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夜闇にまぎれて  作者: タチバナ
第1章「夜闇にきみと」
7/7

7.己己己己已己巳己

 天川高校は昔、天川学園という名前の中高一貫校だったらしい。

 しかし、学園長の交代を機に学校の運営方針が変更され、中学は別の場所に天川中学校として設立および分離されることとなった。

 その名残で、この高校の敷地内には校舎がふたつ残ることとなった。それならばということで、中学校だった校舎は改装され部室棟へと生まれ変わったのだそうだ。

 俺は初めてこの高校に部室棟があると知ったとき贅沢なものだなと思ったものだが、そうした経緯を聞けば納得はいく。


 ……のだが、この状況においては、新聞部の奴らが立派な個室を貰って活動している事実に、俺は少々の腹を立てていた。

 そんな新聞部の部室は日当たりもよさそうな3階の角部屋に生意気にも構えられていた。


 兎にも角にも豚の角煮も、俺はその扉の前に立っていた。そして、そのまま扉をノック、……しなかった。

 考えてみれば、どうして俺を貶めるような記事を書いた奴らに、ご丁寧に俺の往訪を知らせてやる必要があるのか。

 むしろ俺の顔を見て引き籠られたり逃げられたりしたら厄介だ。どうにか訂正の記事を書かせてやるためにも、そうはさせない!

 そっとドアノブを捻る。不用心なことに鍵はかかっていないようだった。

 ……いや、それどころか、よく見ればドアノブのやや上に「御用の方はご自由に」というプレートが取り付けられていた。

 おいおい、他人の個人情報も保管してあるんだろ? 泥棒でも入ったらどうするつもりなんだ。

 俺はそこまで考えて、こっそり盗撮や盗聴をする奴らにまともな倫理観などないということに気が付いた。

 とるのが自由ならとられるのも自由ってか? おかしな奴らだ。俺はゆっくりと扉を開く。


 その部屋はまるで物置のような細長い空間だった。いや、もしかしたら実際ここは元々美術室か理科室あたりの準備室だったのかもしれない。

 電気はついていなかったが、小窓は入口から見て正面と右側にふたつずつあり、頭上から差し込む光だけで明るさは十分だった。

 左端には奥側にロッカー、手前側に本棚が並べられており、右端の奥にはデスクトップパソコンとモニター、あとはマウスとかキーボードとかが置かれた机があった。

 椅子はキャスター付きの事務用のもので、背もたれもしっかりあった。しかし、そこに座っているはずの人物は部屋のどこにも見当たらなかった。


 留守、……ってことはないよな。おそらくだが、連絡板に校内新聞を張り出してからそれほど時間は経っていないはずだし、戻って来ていてもおかしくない。

 だが、トイレにでも行っているのなら、それはそれで好都合だ。今のうちに録音データとやらを見つけて消去してやろう。


 そう思いながら、俺はパソコンの置かれた机に近付く。そして適当にキーボードのキーを叩いてやる。

 すると、真っ黒だったモニターの画面にはロック画面が表示され、パスワードの入力を求められた。

 ……そりゃまあ、そうだよな。さすがに誰でも簡単に操作できるほど、セキュリティは甘くないようだった。

 俺は溜息をついて、録音データの消去は諦めかけたが、目を落とすとそこにはボイスレコーダーのような黒く細長い機械が置かれていた。

 その上部のふたつの角には不思議なデコレーションがしてあった。悪魔……、あるいはコウモリの翼のような漆黒の翼のアクセサリーが付けられていたのだ。


「もしかして、これか……?」

 とりあえず手に取って確かめてみる。そのデコレーションを無視するならば、デザインは非常にシンプルだ。

 再生ボタンと録音ボタンが横に並べられ、その下には巻き戻しボタン、停止ボタン、早送りボタンらしきボタンが同じく横に並べられていた。

 あとはメニューボタンやらなんやらもあったが、おそらく俺の叫び声が最新の録音データだから、再生ボタンを押すだけでそれを確認できるのではないかと思った。

 ともかくもたもたしていると、新聞部の奴らがここに帰ってきてしまうだろう。ひとまず俺は再生ボタンを押してみた。


「…………? うん? 何も聴こえないぞ?」

 これだけでは録音データを再生したことにはならないのかとも思ったが、上部の画面を見ると再生時間が表示されており確かに再生はされているようだった。

 ……いや、よく耳を澄ますと、微かな物音が聴こえる。ボリュームを上げるボタンは、側面のこれか……?

