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夜闇にまぎれて  作者: タチバナ
第1章「夜闇にきみと」
6/7

6.連絡板の前で

 あれから何度か、せめて影山さんの誤解は解けないかと隙を窺ってみたが、彼女はずっと友達と談笑していたり先生に何か相談していたりと話しかけるタイミングがなかった。

 まあ、仮にひとりでいたとしても「さっきのAVの件なんだけど」なんて急に話しかけたら、きっと不審者扱いされてしまうことだろう。――万事休すだった。

 そのまま下校の時間となり、ちらりと影山さんの席を見たが、そこに彼女の姿はなかった。

 もう帰ってしまったのかとも思ったが、鞄はそのまま置いてあった。彼女は帰宅部のはずだが、どこへ行ったのだろうか。

「えるるんになんか用? さっき職員室に用事があるって出ていったけど」

「ああ、そうなんだ。……いつ頃戻ってくるかな?」

「そんなの私が知るわけないっしょ。明日にしたら?」


 俺が昼休みのあと、何度も影山さんの席の周りをうろついていたせいだろう。

 影山さんの友達がそんな風に話しかけてきた。……まあ、彼女の言う通りだな。今日はもう帰ろう。

 そんな俺を見て悠人が近付いてくる。

「いつまで落ち込んでんだよ、リキ。さっさと気分を切り替えようぜ」

「お前のせいだろ……。今日はバスケ部の活動はいいのか?」

「あー、今日は別にいいかな」

 ……別にいいかって。サボりかよ。

 結局、理科研究部にも入らなかった俺が言うことじゃないが、少しは真面目に活動したらどうなんだ。

 こいつの場合、ただモテそうだからって理由でバスケ部に入ったんだろうな。

 そう思いながらも、いちいち突っ込んでも仕方がないので、俺は呆れながら帰り支度をした。

 そして悠人とともに教室を出て階段を降りると、何やら連絡板の前で生徒たちが集まっていた。


「なんだなんだ、また生徒会長様のありがたいお触れでも出たのかあ?」

 悠人がそんなことを呟く。俺たちが通うこの天川高校の生徒会長と言えば、花道勝利はなみちかつとしという男子生徒のことだ。

 俺たちと同学年の高校2年生で一学期から生徒会長を務めているというのもすごいが、親父は日本を代表するメガバンクのひとつである『三海みかい銀行』の頭取だというから、さらに凄まじい。

 そして、まだ生徒会長になってからひと月ほどだというのに改革を進めていて、「男子も女子も髪型は自由とすること(ヘアカラーは禁止だが、白髪染めはOK)」「持ち物検査で没収されたものはその日のうちに返却されなければならない」など、生徒にとってはありがたい規則を次々に作っていったらしい。

 そのため、先生からはよく思われてないというような噂も聞くが、親父が教育関係者に対しても圧をかける力を持っているせいか、表立って反発する先生はいないようだ。


 ……ちなみに影山さんは生徒会長と付き合っているのではないかなんて噂もあった。生徒会長自ら否定したことで、その噂は立ち消えたのだが。

 テストの成績でも学年で1、2を争うふたりだし、ほんの少しお似合いだと思ってしまったのは内緒の話だ。

 なんにしても我が校の生徒会長は、男子にも女子にも人気のある完璧超人みたいな生徒だということだ。


 しかし、それにしても。この生徒たちの盛り上がりようは、生徒会長のお触れとは毛色が違うような気がする。

 なんというか、信じられないような噂で盛り上がってる感じというか、まるで週刊誌の記事でも見たような反応というか……。

 ……いや、待て。なんだか嫌な予感がしてきたぞ。俺は生徒の群れをかき分けて、その連絡板の前に向かった。

 そこに張り出されていたものは生徒会長のお触れなんかじゃなく、校内新聞だった。そして、こう書かれていた。


『我が校の生徒にアニマルファッカーが!? 昼休み中にアニマルビデオを観ていた男の秘密に迫る!!』

「な、なんだこりゃあぁあああああああ!!」

 その記事に書かれた男とは紛れもなく俺のことだった。さらにご丁寧に俺がアニマルビデオを観ていたときの写真まで貼ってある。

 い、いつの間にこんな写真が撮られていたんだ!? というか、これって盗撮じゃないのかよ!?

