24 コンラートの王家の力
もう一時間以上が経過している。
返り血を洗い流し、綺麗な服に着替えたギルベルトと共に、一言も発することのない沈黙の続く部屋で、部屋の主の戻りを待っていた。
今思えば不自然な点はあったのかもしれない。
学園の図書館の貴重な蔵書を汚してしまったとき「代わりの本はうちから学園に贈っておく」と言われ、子爵家でも学術的な古い書籍を所有しているのかと驚いたが、今ならわかる。学術的な古い書籍を所有していたのは子爵家ではなく王宮だ。
王宮の図書館へ行こうとしたときもそうだ。いつもなら必ずついてくるのに、その日は行かないと言った。
王宮に行くと王子であることがわかってしまうから、避けたのだろう。
ギルベルトの誕生パーティーも同じ理由で不参加にしたのだろう。
何度もコートニーのフルネームを呼んでも王家の力は効かなかったのだから、この不自然な点を逃さずにしっかりと考えていれば……
そもそもフルネームで名前を呼ばなければ……
酷い言葉で罵倒などしなければ……
考え出すとキリがない。メイシャルは自責の念に駆られていた。
無音な部屋にガチャリという扉が開く音が響いた。
部屋の主は手は洗ったのか綺麗になっているが、袖口やあらゆるところに血を付けて戻ってきた。
すぐにギルベルトが駆け寄って口を開く。
「コート! 彼は無事なのか!?」
「大丈夫! 傷は浅かったから、すぐに止血出来ました。今は自分の部屋で眠っています」
ギルベルトが尋ねると、極めて明るく応える。
「よ、かった……!」
メイシャルは大丈夫という返事に崩れ落ちそうなくらい安堵した。
気を抜いたら涙を流してしまいそうなほどだ。
ただ言われた内容には納得できなかった。
あれほどの出血は簡単に止血できるようなものではない。
「かなり深かっただろう! どうやって!?」
ギルベルトも同じことを疑問に思っていた。
「見た目ほど深くなかったんですよ。本当に無事ですから!」
これほど無事と念押しするくらいだ。確かに無事なんだろう。
だが、やはり納得はできない。
「コンラート・クルー・ファル──」
「うわー! シャル!! やめろよ! ちゃんと話すから!」
メイシャルが名前を口にするとすぐに制止された。
「コート……いや、コンラート王子。きちんと教えてください」
コンラートの瞳が真剣な目に変わる。
「……シャル、コートのままで良いよ。俺、コンラートの愛称はもともとコートだ。わかったよ、きちんと説明する」
コートニー──ではなく、コンラートが少し間を置いて話し始めた。
「コンラートのふりをしてもらっていたコートニーは本当に無事だ。傷は確かに深かった。もう少し遅かったら死んでいたと思う」
「なら、どうやって……?」
「俺の王家の力を使ったんだ」
メイシャルはすぐに納得した。コンラートであれば王家の血を引いているため、それができてもおかしくはない。
「コート! 君、王家の力が使えるのか!?」
ギルベルトは驚いて声を上げた。
「兄さん、黙っていてごめん」
「はっ? ギルは知らなかったのか?」
「私だけじゃない。コートが王家の力を使えるのは父上も誰も知らないぞ。どんな力が使えるんだ?」
「俺の王家の力は遡行だ。人に対してしか使えないが、触れた箇所の時を遡ることができる」
「遡行……時を遡る……」
ギルベルトはコンラートの言葉を繰り返すように呟いた。
「そう、だから俺はコートニーの首の傷口を切る前の状態まで時を戻した。傷は跡形もなく元通りになった。頭の方は弄ってないから、気を失ったままだけど、そのうち起きるだろう」
メイシャルはようやく腑に落ちた。
昨夜、媚薬に苦しめられたメイシャルはこの力のおかげで助かったのだった。
男の精を注がなければ解消できないと言われていたが、媚薬を飲んだメイシャルの口の中の時を遡ることで媚薬を飲む前の状態に戻したのだ。
