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13 ギルベルト

 ギルベルトには幼い頃、ユリエルという名の優秀な異母兄がいた。第一王妃の子どもで父の期待を一身に背負った兄だった。


 それが、ある日突然ユリエルはいなくなり、ギルベルトが王太子になるべく、王子教育を詰め込まれた。

 今度はギルベルトが父の期待を背負う番かと、勉学に勤しみ、剣術を学び、できるだけ政務にも携わるようにしてきた。



 そんな日々をずっと続けてきたが、ギルベルトの努力も虚しく、父王がギルベルトを褒めることはなかった。

 血筋が悪いと何度か言われるが、ギルベルトの努力でなんとかなるものではない。



 アマリア王国の王女との婚約が決まったときもそうだった。父から期待されているのは王女の方でギルベルトは名前だけの婚約者に過ぎない。


「アマリアの王女には絶対に手を出すな。お前は彼女の隣に立つだけで良い。彼女の血がファルダスを強くする」


 白い結婚ということか? 父王は何かを考えているようだが、相変わらずギルベルトにはなんの期待もかけられない。

 名ばかりの王太子で名ばかりの婚約者。


 実の父から自分よりも期待されている婚約者など、愛することができるのか。

 ギルベルトは婚約者であるメイシャルの対応は全て侍従に任せることにした。


 努力が報われない憂さを晴らすように、学園で女の子へ粉をかければ面白いくらいに引っかかる。

 誰もが期待をするような目でギルベルトを見てくる。ギルベルトにとって学園での生活は楽しかった。


 だが、次第にそれも飽きてくる。貴族の女はプライドが高く素を見せない。上品な言葉で縋り付いてくるが、泣いたり笑ったり怒ったりする顔はほとんど見せない。


 そんなとき、綺麗なアメジストの瞳を涙で滲ませて、怒りを露わにして罵倒してくる少女に出会った。

 たまらなく綺麗だった。


 彼女と再び出会うことは叶わなかったが、その一年後に学園の中庭でわんわんと泣きわめく別の少女に出会った。

 エヴァンス男爵家のアンジェラとの出会いだった。



「超むかつく! あのクソ女! 伯爵家だかなんだか知らないけど! あの男だって私から誘ったわけじゃないもん。あの腰抜け野郎の方もあんなクソ女の尻に敷かれて、あんな奴、私だって願い下げよ」


