魂の輪廻
私が自らの「能力」を語る前に、
「あの男」の事を語らねばならない。
3年前、
自ら命を落とした・・・いや、
命を全うした、菊門切れ痔郎の事を。
「なあ正明、物の記憶って知ってるか?」
菊門切れ痔郎は、グラスに注がれたビールをグイっと飲み干し、
柴田正明に語り掛ける。
「物の記憶?そりゃあ何ですか?」と、一応聞いてはみるが、
この話は切れ痔郎から何度も何度も聞かされていた。
「その話は聞いたことあります」
なんて言おうものなら顔面に鉄拳が飛ぶので、
まるで初めてのように聞くのが一番なのだ。
「例えばよ、このビールグラスが見てきた記憶を俺は見る事が出来るんだ。
この居酒屋が開店した時から、今日までの記憶がな。
雨の日も風の日も、暇な日も忙しい日も、その記憶がまるで走馬灯のように、脳内を駆け抜けるんだよ」
「ほほう、では見て下さいよ、このグラスの記憶を」
「今は出来ねぇ」
「それはなぜですか?」
「物の記憶を見る時は、その物を肛門に突っ込まなければならないんだ。
なんなら、今からやってやろうか?」
そう言い、切れ痔郎がベルトをカチャカチャと鳴らすのを、正明が慌てて止める。
「いやいやいいです、大丈夫なのでズボンを上げて下さい」
このやりとりは、もう何十回と繰り返されている、お決まりの展開なのだ。
そして、いつものように
「俺の肛門はな、もうズタズタに切れてるんだよ。でもな、舐めんじゃねぇぞ。俺の肛門を。
ブツがデカくて切れたことなんざぁ一度もねぇ。
物の記憶を見る時は、肛門に差し込んだ後、グッと力を入れなきゃならねぇ。
このグラスなんかだったら・・・パリン だよ」
そう言って、菊門切れ痔郎は、ニヤリと笑った。
若い女が路上で倒れているのを、通行人が発見、通報した。
女は心臓を刺され、即死。
心臓を貫いたナイフは、女に刺さったままだったので、犯人はすぐに見つかると思われていた。しかし・・・
くそっ!
苛立ちから正明は机をドンっと叩く。
事件が発生してから一か月、被害者女性の人間関係を調べてみたが、怪しいと思われる者は誰一人といなかった。
怨恨でないとすれば、物取りか
いや、女性のカバンの中には、財布もスマートフォンも残されており、
何かを取られたわけではないようだ。
とすれば、ただの通り魔か・・・
犯人に関する手掛かりは何一つ掴めていない。
時間だけが、漠然と過ぎてゆく。
このままでは、事件が風化して、そして新たな被害者が出るかもしれない。
何か、何か手掛かりはないのか?犯人に繋がる手掛かりは。
あのナイフは?
いや、犯人は手袋を着けていたようで、指紋は検出されなかった。
その時、正明はハッとする。
先輩刑事であり、相棒である菊門切れ痔郎の姿が見当たらない。
「まさか・・・な」
しかし、胸に広がる違和感とざわつきを、正明は消すことが出来ない。
部屋を出た正明は地下フロアに走る。
ここには、過去に起きた事件の証拠品が保管されている。
当然、今回の事件のナイフもだ。
地下フロア
そこに、全裸の菊門切れ痔郎はいた。
準備は万端という事か。
「やはり来たのか、正明」
「やめてください、切れ痔郎先輩。今回はナイフですよ、死んでしまいます」
「しかし証拠がこれしかない。もはやナイフの記憶を読む以外、犯人を捕まえることは不可能だ」
「犯人は、俺が捕まえます。証拠は探します。張り込みも聞き込みも、徹夜でも何でもします。だから「正明!」
正明の声をかき消すように、切れ痔郎が声を上げる。
「正明よく聞け、男には一生に一度、命を掛けなきゃならない時があるんだ。それが・・・今なんだよ!」
「切れ痔郎先輩・・・」
もはや、菊門切れ痔郎を止めることはできない。
「正明・・・見とけよ、俺の生きざまを!デカの魂を!!」
そう叫ぶと、菊門切れ痔郎はナイフをブスリと肛門に差し込んだ。
瞬く間に、大量の血が流れ落ちる。
あまりにも凄惨な光景だが、正明は目を逸らすことが出来なかった。
菊門切れ痔郎の生きざまを、死にざまを、魂を胸に刻むために。
「正明・・・犯人は40代男、身長は165センチ前後の小太り、自転車に乗って逃走、犯人の住むアパートは・・・・・」
犯人はすぐに見つかった。
菊門切れ痔郎の発言通り、犯人の住むアパートを特定し、話を聞いたところあっさりと自白。
切れ痔郎の事は残念ではあったが、事件は解決した。
だが、話はこれで終わりではない。
菊門切れ痔郎が命を落とした瞬間、正明の脳内に、
切れ痔郎が歩んできた人生が、走馬灯のように流れたのだ。
これは・・・物の記憶なのか?
