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夜闇にまぎれて  作者: タチバナ
第1章「夜闇にきみと」
4/7

4.きみはマドンナ

「俺の教室は……、ここか」

 新入生らしき生徒たちが歩く姿を廊下で見かけ、そのままあとをついてきたが、どうやら無事に辿り着くことができたようだ。

 もう気分は落ち着いているし吐き気もないが、俺は一旦深呼吸をしてから教室の扉に手をかけた。

 教室に入ると、すでにいくつかのグループに分かれて雑談をしている生徒の姿が見られた。

 おそらく元々中学からの仲良しグループもいれば、たまたま席が隣通しになって仲良くなった奴らもいるのだろう。

 知り合いもいなければ仲良くなる機会も逃した俺は、割り当てられた出席番号から自分の席を見つけると、溜息をつきながら腰掛けた。

 何人かは俺の顔を見ると何やら噂話をしていたが、なかなか話しかけてはこなかった。

 ――当然か。入学式の途中で嘔吐していた奴と積極的に関わりたい奴などいないだろう。……ただひとりを除いては。


「お、さっきのゲロくんじゃねえか。

 一緒のクラスだったんだな。これからよろしくぅ!」

 さっきトイレで会ったチャラそうな男子だ。

 どうやら同じクラスだったようで、明るい声で話しかけてきた。

 俺は「よろしくな」と返してから、こう続けた。

「ゲロ男は勘弁してくれよ。

 俺だって好きで吐いてたわけじゃないんだからよ」

「だって、まだ名前知らねえもん。

 俺は田島悠人、日入ひいり中学校出身! 年齢は15歳でピッチピチの高校生だぜ」

「いや、年齢はここにいるみんな同じだろ……。早生まれとか遅生まれとかはあるけどよ。

 俺は筒井力次郎、滝登たきのぼり中学校出身だ。中学では生物部に入ってた」

「生物部? って何やるんだ?

 まさか生き物を使って怪しげな実験をしたり不老不死の研究をしたり……」

「どういうイメージだよ……。まあ確かに実験や研究はするけどな。

 海や川で魚を釣ったり昆虫採集したりして、その生態を観察するの主な活動かな。

 この高校じゃ生憎、理科研究部しかないみたいだから、どうしようかと考えているが……」

「ふーん、まあ俺は適当にバスケ部とかテニス部とかにでも入るかな。

 お前も身体細いし、なんか運動部に入って鍛えたほうがいいんじゃね?

 そうすりゃ血行も良くなって、変に気分悪くなることもなくなるかもな」


 俺はこれでも健康体なのだが……。「発作」のことさえ目を瞑るのならば。

 だが、確かに小さい頃は女の子に間違えられることもよくあるくらいだったしな。

 やっと高校生になったんだ。俺も少しは筋肉を身につけておいたほうがいいか……。

 運動部に入るかはともかく筋トレくらいは始めようか。

 いずれにせよ悠人は悠人なりに、俺のことを気にかけてくれているようだった。やはりいい奴だ。


 ――そう言えば。あの女の子は一緒のクラスではないのだろうか。

 俺はぐるりと教室中を見回したが、彼女の姿は見えなかった。

 異性として気になっている、……というのもあるが、少なくともさっきのお礼は言っておきたいのだが。

 悠人はそんな俺の様子も気にせず話し続けた。

「なあ、これから1年は一緒のクラスなんだし、リキって呼んでもいいか?

 力次郎なんてちょっと長ったらしいしよ」

「ああ……、構わないぜ。ゲロ男くんよりは1億倍マシだしな。

 俺のほうは悠人って呼ばせてもらうぜ」


 ――と、そのとき廊下側の教室の窓に通り過ぎる人影が見えた。

 その艶めかしくも可愛らしい横顔は、俺の脳みそを奥の奥まで揺さぶった。

 間違いない。それは先程の彼女だった。俺の口から驚きの声が漏れる。

 気が付くと俺は悠人との会話も放り出して、勢い良く席を立つと廊下に向かって駆け出していた。

「おい、急にどうしたんだよ、リキ!」

 悠人を含め、教室中の視線が俺に集まるのを感じたが、俺にはもう彼女の姿しか見えていなかった。

 慌てて廊下に飛び出した俺は彼女の背中に思いっきりの大声で叫んだ。


「あの! さっきはどうもありがとう!!」

「え?」

 彼女は振り向く姿も清楚で可憐だったが、驚いたような表情を浮かべていた。

 しまったな、少し焦り過ぎたか。だけど、俺の口はもう止まらなかった。

 心臓が高鳴り、胸が苦しくなり、全身が熱くなった。

 この想いを少しでも吐き出さなければ、息が詰まってしまいそうだった。

 だから俺はこう続けた。

「ほら、さっき俺の心配をして背中を擦ってくれただろ?

 だから、そのお礼が言いたくて。おかげで、……まあ結局吐いちゃったんだけど、少しは楽になったしさ。

 その気持ちは本当に嬉しかったんだ。――だから、ありがとう」

「ああ、あなたさっきの……。

 私は別にお礼を言われるようなことはしていないけれど、そう言ってくれるのならよかったわ。

 私の顔を見るなり吐き出されたのにはびっくりしちゃったけれど」

「い、いや! それは別にきみが悪いわけじゃなくて――」

「ふふ、冗談よ。まだ少しでも気分が悪いようなら、今日のところは早めに帰ったほうがいいと思うわ。

 あとは先生からの挨拶くらいで、授業もなく帰れるのだし。家で大人しく休んでゆっくりしてね」

「ああ、本当にありがとう……」

 そう言って俺が手を振ると、彼女も同じように手を振りながら笑いかけてくれた。

 そのまま彼女は彼女の教室に向かい、姿が見えなくなってしまったが、俺はずっとその背中に見惚れていた。

 しばらくして、廊下にはただ放心するだけの俺が取り残された。本当にかわいい子だったな……。


「……おい、リキ! リキってば!

 何ぼーっとしてんだ? まだ体調悪いのかよ」

「あ、いたのか、悠人。悪い悪い」

「いや、さっきからずっと声かけてんだろうがっ!

 ……今話してた女の子って影山さんだろ? あの子と知り合いなのか?」

「影山さん? いや、さっき入学式で俺の心配をしてくれて、ただそれだけさ。

 悠人はあの子のことを知っているのか?」

「彼女は影山える。俺と同じ日入中出身で知らない奴はいないぜ。

 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、おまけに性格も良くて誰にでも優しいときたもんだ。

 令和にもなって古臭い言い方かもしれないが、まさにあの子は学校のマドンナって感じだったぜ。

 ……なんだよ、リキ。一目惚れか? やめとけやめとけ、彼女を狙ってる男なんてごまんといるんだからよ」

「影山える……、いい名前だな」

 俺はその名前を噛み締めるように呟いた。それが俺と彼女の最初の出会いだった。

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