15 体調不良
「コートニー・リーベント! 答えろ! 歓迎会の日、一体何があった?」
「言わないよ。口にするのも忌々しい……」
「ダメか……」
メイシャルは何度かコートニーに王家の力を試しているが全く効果がなかった。
「そんなことよりさ、シャルル? なんで最近あんなにギルベルトと親しげなんだよ?」
相変わらずコートニーは本人のいないところで王子を呼び捨てにしている。
「いや……だってギルが、話し方変えないと去年の試験対策ノート貸してくれないって言うから」
「ギ……ギル……!?」
コートニーは目を見開いて固まった。
「コートニー・リーベント、どうした?」
「俺のことはフルネーム呼びで、ギルベルトのことは愛称呼びかよ……」
「はあ?」
「俺のこともコートって呼べよ!」
「あ、う、うん。別に良いけど……」
「俺もお前のことはシャルって呼ぶ!」
「えっ?」
「良いだろ?」
「ま、まぁ良いけど……」
メイシャルは許可をしてから思う。本当に良かったのか。
メイシャルは母の名がメイヴィスで、父王は母のことをメイと呼ぶため、メイシャルの愛称はシャルになった。そして、家族間ではシャルルのことはルルと呼んでいる。
だからこの場合、コートニーにはルルと呼ぶようにお願いするべきだったのだが、つい慣れ親しんだ愛称に許可を出してしまった。
――まぁ、愛称くらい良いかな……
「やった! シャル!」
たかだか愛称を呼ぶだけなのになぜこんなに嬉しそうなんだ。メイシャルにはさっぱりわからなかった。
◇
「これからルーウェン大聖堂へ?」
「ああ! シャルル、今日の午後は授業ないだろ? マーラー大司教が珍しく説法をしてくれるらしいんだ。宗教学のレポートに役立ちそうだから私と一緒に聴きに行かないか?」
「うーん……そうだね。じゃあ、いこ──」
メイシャルは授業の後、廊下をギルベルトと並んで歩いていた。
メイシャルは今までギルベルトに蔑ろにされてきた過去があるから、やはり嫌だと感じたら昨年のノートを借りるだけでそれ以上の交流を止めてしまえば良いとすら思っていた。
しかしギルベルトは意外にも優しく、大学で学ぶ上でとても頼りになる先輩だった。
そして今日は王都にある大聖堂に行こうと誘われて、レポートを書く参考になるならと、誘いを受けようとしたが──
「行きません」
後ろから腕を引かれて、足を止めた。
「え?」
腕を引いたのはコートニーだった。
「はぁ、またコートか……」
ギルベルトはため息をついた。
ギルベルトがメイシャルをどこかへ誘うと大体コートニーが付いてくる。
「なぁ、コート。君も付いてくるのは構わないが、シャルルが一緒に行こうとしているのに勝手に断るっていうのは違うんじゃないか?」
「いいえ、行きません! シャル! 今日はお前もう帰れ!」
いつもコートニーは付いてくるが、流石に勉強の邪魔をしたりはしなかった。だが今日はいつもと違って頑なに断ってくる。
「シャル、お前自分で気付いていないかもしれないけど、今日ずっと顔色悪いぞ」
「え?」
自覚がなかった。言われてみれば確かに身体が怠くて重いような気がする。
「確かに青白いね。シャルル気付いてあげられなくてごめん。無理していたんだね。今日はやめておこう。部屋まで送るよ」
「俺が送ります」
「コート、君は第二王子の護衛だろう? 第二王子のところへ行きなよ」
「あいつは護衛なんかいりません」
今日もなんだか二人の間に火花が見える気がする。
「それよりギルベルト殿下は大司教の説法を聞いて、シャルのために要点でもまとめておいてくださいよ」
「ギル……ごめん。悪いけどお願いできるか?」
「……わかった。仕方ない。君のために聴いてくるよ。君は部屋に戻ってゆっくり休め」
「すまない。ありがとう」
メイシャルは眉を下げつつ、ギルベルトを見上げて礼を言った。
「気にしないで」
ギルベルトはメイシャルの頭をポンポンと撫でたが、すぐコートニーがメイシャルの腕を引いて、ギルベルトから離された。
「シャル、部屋まで送る」
「いや、平気だよ。一人で戻れる」
「俺が平気じゃないから送る」
俺が平気じゃないってなんなんだ? 不思議に思っているとコートニーはメイシャルの腕を引いてズンズンと歩き出した。
「あっ、ギル、ごめん! また明日」
「お大事に」
慌てて後ろを振り返り、ギルベルトに別れを告げた。
「あっ、ちょっと! コート!」
「あ、ごめん。早かった?」
「いや、平気だけど……何か怒ってる?」
「あんな奴に頭を触らせるなよ!」
「頭くらい良いだろう?」
メイシャルは男として過ごすうち男同士の距離感にも慣れてきて、少し触れられるくらいは普通に思っていた。
「なんだかコートはギルに嫉妬しているみたいだな」
メイシャルがクスクスと笑う。
「嫉妬してるんだよ!」
「?」
顔を赤くしてハッキリと言われて、メイシャルも赤くなってしまう。
男同士で嫉妬なんてあるのかとドキドキとしてしまって、今度はメイシャルが少し足早にズンズン歩いた。
「あっ! ちょっと、待て、シャル!」
「ん? なに?」
再び腕を取られて足を止める。
「ズボンに血が付いている……」
コートニーがメイシャルの耳元でこっそりと告げる。
――いけない! 月のモノだ……
メイシャルは真っ青になって立ち尽くす。
コートニーはすぐに着ていた騎士服の上着を脱いでメイシャルにかけてやった。
コンラートよりは小さいがコートニーも背が高いので、メイシャルは血の付いたお尻の部分までコートニーの上着ですっぽりと包まれた。
「ダメだ、コートニー! お前の上着が汚れる」
「血付けたまま歩いているより良いだろ。それより身体大丈夫か?」
「あ……」
なんて説明しようか……。
男なのに月のモノがきたなんて言えない。
メイシャルがそう思っていると、コートニーの方から助け船を出してくれた。
「わ、若いのに、尻の病気になったりするんだな!」
「そ、そうなんだ! 昔からでさ、困っちゃうよな」
――あぁぁぁ……シャルル、ごめん!
メイシャルはコートニーの言葉を否定せず、シャルルをお尻の病気に仕立て上げた。
「うぅぅぅ、お腹痛いよぉ……」
メイシャルが寮の部屋に戻って、確認するとやはり月のモノがきていた。
出血を確認すると本格的に痛みがやってくる。
いつもよりも早いタイミングで準備をしていなかった。新たな環境に思った以上にストレスを感じていたのかもしれない。
早々に夜着に着替えて、ベッドに横になり下腹部の痛みと戦っていた。
コンコンコンと扉をノックする音が聞こえ体を起こす。
「シャル! 俺だ」
「コート?」
メイシャルがベッドから出ようとすると、コートニーが扉越しに話し始める。
「そのままで良い! ここに薬置いておくから……痛み止め。えっと……尻の病気だけじゃなくて、痛み全般に効くやつだから、必要なかったら頭痛がする日にでも飲んでくれ」
「……ありがとう、コート」
ベッドから出て、ドアを確認するとドア下の隙間から封筒が入っていた。
その封筒の中には鎮痛薬と『お大事に、コートより』とコメントが書かれたコートニーからの手紙が入っていた。
メイシャルはコートニーの気遣いに心が温かくなり、薬も飲んでいないのに痛みが楽になった気がした。
お読みいただき、ありがとうございました。