しかし、なぜ?
正明には、物の記憶を見る能力など持っていない。
無理やりこじつけるとするならば、切れ痔郎の能力を、正明が受け継いだとも言えるのだが、
その後、何度試しても物の記憶を見る事は出来ない。
最初は「練習」として、綿棒やボールペンなどの細い物で試したのだが、全て失敗に終わっていた。
「俺の肛門じゃぁ、ダメなのかな・・・」
自信を無くし、ため息をつく正明。
いや、そんな事はないはずだ。
切れ痔郎先輩も言っていた。
「俺の肛門はズタズタだ」「ブツがデカくて切れたことなんざぁ一度もねぇ」と。
まだまだ足りない。もっともっと肛門を鍛えれば、もしかしたら・・・
「こんばんは、正明さん。久しぶりだね、忙しかったの?」
そう言ったのは、SMクラブ女王様のゆうり様だった。
「ああ、ちょっとデカいヤマが立て込んでいてね」
「ふーん、やっぱ刑事さんは大変だね。それで、ある程度は片付いたの?」
「まぁ・・・ね」
少し気まずい沈黙流れた後
「いつもみたいな感じでいいのかな?」
「いや、今日はこれをお願いしたいんだ」
そう言い、正明は極太のアナルバイブを取り出す。
「これを・・・これを俺の肛門に差し込んでくれ!」
そう叫んだ時、正明の指がスイッチに触れてしまったのか、
アナルバイブがクルクルと回転する。
「私は別にいいんだけどさ、正明さんアナル開発してた?」
「今はボールペンが精一杯だ」
「いやいや、じゃあ無理だよ。これ結構太いじゃん」
「無理でもいい、切れてもいい。俺の肛門に差し込んでくれ!」
その声を聞いた後、ゆうり様の穏やかな顔つきが変わる。
「いつまでグズグズしてるんだい?さっさと服を脱いでケツを向けな!」
「は・・・はい!」
(今後は直径をΦ=パイと記し、数値はミリ単位とする)
しかし・・・ダメだった。
どれだけ頑張っても、正明の肛門に極太アナルバイブは入らなかった。
まだ開発の進んでいない正明の肛門は、Φ10程度しかないのだ。
極太アナルバイブはΦ50を超える。そりゃあ無理なもんは無理なのだ。
「くそ!俺じゃダメなのか!くそっ!」
Φ50極太アナルバイブのを手に泣き崩れる正明。ちなみにスイッチは入ったままだ。
「ねぇ正明さん、これはまた今度頑張ろう。まだ時間あるよ。いつもみたいにする?」
ゆうり様の優しい言葉に、正明はうなずくしかなかった。
「ほら!これが気持ちいいんだろ?この変態が」
「はいっ!もっと、もっときつく縛って下さい」
ゆうり様の言った「いつもみたいにする?」とは、
正明の体に亀甲縛りを施し、踏みつけながら鞭で叩くというものだった。
痛みに耐えながら、恍惚の表情を浮かべる正明。
その手には、極太アナルバイブが握られている。
そして正明が絶頂を迎えた瞬間、脳内に駆け巡る記憶。
「これは物の記憶・・・極太アナルバイブの記憶だ!」
アダルトショップに陳列された極太アナルバイブは、様々な人の手に取られ、笑われ、そしてまた棚に戻されていた。
陳列から1か月が過ぎた頃、ついに極太アナルバイブは購入される。
それが正明だった。
極太アナルバイブは正明の肛門を見つめていた。
何度も何度も。
しかしダメだった。
何度試しても、極太アナルバイブは入らない。
絶望し、涙を流す正明の姿を、極太アナルバイブは見つめていたのだ。
そうか、そういことだったのか。
物の記憶を見る条件は、何も肛門に差し込むだけじゃなかったんだ。
今正明は、縛られ、踏まれ、叩かれていた。
「自分が一番興奮するシチュエーションで絶頂を迎える」
これが物の記憶を見る条件だったのだ。
「ありがとうございます。ゆうり様・・・いや、あなたはボクの天使です。
これからはラブリーアイドル☆彡ゆうり様と呼ばせてください。」
唐突な正明の言葉に
「はぁ?」
百戦錬磨のゆうり様もそう答えるのがやっとだった。
物の記憶を見る事に成功した正明は、亀甲縛太郎と改名した。
そして難事件が起こるたび、ラブリーアイドル☆彡ゆうり様をお呼びするのだった。
出演
亀甲縛太郎(柴田正明)
菊門切れ痔郎
ラブリーアイドル☆彡ゆうり