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夜闇にまぎれて  作者: タチバナ
第1章「夜闇にきみと」
2/7

2.特異体質

 俺は人混みが苦手だ。それがはっきり分かったのは小学校の入学式のときだった。

 小さい頃から遊園地や動物園、博物館など人が大勢集まるところに行くと気分が悪くなってしまう、――そんな子供だった。

 母さんも父さんも、初めは俺がそんな特異体質であるとは思わなかったらしい。

 幼稚園の友達とは普通に遊んでいたし、親戚の集まりでもなんともなかったからだ。

 だが、見知らぬ人ばかりの場所へ行くと必ず気分が悪くなってしまい、ときには嘔吐することもあった。

 何度目かの嘔吐で、さすがに何かおかしいと思ってくれた両親は、俺を医者へ連れて行ってくれた。

 

 ――その医者の診断によれば、「異常なし」。いわゆる「人酔い」を起こすような自律神経の乱れも確認できなかったそうだ。

 強いて言うなら「長距離のドライブで車酔いしてしまったのでしょう」ということだった。

 それに納得できなかった両親は俺をいくつもの病院へ連れ回したが、結局どの医者も似たようなことしか言わなかった。

 その帰り、俺はずいぶん長い間車に乗せられていたにもかかわらず、なんともないようにケロッとしていたらしい。


 そのまま時が流れ、俺は小学校に進学することとなり、母さんの手を引いて学校へ向かった。

 その日の朝は体調に異常はなかったし、車になんか一秒たりとも乗っていない。

 だが、入学式のために保護者と生徒、先生たちが集まる体育館に入った瞬間、ふらっと眩暈に襲われた。

 人、人、人。人の群れ。それを視認した瞬間、立ち眩みしてそのまま倒れてしまったのだ。

 気付いたときには俺は入学式の記憶など一切なく、いつの間にか保健室に寝かされていた。


 それでようやく母さんは気付いてくれた。

 おそらく視覚情報として、あるいは聴覚情報も含めて、多量の人物の情報を得たとき、この子は気分が悪くなってしまうのだと。

 一方で写真や動画などで人の多く集まる光景を見てもなんともなかったし、人間関係の悩みでストレスを抱えやすいなんてこともなかった。

 ただただ大勢の人を直接的に目視したときのみ発生するのが俺の「人酔い」だったのだ。

 そう分かっても根本的な原因がはっきりしたわけではないので母さんは困り果てたが、しばらくして車酔いの薬が効くようだと気付いてくれた。

 とは言え、その薬の効果もせいぜい気休め程度のものでしかないのだが。


 ――そんなわけで、俺は今、この教室の扉を開けることさえ、二の足を踏んでいた。

 正直なところ、大勢の人に囲まれることに恐怖を感じる。その感覚は高校生になって多少は薄れたが、治ったとは言い難い。

 俺の友達はみんな気のいい奴さ。友達グループだけで話す分にはなんの問題もないことも分かってる。

 どうやら見知らぬ人たちではなく顔見知りの奴らなら、あの「発作」はまず起こらないようだ。

 とは言え、絶対じゃない。中学の文化祭のときには少し気分が悪かった。

 だから俺はいつも、人の群れに怯え続けているのだ。だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。


「よし、行くか」

 あえて声に出して自分を勇気づける。

 身体は強張ったままだが、精神的には落ち着いてきた。

 そして一歩を踏み出し、扉に手をかけようとした、――その瞬間、俺は衝撃に襲われた。

「よっ、何突っ立ってんだ、リキ!」

「うおぉう!?」

 うしろから突然何者かに抱きつかれ、俺は情けない悲鳴を上げてしまった。

 振り返るとそこにいたのは、高校に入ってからの一番の友達だった。

「な、なんだ、お前かよ!

 いきなり脅かすんじゃねえ!」


 ――俺をリキというあだ名で呼んだそいつの名前は、田島悠人たじまゆうと

 お調子者で女好き。何かと軽い奴だが、多少邪険にしても明るい態度でいてくれるのは正直助かっている。

「わりぃ、わりぃ。でも扉を塞いでるほうが悪いだろ。

 そんなところにいたら誰も出入りできねえぞ?」

「わ、悪かったな……。お前も知ってるだろ、俺の体質のこと。

 あれのせいでなんとなく教室に入るのも躊躇しちゃうんだよ」

「教室でゲロ吐いちまったら、掃除が大変だろうなあ。

 吐くなら俺が掃除当番じゃない日にしてくれよ?」

 その軽口はどこまで本気でどこまで冗談なのか……。

 それが分からないのがこの男のいいところであり悪いところでもあった。


 ちなみに勘違いしてもらっては困るが、俺がこの高校に入学してから嘔吐したのは入学式のときだけだ。

 実際のところ、日常生活にはさほど支障があるわけではないのだ。

 今だって悠人とふざけ合いながら、なんともなく教室の扉をくぐることができた。気分に変わりはない。

 だが、その失敗した一回こそが俺にとっては忌まわしい記憶だ。

 あれはそう、桜舞い散る暖かい春の日のことだった……。

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