27 ユルティナ
「テーレグロッサ遺跡といえば、昔の王家の力に関する壁画があるのですよね? わたくしの王家の力についても面白い発見があるかもしれないからぜひご一緒したいのですが……」
「えっ? ユルティナ嬢も王家の力があるの? それって聞いても良かったこと?」
王家の力の有無や内容は秘匿とすることが多いのに堂々と発言するユルティナにメイシャルは驚いた。
「ええ! 構いませんわ。アザライア公爵家の六代前の当主の伴侶がファルダス王家のお姫様でわたくしにもごく僅かですが王家の血が流れているのです。本当に薄い血ですので、今公爵家で力を持つ者はわたくしだけですが」
「そうなんだね」
「ちなみに、わたくしの王家の力は寝ている方を起こすというものですわ」
「えっ? 寝ている人を起こす?」
あっさりと能力の内容も教えてもらえたが、秘密にしなくても良かったのかと心配になった。
そして、寝ている人を起こすという力は有用なものなのかメイシャルは疑問に思った。
「わたくしの持つ力はあってもなくても変わらない。その程度の能力なので、隠す必要もありませんし、使う必要もない力なのです」
「なるほど」
だからあっさりと能力をバラしたのか。
「王家の力のことが知りたいなら一緒に遺跡に行くのも良いかもしれないね」
「でも、ギルベルト殿下の元婚約者が殿下と一緒にフィールドワークをしていたということをメイシャル王女殿下が知ったら、嫌なお気持ちになるかしら?」
「元婚約者!?」
唐突に出てきた元婚約者という単語にメイシャルはまた驚かされた。
「ああ、メイシャル王女との婚約の話が出るまではユルティナ嬢が私の婚約者だったんだ。婚約していた期間も一年くらいだけどね」
メイシャルとの婚約の話が上がらなければ二人は結婚していたのかと思うとメイシャルは申し訳ない気がした。
「えっと……ごめ──」
「シャルル殿下! 勘違いしないでくださいね。わたくしはギルベルト殿下と結婚したかったわけではありませんから」
「あっ、そうなの?」
「ええ! 学園でのギルベルト殿下のお噂は他校にまで流れておりましたので、殿下と婚約が解消になって心底良かったと思っておりましたの。あれは誰も進言なさる方はいなかったのかしら?」
ギルベルトが色んな女子生徒に手をつけていたという噂のことだろう。ユルティナの率直な意見にギルベルトは気まずそうな顔をした。
「まぁ、あれは最悪だよね」
「うん、本当最悪」
思っていたが、なかなか言えずにいたことをユルティナが婉曲もなしに言ってくれたため、メイシャルもコンラートもそれに同意した。
「い、いや……流石に後悔しているんだ。母国での静養が必要なほど彼女を追い詰めていたのかと思うと、もっと手助けをしてあげなければならなかった……」
ギルベルトはメイシャルに国へ帰っては欲しかったが、心に傷を負って欲しかったわけではない。
ずっと無関心ではあったが、メイシャルにも困っている素振りが見られずに助けるまでもないと軽く考えていた。
ギルベルトは本当に後悔しているのか、ギルベルトがアンジェラの件以降に女子生徒を侍らせている様子は見なくなった。
メイシャルと一緒にいるときに寄ってくる女子生徒がいても、適当にあしらっている様子を何度も見ていた。
それに、メイシャルは静養なんかしておらずギルベルトの目の前で元気にギルベルトを非難しているので、ギルベルトの反省する様子を見ると少し言い過ぎかと思い、話を戻すことにした。
「えっと……ユルティナ嬢、あなたにギルに対する気持ちがなく、今は純粋な学友として接するのであれば、メイシャルはそんなことでいちいち嫉妬などしないと思うんだ。良かったら一緒にフィールドワークをしよう」
メイシャルは、ギルベルトにも物怖じせず率直に意見を言い、さっぱりとした態度で話をするユルティナに好感を持った。
「良かったです。ちなみにわたくしはシャルル殿下狙いなので、そういう下心もあって声をかけさせていただきました。よろしくお願いしますね!」
「え゛っ!!?」
良いのか? 良くない! いや、やっぱり良いかもしれない。
女のメイシャルの相手には良くないが、本物のシャルルの相手としてはファルダスの宰相の娘、筆頭公爵家のご令嬢なら申し分ない。
始めから堂々と宣言された方が、親切そうに近づいてきて媚薬を盛ってくる令嬢よりもよっぽど良い。
最終決定権は本物のシャルルにあるが、入れ替わっている間は兄のためにも良い関係を築くのも良いかもしれない。
それに、下心なら宰相の娘と聞いてお近づきになりたいと思ったメイシャルにもある。
「ありがとう。すぐに答えは出せないけど、前向きに考えるよ」
「まずはお互いのことを知るところからだと思っていますので、それで構いませんわ。ぜひティナと呼んでください」
「ティナ、よろしく」
◇
翌日、授業の休み時間、次の授業の教室への移動中にコンラートに聞かれた。
「ユルティナ嬢のことだけど……」
「ティナのこと?」
