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31 メイシャルの謀略

 翌朝、コンラートが目を覚ますとベッドの上にいた。

 昨夜は酷く酔っていたが、ちゃんとベッドで寝ていて安心した。


「それにしてもすごい夢だったな……」


 メイシャルに想いを告げて、唇を奪った。そんなもの現実ではあり得ないのだが、いやにリアルな夢だった。


「俺はどこまで欲求不満なんだ……」


 コンラートは身体を起こして頭を抱えた。



 部屋をノックする音でコンラートはベッドから出た。


「おはよう、コート。昨夜はかなり飲んでいたが、大丈夫か?」

「トニー。問題ない、平気だ」

「コート、例の件、さっき急ぎの使いがやってきた」

「わかったのか!?」

「ああ……なかなか大変なことになっている。急いだ方が良いかもしれない」



     ◇



 メイシャルは翌日コンラートと顔を合わせたときどんな顔をするべきか悩んでいた。

 コンラートは夢だと思っていたようだから、何事もなかったかのように振る舞うべきか……。


 だが、メイシャルとコンラートが顔を合わす機会はずっとやってこなかった。



 急用が出来たとコンラートはコートニーと朝一番で宿を出たらしい。

 そして、王都に帰ってからもコンラートとコートニーは大学には来なかった。


 何かあったのか? ギルベルトに聞いても分からなかった。



     ◇



 コンラートが大学を休むようになって十日ほど経った。

 王宮と大学を往復する生活にも慣れてきて、王宮での生活もあと僅か。王宮で働くメイドや警護する騎士たちとも少しずつ声を交わして、ずいぶん名前を覚えることができた。


 そろそろ良いかもしれない。


 メイシャルはじっくりと機会を窺っていた。




「あら! シャルル様、こんにちは!」

「やあ、ティナ。今日はどうしたの?」


 絶妙なタイミングで王宮内でユルティナに会った。


「公爵家のお使いで、お父様にお届け物をしにきたのです」

「そうなんだ。僕も行っても良い? アザライア公爵に一度お目通りしたかったんだ」

「構いませんわ」



 ユルティナの案内ですんなりとファルダスの宰相であるアザライア公爵の執務室に入ることができた。


「お父様! こちら、アマリア王国の王子、シャルル様ですわ」

「初めまして、アザライア公爵。アマリア王国、第二王子のシャルルです」

「初めまして、シャルル王子。ファルダスで宰相を務めております、アザライアです」


 対面したアザライア公爵はユルティナと同じ金髪碧眼。蓄えた立派な口髭で貫禄があるように見えて、五十代くらいに見える。


「して、今日は何かご用が?」

「ええ」


 メイシャルはユルティナに声をかける。


「ユルティナ・アザライア嬢、アザライア公爵と二人で話したいから外してくれるかい?」

「はい、失礼します」



 ユルティナが部屋を出たのを確認してからメイシャルは話を始める。


「ブラッド・アザライア公爵、この書類に許可するとサインをして、承認印を押してください」

「わかりました」


 メイシャルはアマリアの宰相に用意させた、同盟を結んだ際の支援金の返還申請の書類をアザライア公爵に渡した。

 アザライア公爵はメイシャルの指示通りサインをし承認印を押印した。


 ――よし、計画通り。あとは国璽だけ……


「ブラッド・アザライア公爵、お答えください。国璽管理はどこでどなたがされていますか?」

「陛下の執務室で陛下が管理しています」


 この申請書を外交の正式な文書とするためにはファルダスの国の印章が必要になる。その印章を国璽という。


 ――やはり、国璽はファルダス国王の下ね……



 メイシャルはアザライア公爵が意識を戻すタイミングで話しかけた。


「アザライア公爵? どうしましたか?」

「私は今何を……?」

「私がご挨拶をさせていただいたところだったのですが、ぼーっとされていたので」

「えっ、これは大変な失礼を……」

「いえいえ、お疲れのようですので私はこれで失礼します」




 メイシャルは目的を果たして、上機嫌に部屋を出た。


「簡単だったなぁ」


 ぽそりと独りごちて王宮の廊下を歩く。



「シャルル様……?」


 その様子を廊下の陰からユルティナに見られていたのは気付かなかった。





 続いてメイシャルはファルダス国王の執務室へ向かった。今日、この時間帯に執務室にいるのは警備の騎士に確認して知っていた。