「なるほど。コート、王家の力の話はまた後で。とりあえず、コートニーが助かって良かった」
「ああ……」
少しの沈黙が流れて、ギルベルトが口火を切る。
「それで? シャルル……君からの説明は?」
メイシャルはギクリとした。
故意ではなくとも人を殺そうとした。ちゃんと話さなければ。
「あれはコートニーが君の発言を実行したってことで良いのかな?」
何度かメイシャルの王家の力を目の当たりにしてきたギルベルトは、部屋でのメイシャルの気の落とし方で、なんとなく何故こうなったのかを察していた。
「……そうだ。僕が、命令したからコートニー・リーベントは死のうとした。僕の王家の力が彼を殺そうとした。それが全てだ」
「ごめん、シャル。俺は勘違いをしていた。君の王家の力は真実を聞き出す力だと思い込んでいた」
「合ってるよ。普段はその力以外使わないようにしていたから」
「わかりきった質問だけど、念のため聞くよ? コートニーを殺すつもりは?」
ギルベルトは極めて淡々とした口調でメイシャルに尋ねる。
「兄さん! そんな聞き方!!」
メイシャルが傷つくことを心配して、コンラートは声を荒げた。
「いや、良い、コート。ギル、僕に殺す意志はなかった。本当だ」
メイシャルは冷静に返事をした。
「分かったよ。ちなみにコートニーはシャルルから命令されたことや自ら首を切ったことって覚えているの?」
「いや、基本的に僕の王家の力は掛けた相手の記憶に残ることはない。コートニーは何が起きたか知らないと思う」
「ふぅん。私だけ例外なのかな? まあ、いいや。ごめん、シャルル。ちょっとコートと二人で話をしたいから、外してもらえる」
きっとメイシャルの処分のことだ。
「分かった」
メイシャルは大人しく部屋を出た。
◇
「事が大きすぎるからね。父上にも報告を上げなければならない」
「言う必要ないでしょう!! トニーは何が起きたか知らないんだ! 俺たちが黙っていれば問題ない!!」
「人が一人、死にかけたんだ。シャルルの力は強大すぎる。使い方次第ではファルダスの脅威になる」
「それは分かっています。でも、事の発端は俺のせいだ。俺がコートニーと入れ替わるようなことをしたから。処分があるなら俺が受けます!」
「そうだね。君に処分があるとすれば、私に代わって王太子をすることかな」
「はっ!!? 俺は王位を継ぐことは出来ませんよ!?」
「それだけ素晴らしい王家の力があれば庶子であっても父上は私よりも君を次代の王にしたいと思う。……私には王家の力がないからね。そうなると、メイシャル王女と結婚するのはコート、君だ」
「えっ……?」
コンラートはメイシャルと結婚という言葉に一瞬心が揺らぐ。
「いやいや! 待ってください。俺、王太子になんてなるつもりありません!!」
自分は騎士になりたいと思って生きてきた。そんな邪な思いで王太子になどなるものではないと思い直す。
「だよね。私も今までの努力を水の泡にされるようで、君に王太子を譲るのは嫌だ。父上にコートが王家の力を持っていると報告したくない。君も父上に言うつもりはないんだよね?」
「はい……」
「そうなるとシャルルの命令で命を落とし掛けたコートニーがどうやって死の淵から生還したのか説明が付かないから、何も報告出来ないね」
「兄さん……」
始めからそう言ってくれ。コンラートはギルベルトの出した結論にホッとした。
「でも、彼の力は本当に危険だ。彼がこの国にいる間は出来るだけ私が彼を見張るようにするべきかな」
「俺がシャルに付いているから、兄さんは何もしなくて良いです」
二人は視線を合わせて火花を散らした。
「まあ、シャルルの意見も聞いてみよう。とりあえず、惨劇の起きたあの部屋をなんとかしないとね。口の堅い掃除屋を手配するよう言っておくよ」
「そうですね」
お読みいただき、ありがとうございました。