 俺は最大まで音量を上げて、スピーカー部分に耳を当てる。一体なんだ、この何かガラスをコツコツと叩くような音は……?


『ぎぃぃいいいいぃいいぃいいいいいぃいいいいい……!!!』


「うぎゃあ!? なんだこりゃ、耳いってえ!!」

 突如鼓膜を貫いた不愉快な引っ搔き音に驚いて、俺はその機械を床に落としてしまう。

 ガラスを爪で引っ掻く音かよ!? 一体どうして、そんなもんが録音されているんだ!?

 俺はそのまま尻餅をついて、うしろのロッカーに頭をぶつけてしまう。まさに踏んだり蹴ったりだ。

 つーか、こんなところにロッカーがあって、地震なりで倒れてきたらどうすんだよ……。パソコンごと潰れちまうだろうが。

 俺はそんな訳の分からない文句を内心呟きながらも、落とした機械を拾い上げるために、床を這いつくばるような形で右手を伸ばした。


「ふぎゃ!!?」

 しかし、その手が機械に届くかどうかという瞬間、俺の背中を誰かが踏みつけていった。

 そして、その誰かはその機械を拾い上げると、まるで今俺の存在に気が付いたかのように見下ろしながら振り返った。

 な、なんだこいつ……? 一体どこから現れたんだ?

 俺のうしろには窓しかない。小柄な人物ならギリギリ通れるくらいの大きさだが、そもそもここは3階だぞ……!?

 ……いや、常識的に考えるならば、ロッカーの中にこっそり隠れていて、音も立てずに出てきたということか。


 そう思いながら、前を向くと、そいつの足が見えた。靴は黒い革靴で靴下は紺色。

 そのまま見上げていくと、ミニスカートがあり、そ、その中身がちらりと……。

 そこで俺ははっとなり、目を床に伏せた。み、見てない……、ギリギリ見てないぞ、俺は……!


「おやおや、これは力次郎くん。教室でかわいい動物のAVを観たあとは器物破損……、しかも女子のスカート覗きでぃすか?

 いやはや、変態の上に犯罪者とは救いようのない男子生徒でぃすねえ? きーしっしっし!!」

「ス、スカートの中は見てない! つーか、どれもやってねえよ!! 別にその機械も壊れてないだろ!!

 っううぅうう……、くっそ……!」

 俺は床に目をやったまま、何者かも分からない女に向けて叫んだ。そして、頭と尻に痛みを感じたままどうにか腕の力で体を起こして立ち上がった。

 目の前の女は俺より頭ふたつは小さい。1年生かとも思ったが、胸のリボンが黄色だったので俺と同じ2年生だろう。……つーか、こいつ胸でかいな。

 髪型は肩までの短いおさげだが、芋女って感じではない。むしろキラキラした目とギザギザした歯には、少なくとも小動物的かわいさがあるというか……。

 正直顔だけなら結構好みだ。それにどことなく影山さんと同じオーラを感じる雰囲気で……。


 ……ってちょっと待て、俺。一体何を考えてるんだ!? こいつは多分俺を貶める記事を書いた新聞部のひとりなんだぞ!?

 というか、さっきの話しぶりからすると、こいつが――。


「はじめまして、筒井力次郎くん。と言っても、あちしはきみのことをすでに存じているでぃすが……。

 とりあえず自己紹介といきましょう。あちしは新聞部部長・己己己己已己巳己。気軽に敬意を込めて『こみっきー様』と呼ぶがいいでぃす」

 そいつは俺が訊ねるよりも前に、そう名乗った。やはりこいつが部長……。

 まさか女だったのか。男だか女だか人間だか妖怪だか分からない名前しやがって。

 しかも気軽に呼んで欲しいのか、敬意を込めて呼んで欲しいのかどっちだよ。

 いずれにしてもそんな呼び方するわけねえ。こんな奴、『已己巳己』で十分だ。已己巳己、已己巳己……。よし、呼ぶぞ!


「い、已己巳己……、さん……」

「はいでぃす。まあ、その呼び名でもいいでぃす」

 うぉおおおおぉおおお!!? 俺は一体なんでこんな奴に、さん付けしているんだ!?

 顔が好みの女ならなんでもいいのかー!?

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