「ああ、シャルは男じゃないのに前向きに考えるって……」
「ああ! あれは兄のシャルルの相手に良いと思ってそう答えたんだよ」
「そういうことか……良かった。てっきりシャルがユルティナ嬢に興味を持ったのかと思った」
「ん? 興味はあるよ? さっぱりしてて良い子じゃない?」
「はっ? 相手は女だぞ? シャルは女同士もいけるのか!?」
コンラートは動揺して声を大きくした。
廊下を歩いていた他の生徒たちがチラチラと二人を見る。
「しーしー! 声が大きい」
「あっ……すまない……」
メイシャルはコンラートの腕を掴んで、人通りの少ない階段下に移動した。
「何言ってるの。メイシャルとしても友達になれたら嬉しいと思っているってことだよ」
「あっ……だよな! 変なこと言ってごめん」
コンラートの早とちりで二人の間に気まずい空気が流れる。
メイシャルは思い切って言いたかったことを伝えることにした。
「あ、あのさ……、媚薬のときもコートニーのときも、助けてくれてありがとう……。私がメイシャルであることも内緒にしてくれて……本当にありがとう」
本当はすぐにお礼を言いたかったが、なかなか二人になる機会がなく言えなかった。
メイシャルは媚薬のときのことを言うのは恥ずかしさもあり、顔を赤くして少しだけ俯いた。
「良いんだ。トニーのことは俺が悪いわけだし、媚薬のことは俺が助けてあげられて本当に良かったと思ってる」
「媚薬のときはさ……色々ちょっとおかしくなっていて……変なこと口走っちゃって……」
媚薬に充てられていたとはいえ、随分とはしたない発言をした自覚がある。コンラートに欲しいと強請った覚えがある。
しかも媚薬のせいとは言い切れない、メイシャルの本心からの気持ちもあり、メイシャルは顔から火が出そうなほど顔を赤くした。
またコンラートもその時のことを思い出した。
媚薬に浮かされていたとはいえ、メイシャルが自分を求めてくれる姿は嬉しかった。
ニヤケそうになる口元を押さえて必死で冷静を装った。
「媚薬のせいだから、仕方ない。気にするな」
「だからさ……あのときのことは忘れて欲しい」
忘れる?
確かにメイシャルにとっては忘れたい出来事かもしれないが、コンラートにとってはそれを一生の思い出に自分の気持ちを封印しようとすら思っていたのだ。忘れることなど到底出来そうにない。
「忘れられないよ」
コンラートは正直に答える。
その真剣な瞳に胸が締め付けられる。
「と……ところで、コートはいつ私がメイシャルだって気が付いたの?」
メイシャルは誤魔化すようにコンラートに尋ねた。
「ああ、それは……、新入生歓迎会のとき、シャルが酒に酔って暑いって言うから、外に出たときに服を緩めてやったんだ。そのときに……」
コンラートはメイシャルの胸を見たことを思い出して赤くなった。
「ごめん! 苦しそうだったから胸当てを外してしまったんだ!」
コンラートはそのときのことを正直に伝えた。
「えっ……胸当てを……?」
「ああ」
コンラートは赤くなりながらもメイシャルの目を見て真剣な顔で頷く。
うそでしょ……。メイシャルは胸を押さえて言う。
「……み、みた?」
「見た。しっかり見た。身体を見た責任を取ってくれと言うなら喜んで責任を取るけど?」
責任を取る。つまり……
顔を赤くしていたメイシャルは目を見開いてコンラートを見て固まった。
絶対にありえないのにコンラートとの結婚を想像して、メイシャルの鼓動がどきんどきんとうるさく鳴る。
固まったまま勝手にアメジストの瞳が潤んでくる。
メイシャルが瞳を潤ませてふるふると震え、コンラートの瞳とかち合う。
「っ! シャル……なんて顔をするんだ」
そんなコンラートに気があるような顔をされるとコンラートだって引けなくなる。
ギルベルトから奪ってやりたい気持ちを精一杯誤魔化して、今一緒にいるのだ。
――私……どんな顔してる……?
コンラートに言われて、メイシャルは恥ずかしくなる。
「あっ、やっ見ないで……」
メイシャルが片腕で顔を隠そうとすると、すぐにコンラートはその手を取る。
「見たい。シャル、可愛い……」
コンラートも目元を赤くして、熱に浮かされたような表情に変わる。
琥珀色の綺麗な瞳に見つめられ、バクバクと鳴る心臓の音が止まらない。
そこで、次の授業の始まりが近づいていると知らせる予鈴の鐘が鳴り響いた。
ギクリとして、メイシャルは我に返る、
「つ、次の授業は別館の教室だったんだ! 急がないと!」
メイシャルはその場にコンラートを残して走り去った。
「あっ、シャル! お、俺も同じ授業受けてるんだけど……」
取り残されたコンラートはため息を吐いてからぽつりと呟く。
「鐘、鳴らなかったらヤバかったかも……」
一方メイシャルも、かなり走ってコンラートの見えなくなった場所で、ゼーゼーと息を吐きながら呟いた。
「キス……されるかと思った……」
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