20 コートニー・リーベント
翌朝、部屋の扉をノックする音に起きた。
「……あれ? 私……」
媚薬に浮かされていたはずが、身体はスッキリ……というよりも何事もなかったかのような、いつも通りに戻っていた。
ベッドの上で身体を起こすと、ベッドの横に椅子があり、ベッドに突っ伏すようにそこでコートニーが座って寝ていた。
――そうだ……昨夜はコートニーに助けてもらったんだ……
そして、コートニーにとんでもないことを強請ってしまったと思い出し、身悶えしながら羞恥で顔を押さえた。
「何やってんのシャル……」
いつの間にかコートニーが起きていた。
「……おはよう……コート」
「おはよ、シャル。身体──」
大丈夫か? と聞こうとしたところで、再び部屋の扉をコンコンコンとノックされた。
「俺が出てやるよ」
「あ、ちょっ──」
ベッドの上のメイシャルに気を遣ってか、コートニーが扉を開けてくれた。
扉の向こうにいたのはコンラートとギルベルトだった。
コンラートの後ろに立っていたギルベルトは扉が開くと同時にコンラートを押し退けて前へ出た。
「シャルル! 身体、大丈夫かい!? 君に媚薬を盛ったセレシュ伯爵家の令嬢の処分だが──」
しかし、メイシャルではなくコートニーが現れて固まった。
コートニーは寝起きで、着ていたシャツのボタンを上から三つほど外して乱れた格好をしていた。
「な、なんでコートが……シャルルの部屋から出てくるのかな……?」
ギルベルトの顔は最大級に引き攣っていた。
そして、ギルベルトが奥を覗くと、ベッドの上で掛け布団を必死に引き上げるメイシャルが見えた。
恥じらうようなその素振りにショックを受けた。
そんな中、メイシャルは布団の中で胸当ての釦を急いで止めていた。
熱くて知らぬ間に外していたのだろう。
シャツを着て、なんとか男の格好が出来上がった。
コンラートが部屋の扉を閉める。
「シャルル王子が媚薬を盛られたと聞いたので、念のため熱冷ましを用意して持ってきたんですけど……」
そう言って、入ってすぐのところにある棚の上に熱冷ましの薬湯を置いた。
「その様子ですと……媚薬を盛られた日、一晩を二人で過ごし……? もしかして……お二人は……」
コンラートは顎に手を置き推理でもするようなポーズをとった。
「やめろ! 言うな! 聞きたくない!!」
ギルベルトは両手で耳を塞いで騒いだ。
「コート! 大丈夫、私は男同士のそういうのに偏見はないぞ!」
コンラートが胸を張ってコートニーに言う。
「ふははははっ! だって、シャル! 俺たち男同士でも堂々と付き合えるなっ!」
コートニーはコンラートとギルベルトの勘違いに悪ノリをしたが、メイシャルはシャルルに不名誉な噂が立ってはいけないと焦った。
「コートニー・リーベント!! 馬鹿! 阿呆! 死ね! 変なことを言うな!」
「アハハハ──」
コートニーが面白がって笑っていると、トーンの違う返事が聞こえる。
「はい、わかりました」
声の主はコンラートだった。
「えっ?」
コンラートは素早く胸ポケットから短剣を取り出し、自分の首に突き立てて、躊躇いなく短剣を振り抜いた。
あっという間の出来事だった。
隣にいたギルベルトは返り血を浴び、目の前で起きた出来事に目を見開いて固まった。
どさっとコンラートが倒れる。
「トニー!? トニー!!」
コートニーが、聞きなれない名を叫びながらコンラートに駆け寄る。
「しっかりしろっ! おい! トニー!」
「何が……起こったんだ……?」
ギルベルトは後退りしながら呟いた。
一方メイシャルは心当たりがあって、口を押さえてカタカタと震えた。
――私が殺したんだ……
コートニーはメイシャルの異変にいち早く気付く。
まさかと思いつつも、あの様子だときっとそうなんだろうと理解する。
「トニー、ちょっと待ってろ……」
コートニーが首から血を流して倒れているコンラートから離れ、メイシャルの下へ行く。
コートニーが近づいてきて、メイシャルは何を言われるのかビクビクと怯えた。
何を言われても仕方がない。メイシャルが覚悟を決めて目をギュッと瞑ると、コートニーはメイシャルを抱きしめた。
「シャルは悪くない。俺が悪いんだ。シャルのせいじゃない。責任は全て俺にある」
それだけ告げてすぐにメイシャルを離し、コンラートの下へ戻った。
血が溢れ出る首を両手で押さえながら、ギルベルトに向かって話す。
「兄さん! シャルを連れて俺の部屋にでも行っててください……。その血、誰にも見られないように部屋まで行って洗い流して、俺のになるけど適当な服に着替えてて」
コートニーはギルベルトに鍵を投げ渡した。
「コート! どうするんだ!?」
「なんとかしますから! 出ててくれ!」
「……わかった。行こうシャルル……歩けるかい?」
ギルベルトはベッドの上にいたメイシャルの背中に手を添えて、歩き出すように促した。
メイシャルはコクリと頷き歩き出した。
◇
先ほどの会話で確定した。
王家の力は絶対だ。
本気ではなかったが、メイシャルがコートニーに死ねと言ったら、コンラートだと思っていた人物が自ら首を切った。
第二王子の護衛だと思っていた人物が王太子であるギルベルトのことを兄さんと呼んだ。
そして、メイシャルは人を一人殺した。
自分の力のことはちゃんと認識していた。
一分程度しか効果はないが、メイシャルの王家の力は従属だ。相手に命令をして服従させることができる。
一分程度しか効かないから、永遠に相手を支配するようなことはできない。だが、どんな命令でも必ず従うため、使い方によっては相手を死に追いやるほどの強大な力になる。
死ねと言えば、相手は何がなんでも死のうとする。殺せといえば殺人だって平気でする。
それを理解していたからこそ、アマリアでは意図的に真実を問うこと以外に王家の力を使わないようにしていた。
フルネームを口にするときは、命令にならないように気を付けていた。
ファルダスに来てからは、真実を問うこと以外に何度か王家の力を使った。何かに追い詰められたとき、逃げ出すときに使った。
父王からも危険を感じたときは容赦なく力を使うように言われていた。
だけど、先ほど力を使ったのは全く意図しなかったものだった。
今までコートニー・リーベントとフルネームを呼んでも力が効かなかった。だから、先ほども無意味な罵倒のつもりで言っただけだった。
本当に殺すつもりなどなかった。
メイシャルがコンラートだと思っていた人物は死んでしまったのだろうか。
メイシャルが殺してしまったのだろうか。
メイシャルは、コートニーだと思っていた人物の部屋のベッドの上で膝を抱えて蹲った。
お読みいただき、ありがとうございました。




