17 誕生パーティー
「ギルベルト・ローパー・ファルダス、答えろ。何を懸念している」
メイシャルは思わず王家の力を使った。
「父上は王家の力に強いこだわりを持っている。だが、私は王家の力を持っていない。そして、王家の力を持つメイシャル王女には絶対に手を出さないようにと私に言った。王家の力を持つ子を望む父上は自ら、メイシャル王女に子を孕ませようと考えているのではと懸念しているのだ」
そんなこと想像もしなかった。
メイシャルはショックで手に力が入らない。顔を青くして手に持っていたノートをパサリと落とす。
――なんてこと……私があの国王と……
メイシャルがカタカタと震えていると。
「今の王家の力?」
ギルベルトがノートを拾ってメイシャルに渡しながら尋ねた。
「えっ?」
何故ギルベルトは普通に話ができるのか。本来であればメイシャルの王家の力を掛けられた相手はその間の記憶が無くなるはずだ。掛けられた直後も一分程度だが、放心状態になる。
「あ、良いよ。王家の力については国家機密だ。なんとなく君の言葉には逆らうことができずに本音を言ってしまったということにしておこう。私に王家の力がないということも秘密にしてくれ。それと……今言ったのは私の推測であって、父上の本心はわからない。だが、父上の企みが分かるまではメイシャル王女にはファルダスへ絶対に来ないように言ってほしいんだ」
「……わかった」
卒業式の日にギルベルトがメイシャルに告げた「国へ帰った方がいい」というのはこういう意味だったのか。
ギルベルトはそれ以上、王家の力について尋ねてくることはなかったので、何も答えずにその日はそれだけで別れた。
◇
そして迎えたギルベルトの誕生パーティーの日。
「え? コンラート王子は出席しないの?」
「ええ、すみません」
コンラートはコートニーをチラッと見た。コートニーはふいっと目を逸らす。
「私は庶子なので、あまり公に出るようなことをしたくなくて」
「そうかー。コートニーも来ないんだろ?」
「ああ、参加には伯爵家以上の身分が必要らしいからな」
「まあ我々は参加できませんが、シャルル王子はお酒の飲み過ぎに注意して楽しんできてください」
「ああ、最近鼻炎がすごくて、薬を飲むようにしてるから今日は酒は飲めないんだ」
「それなら安心ですね」
会話が一区切りしたところで、ギルベルトが寮の玄関にメイシャルを呼びにきた。
「シャルル、迎えに来たよ! さあ行こう」
「わざわざ、馬車の用意をありがとう」
メイシャルは後ろを振り返りコンラートとコートニーに別れを告げる。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
玄関でコンラートとコートニーと別れてギルベルトと一緒に馬車に乗り込んだ。
「ギル、誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
「今日の主役なんだから、準備色々あったんじゃないか? わざわざ迎えに来なくても一人で行けたのに」
「私が迎えに来たかったんだ。今日のシャルルは前髪を上げているんだね! とってもかわい……じゃなくて格好良いよ」
「ありがとう」
メイシャルはシャルルが夜会に出る時の姿を真似て身支度をした。
「でも、支度も王宮で私の侍従に手伝わせればよかったのに」
それは一週間以上前から言われていたが、身支度の世話をされて女であることがバレるといけないので、丁重にお断りした。
「ところで、シャルルはダンスは踊れるのかい?」
「……い、一応は……」
王族なので問題なく踊れる。ただし、女性パートのみ。
メイシャルはパーティーに参加すると決まってから必死に男性パートを練習し、一通り踊れるように頭と身体に叩き込んだ。
しかし、練習相手がいたわけではないので、ちゃんと踊ることができるのか非常に不安だった。
「なら良い。隣国の王子が出席すると噂になっている。きっと貴族令嬢たちが君の下へ群がってくるからね」
メイシャルはそれを想像して青ざめた。
下手なダンスをしてシャルルの名誉を傷つけるわけにはいかない。
「……踊らないってのはダメかな?」
「ふははは! 苦手なのか? 令嬢たちは楽しみにしてるから少しくらいは踊ってあげなよ。私も君が踊るところは見てみたい。本当は私が相手してあげたいくらいだけど」
「は、はははは……」
メイシャルは苦笑いをして誤魔化した。
◇
どうなることかと思ったが、ぎこちないながらもなんとか踊れている。
「シャルル様はアマリア王国に婚約者などいらっしゃるのですか?」
「いないよ」
ダンスを踊りながらこの質問をされるのはすでに三回目だ。
ファルダスがアマリアを下に見ている傾向があっても、王子という身分は魅力的なのかもしれない。
「次はわたくしと踊ってください!」
次々と令嬢がやってくるが、そろそろ疲れてきたから休憩したい。
そう思っていると、横から腕を引っ張られた。
「そろそろ、私と歓談する時間をくれないかい?」
「ギル!」
割って入ってくれたのはギルベルトだった。
ギルベルトの誘導でダンスホールから外れることができて一息ついた。
「良かった。助かったよ」
「お役に立てて何よりだ。少し食事でも取ってきてあげるよ」
そういって、メイシャルをその場に残し食事のあるコーナーへと歩いていった。
「楽しんでいるかい?」
「ファルダス国王陛下!」
ギルベルトを待っているとファルダス国王に話しかけられた。メイシャルは一瞬顔が強張ったが、必死に笑みを貼り付けた。
「今宵はお誘いくださりありがとうございます」
「いやいや……本来であればこの場で学園を卒業したメイシャル王女を紹介しようと考えていたんだ」
「すみません」
真実を問いたい。だが、この場では人目がありすぎる。メイシャルはグッと堪えた。
「いや、こちらに非があることなんだ。シャルル王子が謝ることではない。さあ、君ももっと飲んで楽しんでくれ」
そう言ってファルダス国王はメイシャルにワインの入ったグラスを渡した。
「ありがとうございます」
メイシャルが一口飲むと、ファルダス国王は納得した顔をして去っていった。
さて、受け取ってしまったワインをどうしようかと考えていると──
「陛下から受け取ってしまったのですね。今日は薬を飲まれているからお酒は飲めないっておっしゃっていたのに」
「陛下から渡されたんじゃ断れないよ」
「シャルル様、こちらは中身が葡萄ジュースなので、そのワインと交換してくださいませ」
「えっと……」
先ほどダンスを踊った……
「クラリッサ・セレシュ嬢、ありがとう。助かるよ」
念のため、メイシャルは一口飲んで、本当に酒ではないかを確認した。味は間違いなくジュースだった。
「シャルル様はギルベルト殿下と仲が良いと聞きました」
「ああ、そうだね。彼は大学では頼りになる先輩だ」
食事を取りに行ったギルベルトがそろそろ戻ってくるかと向こうを見てみると──
「あら、ギルベルト殿下、ご令嬢に捕まってしまったみたいですね」
「そうみたいだね」
踊り疲れた喉の渇きを葡萄ジュースで潤していると、他の令嬢に腕を取られてダンスホールに引っ張られているギルベルトが見えた。
令嬢と踊るギルベルトをぼうっと眺めていた。
王宮のキラキラしたダンスホールで優雅に踊るギルベルトは王子様らしく様になるなぁと他人事のように見ていた。
もうメイシャルの中でギルベルトは恋愛の対象ではなくなったのだろう。嫉妬もしないし、落胆もしない。
そんな風に眺めていると徐々に身体が熱くなってきた。
お酒は一口しか飲んでいないはずなのにおかしい……。
お読みいただき、ありがとうございました。