26 ギルベルトの違和感
メイシャルが王宮で過ごすことを選択したのは、コンラートに不毛な恋をしないため以外にも理由があった。
メイシャルは不平等な同盟をなんとかしたかった。
それはメイシャルの父であるアマリアの国王がメイシャルに前回の一時帰国まで同盟の事実を伝えなかった理由の一つでもあった。
メイシャルは強大な王家の力を持つゆえに、誰かに頼ることなく何でも一人で解決しようと行動しがちである。
同盟の件も事実を知ってしまうとアマリアのために危険を犯してでも同盟の内容を変えようと行動するのではとアマリア国王は危惧していた。
そして、アマリア国王の心配をよそに、案の定メイシャルはファルダスへ来る前にアマリアの宰相に同盟に関する書類を一つ作らせていた。
そんな謀略をめぐらすメイシャルにとっては、ファルダス王宮に気軽に出入りできる状況は非常に好都合だった。
――ギルに私には手を出すなと言ったファルダス国王の考えていることも気になるし……
王宮へ向かう馬車の中、ニコニコとした表情でメイシャルを見つめるギルベルトをそっちのけで、メイシャルは王宮に着くまでずっとあれこれと考えを巡らせていた。
◇
その日の晩のことだった。
「それで……なぜ王宮での晩餐にコートがいるのかな?」
貼り付けた笑みを引き攣らせながらギルベルトが尋ねる。
午前中に別れたはずのコンラートがなぜか夕食時の王宮の食堂の席に着いていた。
「たまたま用事があって王宮に来てみたら、父上からシャルル王子を交えてこれから晩餐だって聞いたんです。料理長に確認したら一人分くらいなら追加できるって言ってもらえたので、俺も交ぜてもらうことにしました」
「君の食事は寮で用意してもらっているだろう。寮に戻った方が良いんじゃないか?」
「寮での俺の食事は身体が人一倍大きいコートニーが俺の分まで食べてるでしょうから気にしなくても大丈夫ですよ」
ギルベルトの不機嫌そうな声を無視して、コンラートはニコニコと笑顔で答える。
「それにシャルル王子も人が多い方が楽しく食事ができるでしょう?」
「確かに楽しいけど……」
「シャルル王子はギルベルトだけでなくコンラートとも仲が良いのだな。アマリアと横のつながりが出来るのはありがたい。今後もぜひ良い関係をよろしく願いたいものだ」
「い、いえ、こちらこそよろしくお願いします」
同じテーブルに着いていたファルダス国王は満足げに言ったが、その後に続いた言葉で、食事の席は一気に暗いものとなった。
「メイシャル王女があれだけ素晴らしい力を持っているのだ。きっとシャルル王子も素晴らしい力を持っているのだろう。血筋の良いアマリア王家が羨ましい。ユリエルが亡くなってから、我が国の王子は血筋の悪い者しかおらず非常に残念だ……」
――えっ……私の王家の力のことを知っている?
だいたい他国の王子がいる食事の席で、自分の息子を貶めるような発言をするなんて……とメイシャルの顔は引き攣った。
「ああ、すまない。言いすぎたようだ。今のは忘れてくれ」
ファルダス国王は皆の目の前で指をくるくると回した。
「シャルル王子、うちの料理長の食事はファルダス一の腕前だ。メインはもちろんのこと前菜やデザートまでしっかり堪能してくれ」
「ええ、見た目も匂いもとても良いですね。食べるのが楽しみです」
メイシャルは先ほどの暗い雰囲気とは打って変わって、配膳された食事を見て明るく返事をした。
「シャル、料理長の肉料理は絶品だ。肉は好きか?」
「ああ、肉料理は大好きだ」
酷いことを言われたはずのコンラートも何事もなかったかのように明るく会話をしており、ギルベルトは違和感を覚えた。
――シャルルもコンラートも忘れてくれと言われて本当に忘れてしまったかのようだ……
皆が忘れてしまったかのように明るく振る舞っているのに自分だけが暗いのもおかしいかと、ギルベルトは違和感を抱えながらも明るく振る舞い食事を続けた。
食事を終えて、メイシャルは用意してもらった賓客室へ戻ろうとした。
「コート、君はそろそろ寮へ戻らないと門限があるんじゃないか?」
「まだ大丈夫ですよ。心配だからシャルを部屋まで送り届けてから帰ります」
「私がついているから心配するようなことなど何もないさ」
「あなたがついていることが一番心配なんです」
部屋に戻るだけで啀み合いが始まり、メイシャルはため息を吐いた。
「ギルベルト・ローパー・ファルダス、自室に戻れ」
「コンラート・クルー・ファルダス、寮に戻るんだ」
メイシャルは二人に向かって命令をした。
メイシャルの力では一分くらいしか効果はないが、その場から離れるのには十分だ。
「二人とも、おやすみ」
メイシャルは二人がメイシャルの指示通り動き始めたのを見て用意してもらった部屋へ戻った。
ギルベルトとコンラートはメイシャルの能力を警戒して、監視をするつもりなのかもしれないが、コンラートのように何度も心配だからと優しくされると好意があるのかと勘違いしそうになるのでやめて欲しい。
メイシャルはコンラートに王家の力を使うのは初めてだったが、コンラートはフルネームを呼ばれるとメイシャルの指示した通り動いた。
やはり、コンラートはただの騎士ではなく王子だったのだと再度、納得した。
◇
「歴史学のフィールドワークは休みの日を利用してテーレグロッサ遺跡へ行ってみないかい?」
「遺跡!? 気になる! 行ってみたい」
「俺も行きます」
「どうせ来ると思っていたよ、コート」
「わたくしもご一緒してもよろしいでしょうか?」
授業後に教室内で、論文提出のための実地調査の相談をしていると、聞き慣れない女性の声がした。
声のする方を見ると金髪碧眼の少しキツめに見える美人な女子生徒がいた。
「ユルティナ嬢! 久しぶりだね」
「ええ、ギルベルト殿下、お久しぶりです」
知り合いらしい二人はにこやかに挨拶を交わしていた。
「シャルル、紹介するよ。アザライア公爵家のご令嬢、ユルティナ嬢だ」
「アザライア公爵家の!?」
アザライア公爵といえば、ファルダス王国の宰相を務める、ファルダスの筆頭公爵家だ。
「シャルル王子殿下。アザライア公爵家長女のユルティナ・アザライアと申します。どうぞよしなに」
「アマリア王国、第二王子のシャルルです。ユルティナ嬢は一年生ですか? 学園でお会いしたことはありませんよね?」
三年間グリーンフォード学園で過ごしたが、こんな目立つ美人を見た覚えがない。
「はい。わたくしはグリーンフォードではない他の女学院からこの大学へ入学したので、シャルル様とお会いするのは初めてです」
「コンラート殿下も初めてですね」
「!?」
大学生活ではコートニーとして過ごしてきたのに、当たり前のようにコンラートと呼ばれて、どこから情報が漏れたのかとドキリとした。
「大丈夫です。しっかりとお父様から言い聞かされております。コートニー様とお呼びさせていただきますね」
「分かっているなら始めからコートニーと呼んでくれ」
コンラートは嫌そうな顔をした。
「ふふふっ、ちょっとした悪戯心です」
「ユルティナ嬢はなかなか良い性格してるね!」
同盟の件で、謀略をめぐらせるメイシャルにとって、ファルダスの宰相の娘という立場はぜひともお近づきになりたい魅力的な存在であった。
また、王子をヒヤヒヤさせるようなユルティナの大胆さもメイシャルの興味を引いた。
お読みいただき、ありがとうございました。