 ぶちぶちと芝生を抜きながら罵詈雑言を並べ立てていた。


 貴族の女の子であんなに口の悪い子は初めて見た。


「大丈夫? 手が荒れてしまうよ?」


 ギルベルトは興味本位で話しかけ、ハンカチを差し出した。


「だぁれ?」


 少し垂れ目で幼い顔立ちをしたピンクベージュの髪をした少女は立ち上がると、幼い顔立ちに反してギルベルトの好みの身体つきをしていた。


「私のこと知らない?」

「知らない……」


 この国の王太子なのに自分のことを知らないとは。ギルベルトはビックリしたが、それはとても新鮮だった。


 男爵家の庶子で三年前に母親が亡くなって男爵家に引き取られた彼女は、平民生活が長かったせいか貴族らしくない言動が多く一緒にいると楽しかった。

 貞操観念は低いようで求めればすぐに身体を開いてくれて、ギルベルトは溺れるように身体を重ねた。


 成績も悪く、マナーを知らない彼女は貴族令嬢の反感を買うことが多かった。


「よくこの成績で入学できたね……」

「でしょ! お父さんが推薦状書いてくれる人探しまくったって言ってたわ!」

「……そう、胸を張って言うことではないかな」


 エヴァンス男爵家は金で爵位を買った家だ。

 困窮している貴族に金を貸していると言う話も聞く。おそらく推薦状を書いてもらうためにたくさんの金を積んだのだろう。


「それより! ほら見て! また教科書グチャグチャにされてたの。ひどいよね」

「ああ、これはひどい」

「だからさ、ギルがなんとかして!」

「そうだね」


 ギルベルトは一年生のフロアでアンジェラを大切にしている様子を見せつけて、生徒たちを牽制すると、アンジェラの受けていた嫌がらせは減っていった。

 そして、アンジェラもギルベルトと一緒にいると嫌がらせを受けることはなくなるので、ベッタリとくっつくようになった。

 ギルベルトも嫌がらせの抑止力になるのならとそれを受け入れた。


 ギルベルトはふと思う。

 メイシャルが嫌がらせを受けてる場面を何度か見たが、彼女が誰かに助けを求めることはあったのだろうか。

 たまたま出くわして手を貸す人間はいたかもしれないが、彼女は一人で毅然と振る舞っていた。


 自分でなんとか切り抜けようとする彼女と人任せなアンジェラを比較してしまい落胆してしまった。すぐに比較するなど良くない、自分を頼ってくれるなんて可愛げがあって良いじゃないかと思い直した。



「ねぇ、ギルはいつ婚約破棄するの?」

「えっ? しないよ。そんなこと出来ないよ」

「なんで? 私のこと愛しているんじゃないの?」

「ああ、アンジェラのことは愛しているけど、それと結婚は別の話だよ」

「どうしても婚約破棄できないの?」

「無理だよ。メイシャル王女が醜聞を犯したり、犯罪者になるくらいしないと」

「ふーん」


 例として挙げてみたが、あの王女が醜聞や犯罪など現実味がない。例えあったとしても父王が揉み消しそうだ。それくらいに父王はギルベルトとメイシャルとの結婚に拘っている。



 メイシャルの卒業式の日、メイシャルは父王の要請により卒業後は王宮に上がると言った。

 結婚前からわざわざ王宮に上がる?

 王太子妃教育など、やるべきことはあるのかも知れないが……。


 父王はギルベルトに王女には手を出すなと言った。王家の血にこだわる父はもしかして……。今になって、嫌な予感が頭を過ぎる。探った方が良さそうだ。


 そして、その日アンジェラはメイシャルを盗人扱いし返り討ちにあった。

 あれは完全にアンジェラが悪い。


 眼鏡を外したメイシャルはとても綺麗だった。

 髪ごと切り落として髪飾りを突き出す過激さ。格好良いとすら思えてしまった。

 

 父王の企みが今ひとつハッキリしない中、メイシャルを王宮に行かせるのは心配に思った。

 彼女を怒らせてしまったが、国へ帰ると言ってくれて良かった。


 それにしても……怒った彼女もとても綺麗でしばらくは心臓がうるさく鳴り響く音しか聞こえなかった。



 メイシャルをアマリアへ帰してしまったため、父王からは大激怒された。

 父王は怒りのままに学園でメイシャルに不敬を働いた者を調査して、大々的に処罰した。


 その後、父王からは早くメイシャルを連れ戻してくるように言われたが、それはしなかった。

 メイシャルへは何度か手紙を送ったが、一切返事が来なかった。

 彼女が学園にいた三年間、彼女とはほとんど接してこなかった。きっと愛想を尽かされたんだろう。

 しかし、父王の企みがハッキリするまではファルダスには来ないよう伝えたくて、大学に入学したメイシャルの兄シャルルに話を通してもらおうと考えた。





 それなのに……


 ギルベルトは男にキスをしたのなんて初めてだった。告白だってそうだ。


 ずっと探していた綺麗な少女──男だったわけだが……に会えて舞い上がってしまった。

 ギルベルトは考える。いやいや、自分の好みは女性のはずだ。恋愛の対象も女性。出来れば女性らしい身体つきの方が嬉しいし、胸が平らな男なんてありえない。


 だが、胸ぐらを掴まれ罵倒されたときのことを思い出す。

 酔っ払った潤んだ瞳に睨みつけられ、ゾクゾクと興奮した。


 ――…………いや、ありだな。

お読みいただき、ありがとうございました。

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