 向かう途中で警備の騎士に阻まれる。


「この先は、関係者でないと立ち入ることはできません」


 大丈夫、この騎士の名前はもう覚えた。


「ティモシー・ガーフィールド、通してくれ」

「はい」


 行く手を阻んでいた警備の騎士はすっと道を空ける。メイシャルはどんどん奥へと進む。


 ファルダス国王の執務室の手前でまた同じように騎士に行く手を阻まれるが、先ほどと同様に扉を開けてもらう。


「誰だ?」


 執務机の椅子に座っていたファルダス国王が声を上げた。


「シャルル王子か。騎士がいたはずだが? こんなところまで……どうやって……?」


 メイシャルはファルダス国王の執務机の前までツカツカと歩きながら言う。


「そんなことはどうでも良いではありませんか。それよりも、お願いがあってきたのですよ」

「お願い?」


 目の前の美しい壮年の男性は鋭い目つきで眉根を寄せた。


「ええ。アルフォンソ・ウィレム・ファルダス国王陛下、この書類に国璽を押してください」


 メイシャルは怯むことなく支援金の返還申請の書類を差し出した。


「国璽? この書類に? ……それは出来兼ねるな」


 ファルダス国王は書類を摘むように持ち上げ、ビリーっと真っ二つに引き裂いた。


「っ!!」


 メイシャルは予想外の行動に目を見開いた。

 そして、ファルダス国王が立ち上がる。


「アルフォンソ・ウィレム・ファルダス!! 動くな!」

「アザライア公爵からはしっかりとサインと承認印をもらうことができたのだな。クククっ……やはり素晴らしい力だ」


 ファルダス国王は動きを止めることなく執務机の引き出しから短剣を取り出し、メイシャルのいる側まで移動する。


「ふはははっ! すっかり騙されたよ!」


 そう言ってメイシャルの胸ぐらをグッと掴んで、短剣をシャツの中に差し込んだ。


 短剣を振り下ろすと中の胸当てごと引き裂かれ、メイシャルの肌が露わになる。


()()()はいけないな、メイシャル王女」


 メイシャルの胸には一筋の赤い線が入り、じわっと血が流れ出す。


「アルフォンソ・ウィレム・ファルダス! 動くな!」


 メイシャルはファルダス国王に再び動かないように命令するが、ファルダス国王の瞳の光は一向に失われる気配がない。

 それどころかファルダス国王はメイシャルに短剣の刃先を向けた。


「……な……なぜ……?」


 メイシャルは呆然とした。


「簡単な答えだよ。私の名前はアルフォンソ・ウィレム・ファルダスではない」

「……ち、違うはずがないでしょう!? 公表されている名前も外交書類に書かれる名前も全てアルフォンソ・ウィレム・ファルダスだった!」

「ファルダスでは王位を継ぐと中間名にファルダスの王を意味する名前が入るのだ。それを正式名として神殿に届け出をする。一般には公表しないため、正式な我が名を知る者はいない」


 まさか、一般に知られている国王の名前が本当の名前ではないとは……。それを信じて疑わずここまで来てしまった。ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。


「中間名に……ファルダスの王を意味する名前……」


 メイシャルは必死に考える。それがわかれば形勢逆転できる。


「はっ、考えても無駄だ。そなたにわかるような言葉のヒントを与えるわけがないであろう」


 メイシャルはファルダス国王を睨みつけて歯噛みした。


「メイシャル王女、王家の力を使って同盟の内容を変えるのはよくないのでは?」

「何を言う!! 最初に王家の力を使って支援金を受け取らせたのはそちらでしょう!!」

「はっ、どこにその証拠が?」


 証拠はない。全てがアマリア側の推測に過ぎない。




「はははっ、素晴らしい王家の力を持つ王女でも、何も出来なければ可愛いものだな」


 舐めるような視線を向けられて、メイシャルは背筋に寒気を感じた。


「メイシャル王女、豪胆で勇ましい性格は好ましいが、短慮で向こう見ずなところは頂けない。()()()をした子には仕置きをしないといけないな」

「……い……やっ……、なにをっ……!」


 メイシャルは破れてはだけたシャツの前を押さえて後退る。

 ファルダス国王はメイシャルに掴み掛かろうと腕を伸ばした。


「大丈夫だ。ちゃんと後で記憶は書き換えてやる」



 いやだ、こわい……逃げないと──

お読みいただき、ありがとうございました。

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