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30 夢の中

 忙しそうに給仕をする女将さんからなんとかトレイに載せた水の入った水差しとコップをもらうことができ、メイシャルは宿屋になっている二階へ急いだ。


 コンラートの部屋へ向かう途中でコートニーに会う。


「シャルル王子! ありがとうございます。後は私が持って行きますので、良いですよ」


 コートニーはコンラートの世話を引き受けるつもりだったが、メイシャルはトレイを渡さなかった。


「良い。やらせてくれ。コートにはたくさんの借りがあるから」

「……借りなんて気にしなくて良いと思いますが」

「さっきだって、麦酒を飲めない僕らのためにコート一人で頑張ってくれていただろう。少しでも彼の役に立ちたいんだ」

「まあ、そうおっしゃるならお願いします」


 コートニーは優しい表情でそう返事をした。




 メイシャルはトレイを片手で持ってコンラートの部屋の扉をノックした。



 返事がないので、再度コンコンコンとノックをするが、やはり返事がない。


 ドアノブに手を掛けると鍵はかかっていなかった。メイシャルは扉を開けて、中を覗いてみた。


「コート……? ……寝ているのかな?」


 奥へ進むとベッドで横になって眠るコンラートがいた。


 寝ているのなら仕方がない。ベッド横のテーブルにトレイを置き、立ち去ろうとした。


「……んっ、……シャル?」

「あっ、ごめん、起こした?」


 コンラートは眠そうに目を擦る。


「俺は夢にまで見るほど、想っていたのか……」


 コンラートがボソボソと小声で言ったがメイシャルには聞き取れなかった。


「ごめんね、お邪魔しちゃった。もう行くからゆっくり寝て」


 メイシャルがすぐに立ち去ろうとすると、寝ていたコンラートが手を伸ばしてメイシャルの腕を掴む。


「嫌だ。行くなよ。夢の中くらいずっと一緒にいてくれよ」


 グイッとメイシャルを引っ張りベッドの中に引き込んだ。


「えっ!? えっ……?」


 二人は一つのベッドの中で横たわり、コンラートはメイシャルを後ろから抱き込み、コンラートは首筋の匂いを嗅いだ。


「シャルは夢の中でも良い匂いなんだな……」

「あっ、ちょっと! くすぐったい……あっ、そこは……」


 コンラートは首筋に唇を当てながら、メイシャルの胸に手を伸ばした。そして、クスクスと笑う。


「シャルは夢の中でも胸当てしてるんだな」

「えっ……ゆめじゃ──」


 ないんだけど、と続けたかったが、寝ぼけたコンラートの動きは早かった。


「こっち向いて」


 メイシャルの片手を掴んで、もう反対の手はメイシャルの顎を掴む。


 コンラートは目元を赤くして、寝ぼけたような、酔っ払ったような、少し潤んでいつもよりも色気を含んだ琥珀色の瞳でメイシャルを見つめる。

 メイシャルは目を離せない。


 ――あっ……だめ……しちゃう……


 逃げなきゃと思っても、メイシャルは心の奥底では受け入れたがっていた。


「シャル、好きだ」


 ボソッと呟いた後、コンラートはメイシャルの唇に自身の唇を重ねた。


「っ!」


 コンラートは熱い唇をグッと強く押し付けた。

 ダメだと思っても、メイシャルは期待に胸が熱くなる。


 メイシャルはコンラートと唇を重ねながら自覚する。


 ――私……コートが好きなんだ……


 不毛な恋だと分かっていても好きな気持ちは止められない。自然とメイシャルの瞳が潤んでいく。


 そっとコンラートの唇が離れて、再び二人の視線がピタリと合う。


「……シャル……その顔されると止まらないんだけど」


 コンラートはメイシャルに覆い被さるようにして、両手を取ってベッドに押し付けた。


「シャル……夢の中でも王家の力は使えるのかな? 嫌ならちゃんと逃げなきゃだめだよ」


 ベッドの中に引き込まれた時点で、王家の力を使おうと思えば使えたのだ。だが、メイシャルはそれをしなかった。


「可愛い。シャル! 好き、大好きだ」

「っ……!」


 再び唇を重ね、すぐにコンラートはメイシャルの顔中に口づけを落とす。

 メイシャルは突然のことにぼーっとする頭でコンラートに返事をする。


「あ……コート、私も……あなたが……」


 「好き」と続けようとしたとき、部屋の扉がドンドンと叩かれた。



「シャルルーー!! まだここにいるのかーー?」


 ギルベルトの声がした。


「なんだよ。アイツは夢の中まで邪魔しに来るのか」


 コンラートは眉を寄せてそう言うが、これは夢ではない。

 ガチャっと扉を開ける音がして、メイシャルは慌てて声を上げる。


「ギルベルト・ローパー・ファルダス! そこで待て!!」


 それ以上扉が開く気配がなくなってホッと息を吐く。


「……コンラート・クルー・ファルダス、このまま目を瞑って……きっとそのまま寝られるから。おやすみなさい」



     ◇



「デザート用意してもらったから呼びに来たんだ」

「すまない。酔ったコートが手掴んだまま寝ちゃって離してくれなくてさ」

「私も飲ませてしまったんだが、コートは酔うと大変だね」

「そうだな」


 メイシャルはバクバクと激しく鳴る胸の音を誤魔化しながらギルベルトと会話をした。




 危なかった。自分はコンラートに何を言おうとしていたのか。

 たとえ好きになってしまったとしても、婚約者のいるメイシャルは、その想いを絶対に伝えてはいけない。永遠に心に留めておくべきものなのだ。

お読みいただき、ありがとうございました。

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