 しかも今日の出来事を帰りまでに記事にするなんて、あまりに仕事が早過ぎるだろ!

「おい、リキ。お前一体何を叫んで――」

 悠人も俺のあとを追ってきたが、校内新聞の記事を見るなり固まった。

 かと思うと、ぷっと吹き出して、大声で笑い出した。

「ぶははははっ! 傑作だな、これ! アニマルファッカーだってよ!!

 よかったじゃねえか、リキ! これでちゃんと誤解は解けたみたいだな!!」

「これはこれで誤解なんだよ!! 笑ってんじゃねえ!!」

 そして俺たちが騒いでいると、周りの生徒たちもひそひそと話し合い始めた。


「ねえ、あの男子。記事に書かれてる子じゃない?」

「ああ見えて、かわいい動物を見て欲情してる奴なのか……」

「まさかうちの学校にそんな変態がいたなんてね……」

 ああ、やはりこれはこれでまたとんでもない誤解が広まっている。

 俺はただ動物たちの姿を見て癒されてるだけの、どこにでもいる普通の男子生徒だってのに!

 俺は慌てて周りに釈明をした。

「違うんだ、これは! よく聞いてくれ!

 俺はただちょっと動物の動画を観ていただけなんだよ!

 アニマルファッカーだなんだってのは、この記事の勝手な憶測に過ぎないだろ!?

 そんなもの簡単に信じないでくれよ!!」

「……でも、この記事の最後のほうを見てよ。ちゃんと証拠もあるって」


 ひとりの女子生徒がおずおずと校内新聞を指差して言った。

 なんだよ、見出し以外にも変なことが書かれてるってのか!?

 俺は最後までその記事を読んでみた。するとそこには、こう書かれていた。

『なお、当該の男子生徒は「俺は人間の女の子よりも、かわいらしい動物のほうが好きなんだ」と校舎裏で叫んでいたことも確認されている。

 そのときの録音データは、新聞部部長である己己己己已己巳己いえしきいこみきが保管しているので、証拠の確認がしたい方は新聞部まで是非お越しください。』

 あ、あのときの録音データまで!? いやいや違うって!

 それはあくまでアイドルの動画を観るよりも動物の動画を観たほうが癒されるという意味であって……。

 新聞の内容を確認し終えた俺は振り返って釈明の続きをしようとした。だが、そのとき遠巻きにこちらを見ている女子生徒と目が合い、固まってしまった。


 ……影山さんだった。そして昼休みのときと同様に途轍もなく怪訝な表情でこちらを見つめていた。

 無言で圧力をかけてくるのが逆に怖い。俺が呆然と立ち尽くしていると、影山さんも近付いてきて新聞の記事を確認し始めた。

 じーっと新聞を見つめていたかと思うと、俺にしか聞こえないくらいの声量で影山さんは呟いた。

「……いたいけな動物に。なんて酷い」

 なんてことだ。影山さんまでこんな記事を真に受けてしまうってのか!?

「か、影山さん……。これは違うんだよ……」

 俺はどうにか影山さんの誤解を解こうと声を絞り出したが、彼女はその声に反応してこちらをきっと睨み付けて言った。

「……何が?」

 その恐ろしい圧力に俺は気圧された。いや、「人酔い」のときと同じでなんだか気分が悪くなってしまった。

 なんというか影山さんには独特のオーラのようなものを感じる。それが俺に吐き気を催させているのだ。

「うっ!」

 だ、駄目だ……! とんでもない誤解をされたうえに、影山さんの顔を見て嘔吐なんてしたら最悪中の最悪だ。

 俺は慌てて人混みを抜け出しながら叫んだ。


「ごめん、影山さん! あとでちゃんと説明するから!」

「えっ!?」

「おい、リキ! 一体どこ行くんだよ!?」

 驚くような影山さんの声と、慌てる悠人の声がしたが、俺は振り返ることもなく、その場を走り去った。

 ……うう、あとでちゃんと説明しないとな。もう手遅れかもしれないが。畜生、新聞部の奴らめ……。

 人混みから離れて少し気分の落ち着いた俺は、新聞部に抗議しに行くことにした。

 部長の名前は己己己己已己巳己とかいう変な名前だったな。どんな奴か知らないが、絶対に文句を言ってやるぞ……!

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