。
コンラートとは勢いで身体を重ねてしまったところもあったので、子が出来ていないことに残念な想いもあったが、ホッとしたというのが正直なところだ。
そのように返事をするとコンラートは手紙でとても残念そうにしていたので少し笑ってしまった。
手紙でいうと、たまにユルティナからも手紙が届く。
始めの一、二ヶ月ほどは、ファルダス国王からメイシャルを助けたお礼はシャルルとの仲を取り持つようにしてくれなど、下心がはっきりわかるような手紙を書いてきていた。
しかし、上品なユルティナはシャルルの口の悪さが気に入らなかったようで、しばらくするとそういった内容の手紙は無くなった。
シャルルは一人称こそ「僕」を使うが、王子なのにコンラートと同じように公式の場以外ではあまり丁寧な言葉は使わない。
ユルティナとしてはギルベルトのような丁寧な口調の貴公子然とした男性の方が好みだったようだ。
メイシャルがアマリアへ帰国してすぐに、内乱の首謀者が捕まり、メイシャルはアマリア騎士団での取り調べに駆り出された。
それが一段落すると、アマリアの王太子である長兄と共に内乱の起こった町の復興のため慰問にいった。
病院や孤児院を慰問するだけでなく、内乱に巻き込まれ損壊した建物の確認をし、王都に帰ってからはどこまで修繕の補助を行うか、などの予算繰りを決めたりと兄の公務の手伝いで帰国してから三ヶ月ほどは非常に忙しかった。
それがようやく落ち着いてくると、今度はやることがなく暇になってくる。
ファルダスでの学園生活は勉強ばかりしており散々なものだったが、大学生活は楽しかった。
好きにはなれないが、博識で教え上手なギルベルトと学ぶのも楽しかった。
困ったことがあればコンラートが助けてくれた。
少し前の出来事だが、懐かしい気持ちに浸りながらコンラートへ手紙の返事を書いていると、メイシャルの部屋へ侍女がやってきて、アマリア国王が呼んでいると告げた。
「お父様、お呼びですか?」
「メイシャルにギルベルト王太子から、伺い書が届いている」
「伺い書? ですか?」
「うむ。個人的なものでなく、国を通した公式なものだ。メイシャルがファルダスへ嫁ぐにあたって、ファルダス王家の縁の者を集めてお披露目会を行いたいらしい。結婚は一年半後を予定しているとか」
「一年半後に結婚……」
「浮かない顔だな」
アマリア国王は片眉を上げて、おや? という表情を作った。
「いえ……」
「それと……これは公式ではないが、ギルベルト王太子から同盟の内容を少し変更したいという伺う文書も届いている。まだファルダス国王には許可は取っていないらしいが、お前の様子とシャルルから聞いている話を合わせると了承した方が良さそうだな」
「同盟の内容変更?」
「ああ、またお前が余計な行動を取るといけないから、いずれ知る時までは言わないでおこう」
父王はニヤリと笑って、メイシャルを見る。
「まあ、悪いようにはならんさ。私だって娘の幸せを願っている。サプライズに存分に驚いたら良い」
「?」
メイシャルは意味がわからず首を傾げた。
メイシャルはアマリアで療養をしていることになっているので、お披露目会は断ることもできたが、父王に出席するよう言われたので、了承で返事を出した。
そしてひと月後、メイシャルはアマリアからファルダスへ向けて出発した。
◇
馬車の旅を終えるとファルダス王宮の前でギルベルトとコンラートが出迎えてくれた。
「久しぶりだね、メイシャル」
「シャル! 会いたかった!」
二人とも笑顔で出迎えてくれる。
久々に会えたコンラートに抱きつきたい気持ちを堪えて、挨拶をする。
人目があるところでそれをするわけにはいかない。
「お久しぶりです。お二人とも手紙をありがとうございました」
すぐにギルベルトがエスコートするために手を差し出す。
ギルベルトはメイシャルの婚約者だ。メイシャルもその手の上に自分の手を重ねた。
「ちょっと、コート! こわいこわい。顔が怖いよ。仕方ないだろう。もう少しの間我慢してくれよ!」
「兄さん、手以外の場所は触れないでくださいよ」
メイシャルの腰に手を回そうとしていたギルベルトがギクリとする。
ギルベルトのエスコートで賓客室まで案内された。
そして、メイシャルは侍女たちの手によってパーティーの始まるギリギリの時間まで磨き上げられ、用意してもらったドレスと装飾品で美しく着飾った。
女性にしては短めの髪の毛も不自然にならないよう髪飾りで工夫しながら結い上げてくれた。
部屋を出るとやはりギルベルトとコンラートが待っていた。
「わぁ! 本当に綺麗だね。私はこの先何度後悔しないといけないのだろうか……」
「自業自得でしょう。シャル、とても似合っている。だけどチョーカーが少し歪んでいるな」
さっとギルベルトが侍女の前に立ち、コンラートがメイシャルの首に両手を当てる。
「ありがとう……?」
直すのに手間取っているのだろうか。
そう思っていると、耳元でコンラートが囁いた。
「全部俺たちに任せてね」
「?」
「コート、できたか?」
「ああ、バッチリだ。じゃあ、俺は先に会場で待っているから。兄さん? 手以外は絶対に触れないでくださいよ」
「コート……わかったから、顔が怖いよ」
メイシャルは再びギルベルトのエスコートで会場へ向かった。
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